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連載パン人Vol.7「涼太郎」渡邉涼太郎シェフ

  • 2026.3.3
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日本のパンの進化に大きな影響を与えたゲームチェンジャーにじっくりと話を聞く連載。今回の主人公は、名古屋のパンシーンを牽引するパン職人、渡邉涼太郎さん。小麦からうま味、甘みを引き出すため、彼が着目したのは日本古来の発酵、こうじ。東海の発酵文化と相まって、名古屋を全国から脚光を集めるパンの先端地域にした。そんな目覚ましい活躍の陰に、長い下積みと、理想のパンを追い求める旅があった。

HIROAKI IKEDA

独創的な食材使いで新しいパンの味を表現

名古屋の新世代パンシーンをリードするベーカリー「涼太郎」の渡邉涼太郎シェフ。たったひとりでパンを作る。それだけに作り手の意思は完全にパンに憑依している。どのパンを食べても、ほとばしるうま味。

クロワッサンはばりばりと崩れ、クリームパンは圧倒的にとろけまくる。この味を表現したい。そんな思いのこもった独創的なパンを、天衣無縫に作り上げる。地域の食材を使う。ニシノカオリやゆめあかりといった東海地方の小麦のみならず、三河味醂や、赤味噌といった「まさかパンに」という伝統食材までも。

東北・秋田の出身。東京、フランスで腕を磨き、巨匠・志賀勝栄シェフ(シニフィアン・シニフィエ)に師事。名古屋で独立、じわじわと人気を集め、今では行列をしなくては買えない店に上り詰めた。

気持ちがあるはずのないパンを“エモーショナル”と言ったらおかしいだろうか。「涼太郎」のパンを食べると必ず作り手本人の大きな笑顔を思い出す。楽しいときに食べればより楽しくなるし、悲しいときにはそっと寄り添ってくれる。

HIROAKI IKEDA

幼いころの思い出から製菓学校へ

渡邊さんの原体験は、幼い頃作ったケーキの温かな思い出のなかにある。

「ケーキ屋さんになりたかったんです。実家の近くは、駄菓子屋もなんにもない。未だに携帯も繋がりにくいような場所。ばあちゃんや母ちゃんもお菓子作りが上手で、自分も一緒にお菓子を作ってました。高校生のころチーズケーキやショートケーキを作るのが大好きでしたね。ケーキ屋さんになったら毎日お菓子を食べられるんじゃないかって思ってました。欲ですね」

高校卒業後は函館の製菓学校に入学。ホテルで働きながら、学生もしていたというから驚きだ。

「働いていたのはホテル併設店で、ケーキも並ぶけど、ホテルのパンもある。どちらも作るんです。朝3時に出勤してパンを焼いてから同じ窯でスポンジを焼く。忙しいうえに働いてたケーキ部門の先輩が良くなかった。当時はまだ殴る蹴るもありました。でも一緒に焼いていたパン部門の先輩との作業はとても楽しかったですね」

パンとケーキ、2つの道が目の前にあったが、楽しさに背中を押され、選んだのはパンの道だった。本格的に習得したいと、郷里・秋田で『ドンク』に就職。フランスパンの基礎を学んだ。だが、その当時の渡邊さんの心の中を占めていたのは憧れの気持ち。

「『東京行きたい』ってずっと思ってました」

Hiroaki Ikeda

感情で味は変わる。フラれて気づいた大切なこと

24歳で秋田を出ることを決意。当時フランスから日本上陸した『メゾンカイザー』への就職を志願するも、応募者多数で叶わず。代わりに横浜のチェーンベーカリーに勤務。そのベーカリーで身に染みて分かったことがある。

「パンを作るだけではダメだなって思ったんです。例えば、めちゃくちゃおいしいパンがあったとして、作った人に『ほら食べてみろよ』って投げられたら、ぼくはそのパンをおいしいとは感じない。ケンカしたとか、落ち込んだとか、そういうときになにか食べても人って味があまり入ってこないこともあると思うんですよね」

人の感情で味は変わる。

「そう思ったのは、まあ……フラれた日なんすけど。好きな人がいて、告白したらダメだった。だから元気出そうと思って食べたラーメンの味がしないというか、ぜんぜんおいしくなかったんですよ。人間の味覚って、絶対じゃないんだなって」。

