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最強のファッションインフルエンサー!マリー・アントワネットが時代を超えて愛される理由

  • 2026.10.28
ヴィクトリア&アルバート博物館(ロンドン)の展示風景 ©Victoria and Albert Museum, London

アレッサンドロ・ミケーレによる初のヴァレンティノのオートクチュールコレクション(2025年春夏)では、<マリー・アントワネット><ローズ・ベルタン><プチ・トリアノン>という電光掲示板を背中に、胸元を飾る繊細なフリルとパニエを強調した美しいフローラル・ドレスが発表された。

ヴィヴィアン・ウエストウッドも「マリー・アントワネット」と題した、レースをふんだんに使ったウエディングドレスを制作(2025年ブライダル・クチュールコレクション)。それ以前からも、シャネル、モスキーノ、クリスチャン・ディオール……、18世紀に生きたフランス王妃マリー・アントワネットは現代を生きるファッションデザイナーたちにインスピレーションを与え続けてきた。

ヴァレンティノ2025年春夏オートクチュール Marc Piasecki / Getty Images

 
2026年8月横浜美術館で始まった「マリー・アントワネット・スタイル」展の来場者は、20万人を超えたという(10月現在)。これは、先鋭的なファッションデザイナーたちだけではなく、多くの人たちの心をマリー・アントワネットというひとりの女性がつかんでいることの表れだろう。

200年以上前、フランス革命の機運が高まるなか、贅沢の象徴として断頭台に送られた王妃に、なぜ、わたしたちは魅かれるのか。今回の展覧会から見えてきたのは、現代にもマリー・アントワネットがあちらこちらで姿を現していること。ファッション、ライフスタイル、そして生き方まで、時代を超えて、いや、むしろいまだからこそ共感を覚えるアントワネット・スタイルをひもといてみよう。

専属スタイリストを抱え、ファッションアイコンになった王妃

マリー・アントワネットは、わずか14歳でオーストリアからフランスへ嫁ぎ、18歳で王妃に。御用達のモード商のなかで、もっとも有名なのはローズ・ベルタンだ。伝統や作法に縛られた堅苦しい宮廷内にあって、彼女が提案した新しいドレスや帽子をマリー・アントワネット自ら選び取るようになり、それが宮廷の女性たちに広がり、流行を生み出すことになる。専属スタイリストとも言えるローズ・ベルタンとタッグを組むことで、マリー・アントワネットは18世紀末のファッションアイコンとなった。まさに、現代のセレブリティたちの原型だ。

いまにつながるマリー・アントワネット・スタイルをピックアップしてみよう。

ボウ(リボン)

コートドレスのマリー・アントワネット フランソワ=ユベール・ドルーエ 1773年 油彩、カンヴァス 63.5 x 52 cm ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 ©VICTORIA AND ALBERT MUSEUM, LONDON

展覧会のキービジュアルになった上の肖像画「コートドレスのマリー・アントワネット」は、アントワネットが17歳の頃を描いた作品。何より、目を引くのが首元のダイヤモンドのボウ形チョーカーだ。嫁ぐ際にウィーンから携えてきたものとされている。

フランス王妃マリー・アントワネットの胸像(背面) セーヴル磁器製作所、ルイ゠シモン・ボワゾ 1788年頃 軟質素焼磁器 40.7 x 26 x 15cm ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 ©VICTORIA AND ALBERT MUSEUM, LONDON



こちらは、「フランス王妃マリー・アントワネットの胸像」の後ろ姿。複雑に編み込まれたハーフアップに大きなボウが飾られている。アントワネットは、結髪師レオナール・オーティエとともに、多くの斬新なヘアスタイルを発信。ヨーロッパ中の話題になったそう。これもまた、セレブたちのヘアスタイルがメディアのトピックになる現代と似ている。

ダイヤモンドのボウ形装飾(3点組) ロシア製 1760年頃 ダイヤモンド、銀 最大のボウ 6.9 x 11.9 x 2.3 cm ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 ©VICTORIA AND ALBERT MUSEUM, LONDON

