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「会いたい国宝」編集後記:人間国宝・坂東玉三郎さんにお話を伺いました

  • 2026.5.13

2026年5月1日発売 No.1053「会いたい国宝」を担当した編集者がしたためる編集後記。

No.1053「会いたい国宝」編集後記
BRUTUS

人間国宝・坂東玉三郎さんにお話を伺いました

BRUTUSの版元、〈マガジンハウス〉は銀座の歌舞伎座の真裏、かつて「木挽町(こびきちょう)」と呼ばれた界隈にあります。江戸時代には日本各地から海や川を経由して木場に集められた丸太を運んで材木にする土地で、木挽き職人が多く暮らしていたといいます。将軍の御用絵師の中で最高峰の「奥絵師」だった木挽町狩野家の拠点もあり。町が賑わうに伴って、歌舞伎の芝居小屋ができ、茶屋や浮世絵の版元などを従えた町の中核になったとか。その後、紆余曲折を経て、現在の場所に歌舞伎座ができたのが1889年。〈マガジンハウス〉は終戦の1945年に創業しました。

そんな歴史もありますが、物理的な近さもあって、私は折に触れ、歌舞伎を観劇していました。そして今回の「国宝特集」を機に、最も憧れていた俳優さんのお一人、歌舞伎女方の人間国宝・坂東玉三郎さんにお話を伺うことができました。

玉三郎さんの舞台はこれまでに何度か拝見していましたが、中でも印象深かったのは、2020年9月。コロナによる休場が明けてすぐ、まだ客席に間隔がとられていた頃です。演目は、「口上」と「鷺娘」。口上を述べた後、玉三郎さんが舞台の裏へ回ります。始まったのは、玉三郎さんが自ら案内人となり、歌舞伎座の舞台がどのようなカラクリになっているのか、舞台機構の説明をするスペシャルコンテンツです。そして、その後、封印されたと聞いていた「鷺娘」をリアルと映像の演出つきで。その美しいこと。

歌舞伎界のトップスターである玉三郎さんが、普段はないコンテンツを自ら用意し、また幻と言われる演目を演じる。特殊な状況下で興行が危機的な状況に陥った時、観客を歌舞伎座に戻すために、トップとしてどう引っ張るのか、責務を果たす覚悟のようなものを感じた出来事でした。

そのような個人的な鑑賞体験もあって、今回の「国宝特集」を機に、玉三郎さんご自身の芸に対する姿勢、そして伝統芸能の継承についてなどお伺いしたいと思いました。お仕事への向き合い方など、学ぶところの多い記事は、ぜひ本誌でご覧ください。

伝統の技術を継承する人間国宝の方々は、伝統芸能や演芸、そして伝統工芸の灯を絶やさないように、最高峰のレベルで次世代に継承するためにそれぞれの持ち場を守っていらっしゃる。人生をかけたその仕事をこの目で見るために、劇場やギャラリーに足を運びたい、そう思うこの頃です。

本誌インタビュー記事のトビラは、玉三郎さんの「鷺娘」より。全国で上映されるシネマ歌舞伎でぜひ。(撮影:岡村隆史)

profile

草野裕紀子(本誌担当編集)

くさの・ゆきこ/Casa BRUTUS、Hanako、Tarzanを経てBRUTUS編集部。担当特集に日本ワイン、アート、カスタードクリーム、クラフトビール、あんこ、クラシック音楽、温泉、猫にミュージアム、バンコクに京都など。温泉のある街に暮らすのが目下の夢。

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