パン屋を辞めてウェイターをやると決めて、横浜・元町のカフェで働き始めた。

「やっぱり接客が重要だなと思いました。料理を出すタイミングとか重要で。カップルが会話で盛り上がってるところに、料理を持って行っても彼氏がなんか嫌な顔していたり。一番最初に働いたホテルベーカリーで出合った面倒見のいい先輩の影響も大きかったのかもしれませんが、人と人との関係って大事な要素だと今でも思います」

目の前にいる人の気持ちをなによりも大切に考える。いつも変わらない渡邊さんの生き様である。

Hiroaki Ikeda

パン職人の存在意義を実感

その後、念願叶って『メゾンカイザー』に就職できたが、配属先はお客さんの顔が見えるベーカリーではなく、地下3階のパン工場。そこでカイザー名物のクロワッサンを延々と作り続けた。

「1日最大で1万個焼いてました」

『メゾンカイザー ジャパン』社長・木村周一郎さんの考え方にも共鳴した。

「『俺らのパンで笑顔にしようぜ』という木村社長が好きで。熱かったんですよね。周りを笑顔にしようという気持ちがあんなに熱い人を見たことなかった。『この人すごくかっこいいな』と思いました。『俺らのパンが食卓にあることで、その日、家族がパンについて語り合う。それで笑顔になるのはものすごい大事なことだよね。そのために俺らはいるんだ』とパン職人の存在意義を示してくれたんです」

Hiroaki Ikeda

理想の姿を求めてフランスへ

懸命に働いて、高輪本店のシェフに上り詰めた。

「今も辞令を持ってるんですよ。うれしすぎて。やっぱり本店のシェフですからね。下からはい上がってシェフにさせてもらったんですけど、僕がイメージしていた高輪本店のシェフ像とイメージが違ったんですよ。パンもめっちゃ作れて人望もあって、フランス語もペラペラでみたいな。シェフにしてもらった僕がその想像との差がめっちゃありすぎて。フランスにも行ったことないし。もう自分で自分に対し嫌な気持ちしか抱かなかったです」

日々の作業をしているときも頭をよぎるのが、「本店のシェフになったのになあ。でも身になってないなぁ」という感情。

「あ、フランス行ったらいいんだと思ったんですよね。フランスに行ったら、自分が想像してる自分になれると思った」

会社には『2年後に戻る』と約束し、渡邊さんはフランス北西部に位置するトゥールの国立パン学校で、CAP(パン職人の国家資格)を取得するためにフランスに旅立った。

「10円ハゲができるかと思うぐらい、フランス語を勉強しました。でも……CAPを取得してもなんにも身に付いてないんですよね。機械も作り方もほぼほぼメゾンカイザーと一緒。行く前からできてたことばかり」

Hiroaki Ikeda

心でおいしいと思うパンとは?

フランス滞在中、トゥールを拠点にフランス一周したとき、ノルマンディーで生涯宝物になる学びを得る。「バルバリー農園」内にあるセルジュさんの農家パン屋『シャントゥラビ』。自給自足で小麦を栽培し、カンパーニュを薪窯で焼いている。

「2週間ぐらい滞在しました。そこのパンが感動的で。すごくおいしいわけじゃないんだけど、噛めば噛むほどじわじわくるうま味がある。で、次の日も『セルジュさんのパンまた食べたいなあ』っていうその繰り返し。生地は硬いし、たまに塩入れすぎてすごくしょっぱいときもある(笑)。あの人は計らないで手で握ってバンって入れるんですよね(笑)」

セルジュさんのパンはテクニカルなおいしさではなく、渡邊さんが追い求めてきた、“温かみのあるおいしさ”だったのだろう。舌がおいしいのではなく、心がおいしいと思うような。

「パンを焼いて、マルシェに持って行って。マルシェでも薪窯で焼いて販売して、そのお金で豚肉や種を買う。排泄物はおがくずと混ぜて発酵させ、肥料として畑に戻すとか、全部サイクルが出来てる場所。仕事を終わって夜ご飯をセルジュさんと一緒に食べる。食べる前にお祈りして、セルジュさんがパンを切ってみんなに渡してくれるんですよね。そんな生活をずっとしてる。

