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水野美紀さんインタビュー|50代は人生の「答え合わせ」の時間。視点をひっくり返して見えてくる、これからの人生の面白がり方

  • 2026.4.4
撮影=セドリック・ディラドリアン

10代で芸能界に入り、俳優として歩みを重ねてきた水野美紀さん。近年はバラエティ番組への出演や、自身が主宰する演劇ユニット「プロペラ犬」など、活動のフィールドを広げている。新しいことにも軽やかに踏み出す。その一方で、どこにも無理がなく、あくまで自然体。静かに、しかし確実に、自分の道を更新し続けている。

そんな水野さんが今回挑むのが、2026年4月11日(土)から開幕する、古典落語「死神」をベースにした舞台『死神』。しかも演じるのは、その名の通り“死神”という役どころ。新しい挑戦の中であらためて浮かび上がるのは、水野さんらしい、人生との向き合い方。その面白がり方を伺った。

生を産む女性が「死神」を演じる面白さ

「消えるよ、消えるよ……」。

今にも消えそうな、寿命の蝋燭の火を見ながら、死神が静かに男に告げる。耳でその情景を追いながら、男の最期に思わず震え上がる——。そんな衝撃的なラストを持つ古典落語『死神』。運に見放された男が、死神を通して栄華と転落を味わうこの噺は、老若男女に愛される名作として知られている。この物語をベースにした舞台『死神』で、水野さんが演じるのが、その名の通り“死神”。その役と聞いたとき、「女性がやるんだ」と驚き、「自由度が高そう」と、率直に嬉しさを感じたという。

「古典落語では多くの方が“男の死神”をイメージして聞いていると思うんです。だから演劇になって、まず大きく変わるのが“女である”という点で、そこが面白くなるんじゃないかなと。落語で聞くイメージとは違うものになる、その違いを楽しんでもらえたらと思いました」

そもそも死神という、「死」そのものを人格化した存在は、日本の伝統的な物語の中ではあまり見られない。幽霊でも怨霊でもない、そのどちらとも異なる存在だ。落語『死神』は西洋のグリム童話をもとにしているという説もあり、そうした背景も含めて、この噺にはどこか自由な発想が息づいている。

「明治期に三遊亭圓朝が西洋の話をもとに作ったという説もあるらしいですね。だから演じていても、貧乏神なのか死神なのか、その境界が自分の中で曖昧になる瞬間があるんです。貧乏神じゃないよな、じゃあ死神ってなんだろう、って」

さらに、今作で脚本・演出を手がける倉持裕の描く死神像からも、イメージを膨らませていると水野さん。

「神様の中でもかなり下の階級で、貧乏神と同じくらいか、ちょっと上くらいかな、という感覚で捉えています。セリフの中に、寿命通りに死なせないと『査定に響く』という言葉があったりして。アルバイトが工場のラインで製品チェックをするみたいに、在庫管理をして、品質を見て、そろそろ逝く人のところにちゃんと行って、帳尻を合わせる——そんな作業を、毎日淡々とやっている感じをイメージしています(笑)」

「死」を司るというと、私たちは恐ろしいものを想像してしまう。けれど、その営みを日々の「仕事」として捉え直すと、急にこの死神というキャラクターが生き生きとしてくるから不思議だ。そして、演劇では俳優の身体を通すからこそ、人間の可笑しさが立ち上がってくると水野さんは言う。

「稽古で倉持さんの演出が入るたびに、どんどん面白くなっていって。みんな抜けていて、憎めないキャラクターになっていくんです。落語は音から想像を膨らませるものだけど、演劇は視覚から楽しめる。頭の中で思い描いていた人物よりも、実際に生身で出てくるキャラクターのほうが、もっとバカで、もっと動きがあって。人間のどうしようもない欲深さ、可笑しさがあらわれるんじゃないかと思います」

そして水野さんは、女性がこの役を演じる意味を、もう一段深く見つめていた。

「女性って命を産める存在じゃないですか。その女性が“死を司る”立場にいるということが、物語の中で鋭いスパイスになっている気がします。そして今作には女性の死神だからこそのサゲ(落語用語で、物語の締めくくりのこと)が用意されています。江戸時代から女性はしたたかで、強かったんだろうと感じますね」

撮影=セドリック・ディラドリアン

50代から「答え合わせ」の時間が始まる

命を生み出す側にある視点——。その実感は、水野さん自身の人生とも重なる。妊娠・出産を経て、現在は小学生の子どもを育てる母でもある。子育て、家事、そして仕事。忙しい毎日の中でも、新しいことに挑戦し続けている水野さん。その原動力はどこにあるのかを尋ねると「あまり計画的に生きているわけではなくて、どうしようもなく引き寄せられる流れに乗っている感じなんです」と笑った。

