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旅する酒場の続け方。ワイン酒場〈アヒルストア〉店主・齊藤輝彦が語る

  • 2026.10.9

齊藤輝彦さんが妹の和歌子さんと東京・富ヶ谷に〈アヒルストア〉を開いたのは2008年のこと。11年4月、本誌ブルータスの「おいしい酒場。」特集では象徴的な一軒として、表紙と巻頭に登場した。以来15年経った今も、賑わいは変わらない。日々、開店前から行列が続く、ワイン酒場としては稀有な存在だ。いつしか評判は全国に広がり、ここに影響を受けたという店も多い。同じようでいて常に新鮮で、それまでの客も、新規の客も引きつけ続ける。人気が途絶えないその秘密は、この店が続ける「旅」にあった。

photo: Shinsaku Kato / text: Michiko Watanabe

富ヶ谷〈アヒルストア〉スペアリブと雲南キノコの肉じゃが、店内
BRUTUS

店を続けていくことは至難である。多くの人から愛され続けることは、さらに至難なことである。緻密な計画に則(のっと)って店を開いたつもりだが、客の望むような店になっているのか。料理は?ワインは?ともかく店主は客の期待に応えたかった。

富ヶ谷〈アヒルストア〉店主・齊藤輝彦
店主・齊藤輝彦さん。1977年茨城県生まれ。大学卒業後、設計事務所、ワインショップ勤務、フードトラック運営などを経て、2008年に妹の和歌子さんと店を開く。彼女が焼く自家製パンも変わらぬ人気だ。
富ヶ谷〈アヒルストア〉店内
窓際には白マーカーで値段を書いたワインボトルがずらり。多くの同業者に影響を与えた見せ方の一つだろう。また、店を訪れた生産者たちがペンで壁に直接サインをするのも、ナチュラルワインを扱う店に増えたスタイル。
富ヶ谷〈アヒルストア〉窓
開店以来、支払いは現金のみ。外国人客が増えた今も窓にそのサインが。

「最初は、パテドカンパーニュやリエット、野菜の惣菜に自家製パンといった、ワインに合うビストロ料理を出してたんです」

開店当初から、夏は丸々1ヵ月休みを取ると決めていた。近年は新年も半月ほどしっかり休む。店を長く続けていくためには、絶対必要だと思ったからだ。そして、休みには旅をするようになった。旅が、アヒルを成長へと導く。意図していたわけではない。行きたいところに行っただけなのだが、結果そうなった。

転機は開店翌年から続く、タイ・チェンマイの旅だった。2013年、〈アヒルストア〉にその旅みやげが登場する。サイウア(チェンマイソーセージ)だ。ソーセージはフランス風でもともとメニューにあったもの。食べてきた感覚のイメージで、最初は見よう見まねで作っていた。

でも、店主の頭はまだ四角四面。「フランス料理でもないのに出していいものか」と通常メニューには加えなかった。別の小さな黒板に「チェンマイ帰りのマスターが放つ一皿」と書いて、まあイロモノですから、と打ち出した。ところが、思いのほか自然に受け入れられ、人気の一品となった。「お客さんの方が全然自由でした。OKなんだなと」。ならば、もう少しのびのびやってみよう。

旅をするごとに香辛料や調味料、食材を持ち帰り(それも大量に)、自分なりに表現するようになった。スリランカの豆の煮込み・ダールも、その一つ。「仕込んでおいて温め直すのが嫌いなので、アラミニッツで出す」現地スタイルで。もともと、東南アジア好きだった。自分の性にも合っていた。短パンでOKだし、のんびりしてて気楽だし。

一方でその頃、「めちゃくちゃ通っていた」イタリア料理店のオーナーシェフ鈴木美樹さんから「齊藤君さ、イタリアは行かないの?え、行ったことないの?なめてんの」と言われ、鈴木さんの引率で15年に、イタリアに行くことに。1週間で6都市を食べまくる強行軍。毎晩ホテルで感想を聞かれ、レクチャーを受けた。

ハードだけど贅沢な合宿だった。「特に印象的だったのはフィレンツェ」。豆と辛いオリーブオイルとか、青菜をクタクタに煮たものとか、そのシンプルさに刺激を受けた。1個か2個の食材で味を詰めていく考え方は、アヒルにもマッチした。

翌16年、それまでちょっと敬遠していたアメリカ・ニューヨークへ。ところが、マンハッタンが素敵だった。ことにユダヤ系の老舗デリカテッセンが素晴らしかった。「100年とか続いている店は、足を踏み入れただけで圧倒される。長く続く店の凄みみたいなものがありました」