日本ではパンは嗜好品。なくてもいいというか。そこではじめて、生産者がいて、麦を持ってきて、セルジュさんが挽いて、それでパン作って、それをお客さんが買って、そのお金がまたちがうものに変わってというサイクルを直に見れた。パンを作ることって、お金を儲けるとかじゃなくて、人と人との繋がりの輪のなかのひとつなんだって。技術は全然覚えられなかったんですけど、そういうことを日本でやりたいって思ったんですよ」

Hiroaki Ikeda

フランスで気づいた、日本の伝統食材の魅力

帰国した渡邊さんは運命のパンと出合う。

「はじめて『シニフィアン・シニンフィエ』で「パンペイザン」を食べたときは泣いてますからね。本当においしかった。あれは衝撃を受けました。

志賀(勝栄)シェフ(シニフィアン・シニフィエ)の講習会も参加したんです。『酵素が効いている』とか『灰分(かいぶん)』とか『塩のミネラル』とか、言ってることがひとつも分からないんですよ。『あ、やばい』って思いました。命の危機を感じるぐらい。車で崖からワーッて落っこちるみたいな衝撃でした。それからは志賀さんのあらゆる講習会に参加して、公認のストーカーに(笑)。志賀さんにお願いして講習会のときテープレコーダーを置かせてもらって。通勤のときずーっとそのテープ聞いてました」

志賀勝栄シェフのパン作りのなかで渡邊さんがもっとも影響を受けたのは酵素分解に関する考え方だ。

「長時間発酵によってしっかり酵素分解させる。タンパク質をアミノ酸に、デンプンを糖にしていくことで、うま味が作られるし、消化のいいものになるって教えてもらった。で、酵素のことを考えていくと、そこから味噌とかしょうゆ、みりんに繋がったんです」

『シャントゥラビ』で感じた「じわじわくるうま味」。それを日本で実現するためのミッシングリンクは日本古来の伝統食材にあると気づいた。

「そのとき繋がったのがこうじです。実験していくとモルト(麦芽。酵素分解を進めるためにパンに添加される)のうま味と、こうじが作りだすうま味って違うなと分かった。海外に行ったときにしょうゆや味噌の味が恋しくなるじゃないですか。海外で暮らしていて久しぶりに味噌汁を飲んだときの感動ってやばいんですよね。あのうま味がパンに出せたらセルジュさんのパンみたいになるんじゃないか。『また明日、セルジュさんのパン食べたい』ってなる、そこに繋がったんです」

Hiroaki Ikeda

パン屋なのに、こうじ屋に住み込んで学ぶ?!

こうじといえば今では「涼太郎」のトレードマーク。パンが劇的に甘くなり、うま味や香りも強く出て、口溶けもよくなる。こうじのムーブメントは東海地域のパン屋さんに広がり、同時多発的に全国のパン屋さんでも見かけるようになった。とはいえ、こうじ屋に修業まで行ったのは渡邊さん一人だろう。

「『どうやってこうじって出来るんだろう?』と疑問に思ったんです。YouTubeとか本を見ても分からなかった。だからこうじ屋に行ってみようかなって思ったんです。愛知県西尾市の『みやもと糀店』に2週間ぐらい住み込んで、朝は味噌作り、午後からこうじ作りを始める。

何℃で蒸さなきゃいけないとか、切り返し(こうじを作るとき米をほぐす作業)の意味などを学びました。以前はこうじを粉末にして少しだけ入れていましたが、通常のパン生地の温度(20℃台)ではこうじのポテンシャルは低いままで、パン作りにうまく作用しないことに気づいた 。こうじと水を合わせて60℃で3時間ほど置いたものを“こうじ水”として添加しました。

2週間お店の売り上げがゼロで赤字だったけど。それでもあのとき勉強してこうじの性質や使い方を学べたから、今があります」

こうじやバリバリ食感のクロワッサンで『涼太郎』は有名になったが、最初からそうだったわけではない。『メゾンカイザー』退職後、2019年、妻の実家のある名古屋で『涼太郎』をオープンしたが、人通りも稀な住宅街の中。

「宣伝もゼロで、この立地でオープンするのはきついですね。バカだと思います。本当に最初はお客さんが来ない。お店を出した当初のパンはカラーがないです。今見てもどっかの真似みたいなパンですね」