キャリアを着実に重ねているイメージがあっただけに、その言葉は意外だったが、「若い頃はキャリアを積んでいる実感がなくて不安だった」とも水野さんは続けた。たとえば会社員であれば、役職が上がる、責任が増える、経験が数字や肩書きになって見えるけれど、役者の仕事は一つの作品が終われば、それで終わってしまうからと。

「どんな役をやっていても、撮影やプロジェクトが終われば消えてしまうような感覚があって。一個一個の仕事を消化していくだけで、何も残っていないように感じていたんです。後ろに何も積み上がっていないような、どこかふわふわした感じがずっとあったんですよね」

その感覚は、私たちの中にもあるのではないだろうか。日々、こなしていることは確かにあるのに、それが何かになっている実感を持てない。そんな戸惑いは多くの人の中にもあるはずだ。幼い頃、夢を語り、「何者かになりたい」と思っていたのに、日々のことに追われ自分を見失っていると。けれど時間が経って、別の視点に立つと、初めて見えてくるものがあると水野さんは教えてくれた。50代となり、気づけば自分が一番年上の現場が増えてきたからだった。

「子どもが少し大きくなって、生活が落ち着いてきて、自分のことを振り返る余裕ができてきたんです。そうしたら少しずつ、社会の中での自分の立ち位置や、周りが見えてきて。周りからベテランと呼ばれるようになってきましたし、自分ではわからなかったけど、この世界で培ってきたものが、“信用”や“キャリア”として見てもらえるんだと気づいたんです。長く続けるということが、信頼になるんだと初めて実感しました」

自分では何も積み上がっていないように見えていたものが、他者の目を通すと確かな土台になっている。その発見は、年齢を重ねたからこその贈り物のようだ。人生の面白さとは、そういう“答え合わせ”の時間が訪れることにもあるのかもしれない。

そして、子育てと仕事を行き来する日々の中で、「人はそれぞれ違う役割があると」気づいたという。

「子どもを育てていて思うのは、それぞれに個性や得意不得意があって、同じ環境で育っても、興味も体格も全然違うってこと。だからきっと人には、生まれ持った役割みたいなものがあるんだろうなと。最初からプログラミングされているみたいだなと思うんですよね。若い頃の私は人生とは積み上げるものだと思っていたけれど、振り返って自分を見ると、一つを突き詰めるタイプではないし。いろんなものに興味を持って、人や情報をつないでいく役割なんじゃないかと、今は思えるようになりました」

撮影=セドリック・ディラドリアン

みんな何かの役割を持って生きている

自分が唯一、続けてきたこと、続けられたことは何か。そこから自分を見つめ直してみると、自ずと役割が見えてくるのかもしれない。そしてきっと少し自由になれる。水野さんにとっては演劇。そして人や情報を繋ぐこと。だからこそこれからは、「演劇をもっと盛り上げたいという気持ちが強い」という。アメリカやヨーロッパでは連日多くのミュージカルや演劇作品が上演され、気軽に劇場に行く文化があるが、日本ではまだメインストリームになっているとはいえない。

「演劇はアメリカでは教育の中にも取り入れられていますし、音楽と同じように人の心を動かす力がある。むしろ演劇は、そこにストーリーが乗る分、より強く心に届くものだと思うんです。そして、コロナ禍で人との距離が離れたあとだからこそ、なおさら感じるんですが、劇場って五感で体験できる場所なんですよ。同じ空間にいる人たちと、その瞬間を共有する。その体験の強さは、やっぱり特別だと思います」

そんな思いもあって、子どもたちと演劇を作るワークショップを開催したと水野さん。

「本当に面白かったですね。テーマ決めから全部子どもたちに任せると、『出たい』『脚本を書きたい』『音楽をやりたい』ってそれぞれ違う役割を選ぶんですよ。演劇って、図工も音楽も国語も体育も、全部が入っている。しかも、子どもたちの個性がすごく見えるんですよね。中には台本にないことを突然やる子もいて、でもそれが面白かったりする。想像を超えたものがどんどん生まれてくるんです。最後に発表をするとみんなすごい達成感を感じていて、『またやりたい』と言ってくれる。これは教育としてもすごく価値があるなと思いましたね」

人と協力すること。途中で予定が変わること。思い通りにならないこと。それでも工夫して互いに理解を深めることで、最後に一つのものを作ること。それは生きることそのもののようだ。

「演劇って、誰一人欠けても成立しないんですよね。人生でも同じですよね。それぞれの役割があって、それを全うすることで全体が成り立つ。人のために頑張る、自分の役割を果たす、そういうことを自然に体験できるのが演劇だと思うんです。それって社会に出てもすごく大事なことだと思います」