17年にはメキシコへ。オアハカで出会ったトルティーヤの自由度に驚いた。「どの店も独自にトウモロコシをグラインドして生地を作ってるし、形もさまざま。包み方によって味も変わるし、サルサでいくらでも味変できる」。

マダムたちに交じって料理教室にも行った。目からウロコだったのは、サルサを作るとき、野菜をいったん焦がすこと。しかも、イタリアと違い皮を剥かない。焦げごとフードプロセッサーにかける。焦げが味のアクセントになるのだ。「ウチでも、フムスに添える野菜は最強の直火で焦がしてます」

18年の正月は家族で台湾へ。台南が好きだった。サイドメニュー的な存在のメンマがおいしかったので、段ボール3箱ほど大量購入。「ただ、発酵させてるもんだから、箱に入っていても臭かった(笑)」。戻して塩抜きして鶏のスープで炊くと、人気でアッという間になくなり、「もっと買っておけばよかった」。

アヒルストア店主の旅年表/2011〜2018

魚介のスープ
2011.08/スペイン・サンセバスチャン  フランス・バスクからスペイン・バスクへ。旨味がギュッと詰まった、本場の濃厚な魚介のスープに感激した夜。
スリランカ ヒッカドゥワ ゲストハウスキッチン
2013.08/スリランカ・ヒッカドゥワ  スリランカ南西の港町ヒッカドゥワのゲストハウスで現地の料理を習う。ささっと作れるピュアなおいしさに驚く。
高級白インゲン豆ゾルフィーニ
2015.01/イタリア・フィレンツェ  高級白インゲン豆ゾルフィーニをフィレンツェのリストランテで食す。シンプルの極み。この豆を10kg買って帰る。
マンハッタン〈バーニー・グリーングラス〉でスモークサーモンと銀ダラのスモーク
2016.01/アメリカ・ニューヨーク  マンハッタンの老舗〈バーニー・グリーングラス〉でスモークサーモンと銀ダラのスモーク(セーブル)に出会う。
サルサ
2017.08/メキシコ・オアハカ  強烈な焦げが味の決め手となることを知る。マダムたちと一緒に料理教室でサルサなどを習う。唐辛子を大量購入。
台南のメンマ
2018.01/台湾・台南  台南ではメンマがおいしかった。ラーメンに入っているような硬いタイプではなく、穂先のような軟らかいもの。

やがて、コロナ禍がやってきた。海外は難しい20年1月、兵庫・明石へ。この出会いが、また大きなエポックとなる。年1回一緒に旅をする友人と神戸に行ったのだが、知人から「明石にもいい店があるよ」と教わり、〈一(いち)とく〉へ。

「コースだけなんですけど、出てくるのはすべて生きた魚。高級魚ではなく、明石の港に揚がる小さな魚なんです。これが磯の香りがして衝撃的においしかった。魚料理の概念が覆りました」。

丁寧に手をかけて滋味深く仕上げる技術に敬服した。「鯛の切り方も、まるでタコぶつのようで、嚙めば嚙むほど味が出てくる。真似して生まれたアヒルのセビーチェは明石スタイル(笑)」。この出会いから、豊洲との取引をやめて、今は〈一とく〉の主人に紹介してもらった明石の鮮魚店から週2回取り寄せている。

そして再び、チェンマイの話。毎年冬休みに出かけていた町だが、コロナ禍の少し前から遠ざかっていた。23年正月、久々に訪ねて驚く。かつて現地でパックペーオと呼ばれる、独特の香草に魅せられたことがあった。

久々の匂いに、あー、これだった!と記憶が蘇った。「ドクダミみたいなちょっと暗い香りなんです。内向的というか“陰”というか。穏やかで深くて。僕の好きなナチュラルワインって、やや内向的なワインだった。あとで気づいたんですけど、このハーブと同じような感覚だなと」。漠然と感じていたものがふと腑に落ちる、言語化される。これも旅がもたらしてくれるものだ。

24年1月には「今のアヒルを象徴するワインの一つだと思う」造り手、トムとミハを訪ねて、南仏ラングドックのベダリュー村へ。ドメーヌの名は〈ラブシュルドゥ・ジュニ・デ・フルール〉。コクトーの詩の一節から取ったという。案内してくれたのは徳島の〈ワインショップTAI〉の田井良樹さん。

「年下だけど、僕はワインを彼ほどの精度で捉えられていない。だから、彼と話すときはいつも背筋が伸びる」。田井さんがフランス・ロワールで修業していたときの同僚がその造り手トムだった。「彼らは都会からの移住組。最初は水道もない、トイレも母屋の外。掘っ立て小屋みたいなところに住んでたんです。ワイン以外のことはどうでもいい。ガチでワインを造っている。非常に先鋭的なコミュニティです。まあアーティスト集団ですよね」