アントワネットが好んだボウ形のモチーフは同時代のドレス、ジュエリー、靴用のバックルなどに広がりを見せた。

パール

マリー・アントワネットが所有していた天然真珠をあしらったネックレス Michael Bowles / Getty Images


フランス王家の宝飾品の大半は、革命によって略奪されたり分散したりした。しかし、アントワネットがひそかに故国オーストリアに運び出させた宝飾品が存在する。上の、ネックレスに使われている天然真珠もそのひとつ。時代とともに仕立て直され受け継がれて公の場に姿を現したのは、2018年のオークションのこと。この3連ネックレスは本展覧会でも見ることができる。アントワネットは、手放したくないほどパールを愛していたということだろうか。数年おきに浮上するトレンドとして、いまもって人々はパールに魅了され続けている。

花柄・縞柄・くすみ色

ローブ・ア・ラ・フランセーズ フランス製 1760年代(1770年代に加工) 絹、光沢をつけた麻 ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 ©VICTORIA AND ALBERT MUSEUM, LONDON

窮屈なコルセットで締め上げる衣装をアントワネットは嫌い、少しずつ自分の好きなスタイルを確立していった。上の「ローブ・ア・ラ・フランセーズ」というフォーマルドレスは、つるバラとボウで結んだ花束の柄をシネ・シルクという日本では絣に相当する技術で織ったもの。シネ・シルクもアントワネットが好んだもののひとつ。

また、アントワネットは長いことヨーロッパでは好ましく思われていなかった縞柄を取り入れ、花柄と組み合わせたデザインは流行になった。フォーマルドレスとはいえ、先染めによるかすれた風合いに縞柄、淡くくすんだ色合いなど、華やかさの中にカジュアルさを感じ取れるのが特徴的だ。

ちなみに、アントワネットの贅沢な衣装をはじめとする浪費が国家財政破綻の一因とされてきた一方、彼女がさまざまなシルクのドレスを披露すれば、リヨンの絹織物業は潤った。彼女のスタイルには、フランス国内の産業支援という側面もあった。

モスリンのシュミーズドレス

ルイーズ=エリザベト・ヴィジェ・ルブランによる肖像画(1783年以降)※本展では展示なし Heritage Images / Getty Images

上の、肖像画家ルブランによって描かれたアントワネットは、大きなボウを飾った麦わら帽子に「シュミーズ・ア・ラ・レーヌ」と呼ばれるドレスを纏っている。この肖像画の影響で、麦わら帽子は大流行に。シュミーズ・ア・ラ・レーヌは、いまでもバカンス先で見かけるようなリラクシーなベビードール風ワンピースだ。

王妃はこのシュミーズドレスを人工的に造った農村に囲まれた離宮、プチ・トリアノンで過ごす時間などに着用した。コルセットを身に着けないナチュラルなスタイル、贅沢なシルクではなく洗濯もできるモスリンやコットンの採用。軽くて薄いシンプルなドレスを纏ったアントワネットに宮廷人や絹織物業は批判的だったが、肖像画を見た市民たちは称賛したという。何より、アントワネット自身が部屋着や下着のようだと批判されたドレスの着心地の良さに満足しているような表情だ。

ライフスタイルにも徹底したこだわりを

愛用の品に自身のモノグラムMAを刻み、ブランディング

  ©VICTORIA AND ALBERT MUSEUM, LONDON
左右ともに、マリー・アントワネットの肘かけ椅子(4点組の1点) ジャン゠バティスト゠クロード・スネ 1788年 クルミ、綿布に絹の刺繍(近年の上張り) 97.5 x 63.5 x 63cm ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 ©VICTORIA AND ALBERT MUSEUM, LONDON


パリ郊外のサン=クルー城の化粧室で王妃が使用していたひじ掛け椅子。小花柄とともにラベンダー色が効果的に配されたデザインは、アントワネットが好んだスタイル。さらに、背面の上部に彫られたMAというモノグラムにご注目を。アントワネットは、家具から身近な持ち物のいたるところにモノグラムを刻み、クッションには自身でモノグラム刺しゅうを施すこともあったという。