撮影=セドリック・ディラドリアン

小さな非日常は生きる力

一方で、演劇をはじめエンターテインメントは有事の時にはとても弱い存在だ。そして観客がいなければ成り立たない。コロナ禍においては真っ先に劇場やライブハウスは閉鎖され、数々の公演が中止になった。まだ記憶に新しい出来事ではないだろうか。

「コロナ禍で『エンタメは必要か』という話がありましたけど、私はすごく必要だと思っていて。劇場で行われる演劇って昔のお祭りみたいなものと思うんです。昔のお祭りって次のお祭りまで頑張ろうと思える“区切り”だったと聞いたことがあるんです。みんなで熱狂して、非日常を味わって、また日常に戻るための活力になる。エンタメの原点もそこにあると思うんです」

そこへいく日を楽しみに日々を頑張る。そして非日常が、生きる力になる。

「人はただ生きられれば幸せかっていったらそうじゃなくて、幸せになるために生きているんだと思うんです。その幸せはどこにあるか。それは瞬間の中にあるものだと思うんですね。誰かと心が通じた瞬間とか、何かを達成した瞬間とか。不安や苦労の時間のほうが長かったとしても、瞬間的な幸福があればまた生きられる。『日曜日にあの芝居を見にいくから頑張ろう』と思ってもらえるような、日常の目印になるような場所を、劇場に作りたいと思っています」

幸せの瞬間を受け取る心を大切に

日常の中でも小さな幸せの瞬間をとどめておけたら、日々の景色は変わるのかもしれない。でも小さな幸せはあまりに日常に溶け込んでいて、見逃しやすいものだ。

「人って、目先の不安にとらわれてしまいがちですからね。でも最近思うのは、その瞬間にある幸せをちゃんと受け取れる人こそが最強なんじゃないかってことなんです。たとえば、子どもが元気に『おはよう』と起きてくる、それだけで本当はすごく幸せなことなんですよね。でも体調を崩したときに初めてそれに気づいたりする。水道をひねれば水が出ることも当たり前じゃない。誰かが苦労して作ってくれたものの上に今の生活がある。そういうことをちゃんと拾っていける感性を持っていたいなと思いますね」

とはいえ、日常には思いがけない災難やつまずきも転がっている。そのことに囚われすぎないようにするにはどうしたらいいかと尋ねると「自分を笑ってあげることかな」と水野さんは答えた。深刻なことを軽くみる、という意味ではない。むしろ、自分を渦中から少しだけ外して見つめ直すこと。そこに転換の入り口があると。

「やっぱり、客観視することだと思います。演劇でいうと、お客さんの視点になるということかな。自分の人生を“観ている側”の目で見てみると、少し距離が取れる。そうすると、しんどいことも少しひっくり返ると思うんです。向こう側から見て、『よくやったね』って自分に言ってあげる。それだけでも、少し楽になる気がしませんか」

撮影=セドリック・ディラドリアン

みずのみき〇ドラマ、舞台、映画とジャンルを問わず、シリアスな役どころからコメディまで幅広く活躍。2007年には演劇ユニット「プロペラ犬」を旗揚げし、主宰・脚本・演出も手掛ける。日常の機微をユーモアたっぷりに綴ったエッセイも執筆、著書に『私の中のおっさん』、『余力ゼロで生きてます。』などがある。2026年3月からはNHK連続テレビ小説「風、薫る」に主人公の母親役として出演。

舞台『死神』

Hearst Owned

金なし、甲斐性なし、運もなし。どん底の男・八五郎(牧島 輝)の前に現れた謎の女・死神(水野美紀)。「病人の足元に死神がいれば呪文で助かるが、枕元ならアウト」という教えを武器に、八五郎は医者として名声を得るも、欲に負け禁じ手に手を出してしまいます。その代償として連れて行かれた先は、寿命を司る無数の蝋燭が揺らめく洞窟。今にも消えそうな一本の火を前に、男の運命やいかに——。

三遊亭圓朝の古典落語「死神」をベースに、演出の倉持裕さんと落語家の立川志の春さんがタッグを組み、音楽劇の要素を交えて進化させた「演劇×落語」の意欲作。伝統芸能と現代演劇が鮮やかに溶け合う、エンターテインメント要素満載の舞台です。

公演日程:

2026年4月11(土)〜 4月26日(日) 紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA

2026年5月2(土)〜 5月4日(月・祝) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール

作・演出:倉持裕

出演:牧島 輝 樋口日奈 浅利陽介 玉置孝匡 香月彩里 立川志の春 水野美紀

撮影=セドリック・ディラドリアン 取材・文=竹田理紀 ヘアメイク=橋本庸子 スタイリスト=山下友子 編集=大坪千夏(婦人画報編集部)

眼鏡/44,000円(アイヴァン/アイヴァン 東京ギャラリー/tel.03-3409-1972)※税抜価格

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