彼らに出会ってワインへのモチベーションがぐぐっと上がった。オープンからだいぶ経ったその頃、「いつの間にか料理のことしか考えてなかったんです。でも、そろそろ、また真剣にワインに向き合わねばと思っていた時期で。そんなタイミングでトムとミハに会えた。そこで、もう一回ワインに取り組もうという気持ちになったし、やりたくなったんです」。

この出会いで、店のワインの扱い方も大きく変わったという。ナチュラルワイン原理主義でこそないが、もっと尖っていてもいいかなと思うようにもなった。「ヒリヒリした状態に自分を置きたいと思ったんです」。翌年9月にも行った。収穫も剪定も手伝った。現地で寝食をともにする中で、彼らの生きざまに共鳴した。「自分が丸くならないよう、定期的に行くことにしました」

25年は、コロナ禍で頓挫していた計画の一つだった、念願の中国へ。西双版納(シーサンパンナ)~普洱(プーアル)~昆明を巡る旅が実現した。

「面白いなと思ったのが、ミントと卵のスープ。ミントは添え物だと思ってたんだけど、野菜のようにバサッと大量に使うんです。大きな鍋で運ばれてくるんだけど、そのときの爆発的な香りね。ものすごかった」。

全体的に脂っぽいと感じる料理が多い中で、昆明の路地裏の食堂で食べた、青菜と金時豆の炒め物が優しい味で旨かった。「アヒルっぽいなと思いました。この一皿を食べられただけでも旅の価値があった。ぜひ、店でやりたいと思いました」というその味もアレンジされ、今のメニューにある。

アヒルストア店主の旅年表/2020〜2026

兵庫〈一とく〉カサゴの煮付け
2020.01/兵庫・明石  〈一とく〉との衝撃の出会い。ガシラ(カサゴ)の煮付けやオコゼの変化に富んだ提供の仕方に驚きつつ、感激。
枕崎〈かつお公社〉市場
2023.11/鹿児島・枕崎  年イチで10年以上通ったイベントの終了後に訪ねた枕崎〈かつお公社〉で、一本釣りカツオの腹皮を見つけた。
フランス・ベダリュー ワイナリー内
2024.01/フランス・ベダリュー  南仏のワイナリーを初訪問、畑仕事を手伝いながら1週間ほど泊めてもらう。造り手との濃密な時間が自分を変えた。
メコンナマズのスープ
2025.01/ラオス・ルアンパバーン  チェンマイから単身で。特にメコンナマズのスープが印象的。トムヤムクンは、辛くなくても成立することを発見。
中国・雲南の市場
2025.08/中国・雲南  中国の内陸へ単身旅行で、自分の店にも格好の新たな料理と出会う。昆明の市場で多彩な乾燥キノコを買い込んだ。
ソウルのプゴ(干しダラ)
2026.01/韓国・ソウル  初ソウル。プゴ(干しダラ)がおいしくて、市場でまとめ買い。スペインやイタリアの塩ダラとの違いに興味津々。

旅によって新しい出会いがある。料理だったり、料理人や生産者だったり、食材だったり。自分自身を振り返るきっかけもなるし、自分の新しい一面を知ることにもなる。旅を続けて視野が広がり、ワインへの向き合い方も変化してきた。客はそれを敏感に察知する。

いい店は変わらないようで進化を続ける。オープンして20年近く。旅こそが原動力であり、それはこれからも続くだろう。

〈アヒルストア〉のまっさらな一日が、今日も始まる。

富ヶ谷〈アヒルストア〉店内
毎日オープン前に書き出す黒板メニュー。簡潔にして必要十分、このサイズに収まる品数こそ開店当初からほぼ同じだが、中身はすっかり別物になった。セビーチェ、サイウア、タコスなど旅がもたらした食材と料理の数々。
富ヶ谷〈アヒルストア〉スペアリブと雲南キノコの肉じゃが
スペアリブと雲南キノコの肉じゃが1,400円。合わせたワインは、ボジョレーのクロ・バトーが造るシャルドネ。

Information

アヒルストア

グラスワイン1,100円~。ボトル5,500円~。予約不可。パンのテイクアウト販売あり。毎年夏と年末年始には数週間の休業があるため、Instagramで要確認。

住所:東京都渋谷区富ヶ谷1-19-4
TEL:03-5454-2146
営:15時~21時
休:水曜・日曜
Instagram:@ahiruani


※20歳未満の者の飲酒は法律で禁止されています。

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