1. トップ
  2. 恋愛
  3. 『ある小説家の死からはじまる物語』恩師の遺作のラストを書いたのは誰? 5人の教え子が辿る“創作の業”【書評】

『ある小説家の死からはじまる物語』恩師の遺作のラストを書いたのは誰? 5人の教え子が辿る“創作の業”【書評】

  • 2026.4.23
ある小説家の死からはじまる物語 ほしおさなえ / 中央公論新社
ある小説家の死からはじまる物語 ほしおさなえ / 中央公論新社

この記事の画像を見る

物を書くという行為は、こんなにも烈しく、こんなにも逃れられないものなのか――。

詩人として、作家として、多くの読者に愛されてきたほしおさなえ氏。「銀河ホテルの居候」「言葉の園のお菓子番」など数々のシリーズで知られ、2025年でデビュー30周年を迎えた。言葉を紡ぐこと、物語を創作することに誠実に付きあい続けてきた作家が、本作『ある小説家の死からはじまる物語』(中央公論新社)では自身の歩みを透かすように「書くこと」の楽しさと苦悩、そしてその意味を問いかける。

物語は、ある作家の死からはじまる。

大学で創作ゼミを担当していた小説家・時任晶子は、闘病の末に60歳で亡くなる。ファンタジー小説界で活躍し、代表作「雨使い」シリーズはアニメ化もされた人気作だ。近年は一般文芸へと軸足を移し、病床でも筆を止めず、連載中に他界。遺作『木蓮の家』は死後刊行され、大きな話題を呼ぶ。

時任ゼミの教え子たちは、葬儀の場で久しぶりに再会する。出版社で広報を務める岡島麻里奈、図書館司書の広瀬恵、かつて作家を志しながら書けなくなった三沢莉央、小説投稿サイトで書き続ける浅野美雨、母校の事務室で働く立花あゆみ。

恩師を偲び、再び何かを書こうとする彼女たちは、それぞれの現在地から「創作」に向きあう。章ごとに語り手が変わり、過去と現在が交錯しながら、物語は静かに編まれていく。

最初の語り手は岡島だ。編集者を志し、「書く側」を知るために創作ゼミに入った彼女は、周囲の巧みで個性的な文章に圧倒され、自分の場違いさに打ちのめされる。けれど時任は、他者を丁寧に描けている点こそが、あなたの強みだと告げる。自分でも気づいていなかった個性を見いだされたことで、岡島は「書く」ことの喜びにふれていく。

文章には、その人の人間性がにじみ出る。人格や識見、価値観、コンプレックスまでもが、言葉の奥から現れる。だからこそ書くことは、魅力的であると同時に恐ろしい。

広瀬は書くことで自分自身の傷にふれ、三沢は物語を通して家族との確執を見つめ直す。浅野は読者に届く作品を書くことを追い求め、立花は人生の節目を言葉にすることで自らを癒やしていく。

それぞれに切実な理由や衝動から書きはじめた彼女たち。いまも書き続ける者、書くことから離れた者、別のかたちで言葉に関わる者――その在り方は多様だ。

優れた作品と出会うほど、自分の文章が凡庸に思えてしまう。精読するほどに筆が止まる。成長の過程でむしろ書けなくなってしまうことは、創作に関わる者なら一度は覚えがあるはずだ。

そうした痛みを掬いあげる作者のまなざしは、時任のそれと同じく、やさしく、深い。作中に挿入される「雨使い」シリーズの断片が、きらきらとした魅力を放っているのも印象的。

やがて5人は、7年にわたる交流のなかで、『木蓮の家』にある疑問を抱く。それは、この作品を最後まで書き上げたのは本当に時任だったのか、というものだ。未完に終わったはずのものに、誰かがラストを書き加えたのではないか――。穏やかな物語のなかに差し込まれるその疑念が、ぴんと糸を張るような異物感と緊張を生みだしていく。

書くことは、救いであると同時に、逃げ場のない行為でもある。やめたつもりでも、どこかで再び呼び戻される。そんな抗いがたい衝動が底に流れている。

書くことをやめた人にも、続けている人にも、そしてこれから書こうとする人にも、本作は静かな問いを立ててくる。

あなたは、なぜ書くのか。

その答えはきっと、一つではない。問われた人の数だけ、それぞれの答えが返ってくるだろう。

文=皆川ちか

元記事で読む
の記事をもっとみる