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「実習先で会った女は」と言った俺→店の女性が言いかけた「毎日」の続き

  • 2026.11.7
ハウコレ

店主の口ぐせを、俺は八つ当たりの形で彼女にぶつけていました。銀色のトレーにかけた布の下にあったものと、紙袋の中身の話です。

実習先の洋菓子店で、彼女の好きなケーキを言えるかと店主に聞かれました。泡立て器を持ったまま、俺はすぐに答えられませんでした。付き合って1年になる日が、もうすぐそこまで来ていたというのに。

店主の質問

その店を1人で切り盛りしているのは、60代の女性の店主です。
常連さんの好みを全部覚えている人で、「気が利くってのは、相手の好きなものを覚えてることだよ」が口ぐせでした。
考え込んだ末に思い出せたのは、彼女が一度だけ口にした「レモンのタルトが好き」という言葉だけです。
それを話すと、店主は片付けの終わった厨房を毎日使わせてくれることになりました。
帰りが遅くなったのも、服に甘い匂いが残っていたのも、そのせいでした。

あの言葉の出どころ

練習は失敗続きで、その日も店主から「生地をなめてる」と叱られたばかりです。
ソファでタルトの写真を見返していたとき、彼女が牛乳を買い忘れたと謝ってきました。
「実習先で会った女は、お前と違って気が利くんだよ」
頭に残っていた店主の口ぐせが、そのまま八つ当たりになって出てしまいました。
「どんな人なの」と聞かれても、「普通だよ」としか言えませんでした。
店主の話を続ければ、タルトのことまで口を滑らせそうだったからです。
「女」という言い方が若い女性を思わせるとは、そのときは考えもしませんでした。

布をかけたトレー

数日後、ガラスの向こうに彼女の姿が見えたとき、手元には試作のタルトが並んでいました。
とっさに銀色のトレーに布をかけて、厨房を出ました。
「なんで来たの」
焦りがそのまま出て、ひどく冷たい声になったと思います。
後から来た店主が「この子ね、毎日」と言いかけたので、慌てて頭を下げました。
「すみません、今日は帰ってもらえますか」
彼女が何も買わずに出ていく背中を、俺はガラス越しに見ているだけでした。
店主には「あんたが一番気が利かないね」と言われました。

そして...

その日、店主は早めに厨房を空けてくれました。
焼き上がったタルトは、レモンの皮のふちが少し焦げています。
紙袋を背中に回したまま、玄関で「ちょっと座って」とだけ言いました。
箱を開けた彼女は、しばらく黙ってタルトを見ていました。
「覚えてたんだ」と言われて、俺は何より先に牛乳のことを謝ったのです。
あとで冷蔵庫を開けると、買い直された牛乳の隣に、俺の好きなプリンが2つ並んでいました。
相手の好きなものを覚えていたのは、最初から彼女のほうでした。

(20代男性・専門学校生)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

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