Hiroaki Ikeda

涼太郎らしさのあるパン作り

“自分のパン”がないと感じていた。『涼太郎』の個性とはなんなのか? 悩んだとき、気づいたのはやっぱり“人”だった。

「技術うんぬんじゃなくて、人と人が関わることで、いろんなことがたくさん生まれるんです。だから僕は人に会いに行こうって決めた時期があるんですよね」

渡邊さんは、パンを自分の頭のなかからではなく、誰かと出会い、感情を揺さぶられる、その手応えの中から生みだそうとした。

「僕のパンには1個1個ストーリーがあるんですよ。それぞれのパン見るだけで、ヒントをくれた人の顔が思い浮かぶ。粉袋や粉を見るだけで農家さんも思い浮かぶ。その人たちの顔を思うだけで味も変わってくるんですよ。こっちのモチベーションが変わってくるんで。だから僕は、ちゃんと人と人との縁を大切にしながら、ストーリーのあるパンを並べようっていう立ち位置でお店を作り上げたんです」

『涼太郎』のパンに込められた思いとストーリーを紐解いてみよう。

HIROAKI IKEDA

職人のあるべき姿を突き付けられた、クロワッサン

「クロワッサンナチュール」は、自家製粉オーガニック全粒粉100%。小麦の風味がむんむんする。一層一層が焼いてから重ねたみたいにそれぞれ独立していて、ばっきばきに割れる。ありえないほどのばりばり感は、『涼太郎』の名を一気に高めた。

「衝撃を受けたのは『ブノワトン』(※1)の高橋幸夫さん(※2)です。神奈川県伊勢原の車でしか行けない場所にあんなすごい店を作るんだから、それは衝撃的でしたよ。クロワッサンがすごくて。ふわふわでバターの香りがするのがクロワッサンだと思ってたんです。でも、高橋さんのを食べたとき、小麦の味がしたんですよ。もう、ぶん殴られた感じがした。

職人というのは味、おいしいパンを作りたい、どうやったらこういうものになるんだろうって疑問を持ってやり続ける人。この塩はなんで使うんだろう? この砂糖の量でいいのかな? って考えつづけるのが職人で自分もそうなりたいと思いましたね。それを教えてくれたのが高橋さんです。本当にリスペクトしていて。お会いしたかった人でした」

『涼太郎』のクロワッサンはすべて当日折り。バターを硬く保つ必要があるため、普通は一晩冷凍で寝かせてから作ることを思えば珍しい。それはメゾンカイザーで毎日毎日クロワッサンを折りつ続けた経験から導きだされた理論から。

「毎日1万個のクロワッサンを作ってやっと気づくことがあるんです」

どれだけ温度管理をして生地を折っても冷凍と常温を繰り返せば、バターが溶け、層同士がくっついてしまうことは避けられない。「クロワッサンは冷凍するもの」という当たり前を疑ったとき、初めてクロワッサンのネクストステージが見えた。だから今のクロワッサンは、前の日には織らないし、冷凍もしない。

さらにクロワッサンの層は3×3×3の9層が標準だが、『涼太郎』のは3×3の9層。それはなぜか?

「ブノワトンのクロワッサンも、多分ですけど9層ぐらいで層が厚い。バターも厚くて、生地が揚げ焼きみたいになる。だから、凝縮してうま味になる」

ブノワトンのクロワッサンにあった層の厚み。それが小麦とバターのうま味に繋がっていた。渡邊さんが、クロワッサンを食べて感じた高橋さんのパッションを受け継ぎたいと願う、そのための9層なのだ。

※1 「ブノワトン」は国産小麦や自家製粉のパイオニアとして知られる名店。
※2 高橋幸夫さんは地元産小麦を石臼挽きする「湘南小麦」の製粉工場ミルパワージャパンの創業者。2009年没。

Hiroaki Ikeda

7年もの間、試作し続けて納得のおいしさへ

『涼太郎』の「ビオブロート(ちぎりパン)」は、”職人”として7年間試行錯誤をつづけ、最近やっと完成したという。

兵庫県・芦屋にある『ベッカライビオブロート』(※1)で出合った「ライエンベック」を再現したものだ。コッペパンのような小さなパンがつながった形。自家製粉全粒粉100%だなんて到底信じられない。ひたすらやわらかく、ふすま(小麦の皮)の甘い香りはむんむんにあれど、えぐみはまったくない。