王妃が選んだデザインの食器セット

皿 マリー・アントワネットの食器セット「真珠とヤグルマギク」 セーヴル磁器製作所 1781年 軟質磁器、エナメル、金 3 x 24.2 x 24.2 cm ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 ©VICTORIA AND ALBERT MUSEUM, LONDON

王立のセーヴル磁器製作所はアントワネットのために、真珠に青紫のヤグルマギク、ほかにバラ、パンジーなどの花々が描かれた食器セットを制作。王妃自ら選んだデザインが反映されているそうだ。ここにも、真珠や田園風暮らしへの愛着が見て取れる。

パリでの夜遊びも田舎風の暮らしも楽しむ

プチ・トリアノンの近くに、「王妃の村里」と呼ばれる場所を築いた Raphael GAILLARDE / Getty Images


ヴェルサイユ宮殿を抜け出してドミノというフード付きの衣装を纏って、パリの仮面舞踏会へ。アントワネットは、そんな夜遊びを楽しむ一方で、宮殿の庭園内の離宮プチ・トリアノンを改造。室内の改装からイギリス式庭園や人工的な農村まで、自分好みのプライベートな環境を整え、ヨーロッパ中で話題となった。プチ・トリアノンでは、コンサートを企画したり、前述のモスリンの白いシュミーズドレスと麦わら帽子を身に着けて散歩したりした。

王家初の母乳育児を実践

 

王妃の胸から型取りしたとうわさされた、セーヴル磁器の「乳房ボウル」も本展では展示。当時、広がっていた啓蒙思想の影響を受けて、アントワネットはフランス王家で初めて母乳育児に取り組んだと言われている。また、長女マリー・テレーズ、長男ルイ・ジョゼフ、次男ルイ・シャルルに囲まれた王妃の肖像画(下)も残っているが、アントワネットとマリー・テレーズは揃って袖や胸元にレース飾りの付いたボルドー色のドレス。まるで、親子のリンクコーデだ。

「マリー・アントワネットと子供たち」として知られている、ルブラン作(1787年)※本展では展示なし Universal History Archive / Getty Images

華やかな宮廷生活とフランス革命の中で、ファッションやヘアスタイルの斬新さをはじめ、恋愛ゴシップやプチ・トリアノンでのふるまいなど一挙手一投足が注目された、マリー・アントワネット。歴史家、作家、服飾専門家、そしてクリエーターたちによってさまざまな視点で語られてきたが、展覧会の第3章で紹介されている映画監督ソフィア・コッポラの次の言葉が印象的だ。

「歴史のなかで誤解されてきた悪女たちに、王妃のなかの王妃に、
そしてあなた自身が美しいと感じるものに囲まれている、そのかけがえのなさに、乾杯」

「自分らしさの追求」や「自由に生きる」という現代では当たり前に語られる言葉に隠れている、そう簡単ではない現実。そのかけがえのない感覚を、アントワネットは200年以上前、フランス宮廷で貫いた。ひとりの女性のパワーと勇気と、共感を本展覧会でどうぞ、受け取って。

マリー・アントワネット・スタイル

ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館が企画・開催し話題となった展覧会の世界巡回展。貴重なV&A所蔵の衣装やテキスタイル、装飾芸術をはじめアントワネットゆかりの品や、有名な「首飾り事件」のネックレスの一部と伝わるダイヤモンドも展示。

会期:~11月23日(月・祝)
会場:横浜美術館(神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1)
時間:10時~18時(11月2日・7日・14日・20日~22日は20時まで)
※入館は閉館の30分前まで
休館日:木曜日(11月19日は開館)
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

※画像の無断転載を禁じます

参考資料
「マリー・アントワネット・スタイル」展公式図録
「マリー・アントワネットの衣裳部屋」内山理奈著(平凡社)
「マリー・アントワネット フランス革命と対決した王妃」安達正勝著(中公新書)

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