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池井戸潤さんインタビュー|小説「民王」がミュージカル化! “現場”を愛し、“舞台”を愛する鋭い視点とは?

  • 2026.8.26
SUGIYAMA SETSUO

2015年にテレビドラマ化もされた人気小説「民王」。ミュージカル化に当たり、原作の池井戸潤さんにお話を伺いました。池井戸さんといえば工場などものづくりの現場に鋭くも温かい視線を向ける作家として多くの作品が愛される人。また大の舞台好きでもあります。その池井戸さんが舞台、ミュージカルという“現場”にどんな思いを抱いているのかお話を伺いました。

舞台は究極の“ものづくり”の現場

―まずは、ミュージカル化すると聞いていかがでしたか?

「ミュージカルは作ってみたかったんで嬉しかったのですが、『民王』というのが意外でしたね。人の中身が入れ替わる作品なので、難しくないのかな?と」

SUGIYAMA SETSUO

―それをどう見せるか……、現場の皆様の力が結集したものが舞台という現場ですよね。先生の作品やご活動を見ていると強い“現場愛”を感じます。工場をご自身で撮影する新聞連載をおもちです。

「首都高を都内から横浜方面に走っていくと、巨大な鉄の工場(「JFE」の工場)があって、それに惹かれまして……。どうにかして撮影できないか、と考えたのが連載のきっかけでした。結局は「JFE」の別の工場を撮影したわけですが。僕は最初に就職したのが銀行だったので、とにかく数字ばかりを見る毎日でした。いくらお金が必要で、いくら貸せるか……。そういうことばかり扱っていたのですが、取引先に行くとやはり工場があって、数字のことなんかより目先の部品をいかに正確に作るかに人生をかけている人たちがいるわけです。そうやって、自分がいましている仕事とは違う美しさや人生観を見させてもらいました。舞台というのはその工場との体験に少し似ていて、ものすごく“人のにおい”がするものです。ビジネス的な目線では、いくらチケットが売れて、いくら儲かったか、という数字ばかりに目が行きがちですが、舞台作りそのものは工場と同じで、登場人物を深く深く掘り下げようとしている職人的な役者がいて成り立つものなんですよね。そういうものづくりの感じ、手触りのようなものが、観ている人にダイレクトに伝わる。それが舞台のすばらしさです。一方で工場に納期があるように、舞台にも開幕があり、一度開いたら千穐楽(せんしゅうらく)まで続く。まさにショー・マスト・ゴー・オン。それを長年続けている俳優さんたちの精神力にはもう敬服するしかありません。しかも、1日に昼と夜の2回出演したりする。驚異的です。

さらに面白いのは、“お客さん”の存在です。僕は時々舞台の俳優さんたちとお話をするのですが、驚くほど敏感に客席の空気を掴(つか)んでいるんですよね。登場して、ちょっとセリフを言って場面が進んだら、その日の観客のノリがわかるんだそうです。たまに僕がどこに座っているかもわかっていました、なんて後で言われて少し焦ったり(笑)」

ミュージカルの裏側に思うこと

写真提供=東宝演劇部

─今回はご自身の作品がミュージカルの原作になるということで、まさに舞台の“裏側”に回られるわけですが、まだ制作の途中だとは思いますが、いかがでしょう?

「もちろん、裏には裏の難しさがあるなと思っています。僕が普段手掛けている“小説”との何よりの違いは、小説はひとりで全部をつくる世界だということ。僕の中で完結する世界なんです。一方、ミュージカルは違う。本当にいろいろな人がかかわって成立する。中でも重要かつ難しいのは楽曲なのではないかと思っています。僕はずっとミュージカルに関わってみたかったけれど、誰に作曲を頼むかというのが非常に難しいポイントだなと思っていました。技巧に走らず、たとえば(ミュージカル及びディズニー映画の曲で知られる)アラン・メンケンさんのようなキャッチーな曲を作れるか、という点です。観に来た人がすぐに覚えて口ずさんで帰れるような、親しみやすいメロディーがミュージカルには必要だと思っていて。今回はその大役を角野隼斗さんが引き受けてくれました。彼のリサイタルに行ったときに彼が作曲した曲を聞いて、角野さんならできると思い、お誘いしたら参加してくれると。嬉しかったですね」

─たくさんの人の才能が掛け合わされるミュージカルの世界。まさに出逢いがもたらす現場です。

「音楽の占める割合は大きいけれどもちろんそれだけではなくて、脚本、演出、そして演者がいるわけで、そのなかの誰か1人でも変わったら全部変わるような世界です。そこにお客さんの存在も含めたら、掛け算になっていって、同じ舞台は二度と存在しない。自分の頭のなかだけで完結していく小説ではありえないことです」

─先生の作品は多く映像化されていますが、それらと比較するといかがでしょう?