「『ビオブロート』には何度も通いました。全粒粉100%でパンって作れるんだ! って、感激しました。それまで、全粒粉といえば苦い、硬い、おいしくないというイメージ。それを覆す、小麦のすばらしさを教えてくれたんです。店で買ったパンを公園で食べて、衝撃を受けて、そのあと駅まで歩いた記憶がないですもん。「ライエンベック」やくるみが入ったぐるぐるの「ヌスシュネッケン」はえぐみもなくて、本当にやわらかい食感」

そのやわらかさと食感を目標にして渡邊さんは1キロの小麦粉を1日かけて自家製粉する。挽いて挽いて微粒粉にすることで、生地をこねたとき、つながりにくい“ふすま(小麦の外皮)”のつながりづらいというデメリットを消すのだ。挽きたてであることで市販の全粒粉よりもえぐみはない。それでも、渡邊さんの記憶の中のライエンベックとはイコールにならない。

「最初は砂糖とバターを使っていましたがなんか違うと思って、はちみつに変えたら近い味になった。バターもどの銘柄がいいのか、生地をこねるのもミキサーを使っていたけど、それも違う……。なんだろう、なんだろうと毎日変えながら、理由が見つかるまで数カ月も試作をやりました。ノートが真っ黒なんですよ。ルセットを何度も書き起こして書き起こして。書いたノートがぜんぶ真っ黒になってはまた消してってやってるから、最終的に見えなくなって。作るたび、『あ、これ違う』『これ違う』って。で、消してまた書いて」

このパンが自家製粉100%だなんて信じられない。軽くて、甘くて、食べやすくて、香りだけは濃密で。7年の努力の末たどりついたことに、頭が下がる思いだ。

※1 「ベッカライビオブロート」は自家製粉・オーガニック全粒粉をメインにした兵庫県芦屋の名店。

HIROAKI IKEDA

志賀イズムを受け継いだバゲット

『涼太郎』の「バゲット」を一口食べると、ぷるんとした中身から、でんぷん質の香りが吹き出し、そしてミネラリーな香りが次々と押し寄せてくる。その秘密は、クープ(バゲットに入れた切り込み)が”開かない”ことにあるという。

「バゲットの成形ってクープを開かせるために生地を締めて芯を作れって言われるんですけど、今のバゲットは、おいしくするためにあえて折りたたむだけで、締めないんですよ。もうそれ以上グルテンを作らない。成形したら、(二次発酵を取らずに)すぐ焼く。だから形もいびつでクープも開かないバゲットが焼き上がる。でも僕はこれでいいと。その前に48時間以上生地を寝かして、ちゃんとうま味を作ってるから。僕の店のコンセプトって笑顔。見た目じゃなくて、お客さんがおいしいパンを食べてくださったときの笑顔を追求している。だから、グルテンを作りすぎて口溶けの悪いパンはコンセプトからズレるんです」

バゲットは志賀シェフの『バゲット プラタヌ』をベースにしているという。

「味噌にしょうゆ、甘酒が入っているのでもはや『バゲット プラタヌ』じゃないんですけど。志賀さんの『バゲット プラタヌ』は酵素をしっかり効かせたパン。だからその理論は『涼太郎』のバゲットに反映にさせているんです。粉は地元の製粉会社ローカルミリングで挽いた羽佐田トラクター(愛知県西尾市の生産者)のミナミノカオリ、ニシノカオリとフランスのオーガニック小麦粉デコローニュのブレンド。デコローニュだけは『バゲットプラタヌ』の配合を残したんですよ。プラタヌの意思というか。デコローニュのうま味はやはりこの小麦にしか出せない。まるでダシが入ってるんじゃないかなと思うほど強烈ですね」

フランス産オーガニック小麦、最新技術で挽いた愛知県産の小麦、それらを醸すこうじや味噌。これらが重なり合うことで、一度噛んだら消えない『二枚腰、三枚腰の粘り強いうま味』が生まれる。