「映像はときに視聴者を過剰に意識してしまうことがあるなと思います。チャンネルを変えられないように。舞台の場合、お客さんはずっと客席にいるわけだから、最後まで見ていただける。それを前提として脚本を作り込むというのは異なる部分かな。ただ、見せたいものがあって、それを活字なのか、映像なのか、舞台なのか、どんな形でアウトプットするかだけの違いともいえますね。その違いが面白さにつながることもあると思います。たとえば今回の『民王』の入れ替わりに関して言うと、映像ならばたやすくできる表現を舞台上で行うわけなので、それをどう表現するのか、難しくもあり、その制約が楽しみな部分でもあるわけです。舞台に限らずクリエイティブなものを生み出すときは、1人かせいぜい2人が筋書きを決めるのが良いのではないかと思っています。そこは、工場で様々な人のノウハウが蓄積されていくのと違う部分かもしれません」

舞台を観るときの、作家としての視点

SUGIYAMA SETSUO

―先生は観客としても舞台を愛する方だと思いますが、ご覧になるときはどのようなことを考えていらっしゃいますか?

「僕は職業柄、どうしても脚本の“構成”が気になってしまうんです。登場人物がこの行動を取るならば、その手前に何か伏線を置いておくべきでは?といったような。でも頭で考えすぎてしまうと、その登場人物は本当にそんなことをするの?なんていうことも。もちろん、それは小説でも起こりうることです。プロットを大切にするあまり無理やりそのプロットに寄せた行動を登場人物に取らせてしまいがちです。するとその人物に感情移入して読んでいた人が、急に冷めてしまうこともあるのでは。キャラクターの破綻は、小説では一番犯してはいけない失敗なんです。舞台を観ていても、この発言をするなら、その前にひと言、ふた言入れておけばもっと感情移入できるのに……なんて考えることがあります。ただ、それはそれ。演者がカッコいいとか、ライティングがきれいとか、ダンスがいいとか、脚本ではないところで舞台を評価する人もたくさんいるわけで。客席に何百人という人が座っていて、バラバラの価値観をもって眺めているのが舞台ですよね。そのうえで原作者として舞台が楽しみなのは、キャラクターの深掘りという点でしょうか。もちろん原作者が登場人物を作っているわけですが、それを演じる方が、僕以上にその役を深掘りしてくれる可能性があるわけです。そういう瞬間に出逢えたら、嬉しくなっちゃうと思うんですね。自分自身が思いもしなかった深掘りを期待しています」

帝国劇場の裏側を撮影して

―最後に、劇場に向ける愛をお聞かせいただけたらと思います。建て替えのための取り壊しが決まった後の帝国劇場の楽屋裏や奈落にいらしたと聞きました。

「1回は(帝国劇場と一体になっている)国際ビルについてのエッセイを書くために、もう1回は奈落の写真を撮るために入れていただきました。最初、エッセイを依頼されたときは、国際ビルについてよく知らないので断ろうと思っていたのですが、帝国劇場にとても深い奈落があるという話を聞いていたことを思い出し、どうしても見たくなってしまって(笑)。それは24メートルもの深さのある奈落だったので、取り壊される前に撮ることができて本当によかった。ああいった豪華で美しい劇場をぜひまた作っていただきたいなと思っています」

1人で紡ぐ小説の世界から、大勢のプロフェッショナルと観客が熱量を掛け合わせるミュージカルという「舞台」という現場へ。池井戸潤さんが作品に込めた強い現場愛と、観客への温かいまなざし。この秋、劇場でしか味わえない最高にキャッチーでダイナミックな『民王』の幕が上がります。

池井戸潤さん プロフィール

いけいどじゅん●1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒業。1998年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞し作家デビュー。2011年『下町ロケット』で直木賞を受賞。他の作品に『半沢直樹』シリーズ、『シャイロックの子供たち』『BT’63』『空飛ぶタイヤ』『陸王』『俺たちの箱根駅伝』『ブティック』など。最新作は『ハヤブサ消防団 森へつづく道』。

ミュージカル『民王』

写真提供=東宝演劇部

原作は2010年に刊行された池井戸潤による長編小説。ひょんなことから内閣総理大臣と大学生の息子の心と体が突然入れ替わり巻き起こる混乱を、社会や政治への皮肉や風刺を絡めて描いたコメディ小説を、池井戸作品初のミュージカル化。

【東京】2026年9月6日(日)~10月6日(火)シアタークリエ
【大阪】10月11日(日)~13日(火)梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
【福岡】10月17日(土)~19日(月)博多座

原作/池井戸 潤『民王』(文春文庫/角川文庫)
脚本/ツバキミチオ
音楽/角野隼斗
演出/永井 誠

出演/有澤樟太郎、別所哲也、豊原江理佳、林 瑠奈(乃木坂46)、山崎大輝、上川一哉、福田転球、一路真輝、竹中直人 ほか

料金/【東京】13,500円(平日)、 14,000円(土日祝・千穐楽)
※全席指定

問い合わせ/
東宝テレザーブ tel.0570-00-7777(東京公演)
梅田芸術劇場 tel.0570-077-039(大阪公演)
博多座 tel.092-263-5858(福岡公演)

撮影=杉山節夫 取材・文=本田リサ(婦人画報編集部)

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