Hiroaki Ikeda

発想の転換から生まれた名品

「クリームパン」は飲み物に限りなく接近する。ふわふわとろとろ。生地とクリームがいっしょに溶ける。きび糖の香りとリッチなミルキーさはまるで浴びるように感じられる。

「ヤマザキの『薄皮クリームパン』を本気で作ろうと思ったんです。中がとろっとして薄皮でふわっ、ずっとやわらかい。菓子パン生地で作るとボリュームが出すぎて、薄皮にならない。ブリオッシュ生地でやったら近くなるけど、生地はぱさぱさ。ブリオッシュは総量の40~50%ぐらいバターが入ってる。なんでこんなにぱさぱさになるなのかな? って考えて、バターを眺めてたら、『バターって固まってるな』と気づいたんです。もしかしたら、パンの中でも冷えたら固まってるんじゃないかと思って」

パンが冷え、バターが固まるから生地がぱさぱさする。どうやったら問題を解決できるのか。

「オリーブオイルみたいな、常にさらさらの状態のバターないかなって、業者に電話したんですよ。そしたら、『それって生クリームですよ』って。バターは入れずに、生クリーム100%で作ったらしっとりするんです。その生地でクリームパンを作ったらヤマザキにめっちゃ近くなったんですよ」

生地が完成したら今度はクレームパティシエール(カスタードクリーム)が違う、とろけないと疑問が湧いてきた。

「フランスのパティシエールはなめらかにとろけることを思いだしたんです。ポイントは牛乳。フランスの牛乳ってぜんぶロングライフ(常温で3~4ヶ月保存できる特殊な牛乳)。それで作ったらクリームがとろけたんですよ。

僕が店をオープンした頃はバニラが不足していて。バニラエッセンスは使いたくないから、バニラじゃなくて焦がしたバター、あときび糖の香りで。甘みは少ないけどすごく香るんです。これも薄皮クリームパンと似てるんですよね」

誰もが知るなつかしいあの味に似て。でも最先端の製法でなくては実現できない、なめらかな口溶けとミルキーな香り高さ。渡邊さんの仕事は、なつかしい記憶とパンの現在地を結びつけるものだ。

Hiroaki Ikeda

アツい人からの刺激でパンがおいしくなる?!

渡邊さんは店を飛び出し、ときにははるばる関東のイベントにも顔を出す。彼が動くことでパン職人同士がつながり、新しいうねりが生まれる。東京・笹塚にあるベーカリー『ドウイスト』とのコラボでは、数時間待ちの行列ができた。それだけでなく、渡邊さん自身も多くの気づきを得る。

「川原君(「ドウイスト」シェフ)がイベントに呼んでくれたことがあって。そのとき初めて川原君のスコーンを食べたんです。もう世界一おいしいわって感激しました。僕もずっとプレーンのスコーンを試作してたけど、やっぱり口の中の水分を持ってかれるんですよね。川原君は、配合は言わないけど、『湯種を使ってるんですよ』『折り込んでるんですよ』とかヒントをたくさんくれた。

バターと粉を混ぜたら終わりなのに、なんでスコーンを折り込むんだろう? バターが層になることで、揚げ焼きになる。あれがうま味になるんですよね。『ブノワトン』のクロワッサンも9層ぐらいで層が少なかった。だからバターの部分が厚くなって生地が揚げ焼きになり、凝縮してうま味になったんでしょうね」

そのとき食べたパンに感動して作りたい衝動に駆られたり、いっぱい考えるきっかけをくれてありがとうとか、それが商品に憑依しておいしさがお客さんに伝わってる気がするともいう。

「パンって、繰り返しの作業が多くてつまらないから辞めるって若い子がいっぱいいますけど、あの時間がいちばん大切。ずっと考えつづけることが大事かなと。そういう思いがパンにしたときお客さんに伝わる。そういうパンを作っていきたいですね」

「だから、いっぱい人に会いたいんですよ。パン職人さんに限らず、パティシエさんでも料理人さんでも農家さんでも、なんか熱い人と話したい」

人を思い浮かべ、全力でその人の思いに応えようとする。1度でもできなくても何度でも何度でも愚直にトライする。思い浮かべた顔が笑顔になったとき、それが『涼太郎』のパンになるのだ。

涼太郎
住所/愛知県名古屋市瑞穂区弥富町茨山21-1
電話/052‐880‐4965
営業時間/11:00~17:00(売り切れ次第閉店)
定休日/日・月曜
Instagram/@ryotaro_pain_nagoya

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