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"自称成功者"のポジティブシンキングを真似してはいけない…成功の秘訣を語りたがる人たちの厄介さ

  • 2026.4.16

アピールの強い人、声の大きい人が重用されがちだ。だが、作家のマティアス・ネルケさんは「控えめな振る舞いにこそ価値がある。静かな話し方では聞いてもらいにくい現代においても、その態度は非常に心地いいものだ」という――。

※本稿は、マティアス・ネルケ『私を消耗しない賢明な態度』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

聴衆を歓迎するスピーカー
※写真はイメージです
「ポジティブだとうまくいく」は本当か

ある小さな企業の経営者のこんな話がある。

彼は、毎朝、「今日も最高の業績をあげるぞ」と、鏡に映る自分を叱咤激励した。

それでしばらくは、会社はうまく回っていた――「ポジティブ思考」を謳い文句にした製品を商品として。

やがて売上が落ちてくると、経営者は事務所にこもり、鏡の中の自分に向かって励ましのスローガンを叫んだ。

しかし、成果はなかった。

あったのはスローガンだけだった。

ポジティブ思考はそれほどうまくいかないのでは、と疑われている。

上昇させるよりも、むしろ状況を悪化させてしまうのではないか、と。

「きみなら、どんなことでも成し遂げられる」とスローガンを叫ぶトップクラスの人の中には、ビジネスで目を見張るような数字を、完全に合法的とはいえない手段で達成する人もいる――そこには精神的なエネルギーよりも、犯罪的なエネルギーのほうが強く働いている。

そのことを示すものは数多くある。

ポジティブ思考に効果がないことが悪いのではない。

私たちの世界では、たいていの物事では、こちらが期待するような結果は得られない。このことは、特に、「確実に成功する」とされる方法に当てはまる。

「きらきらの自分を見せたい」という動機

実際にうまくいくのは、他人に自分を信用させるのに成功した人たちだけだ。

だから、ポジティブ思考のサクセスストーリーは、ほとんどいつも、気が遠くなるような方法でお金を稼いだ人たちの体験談なのだ。

その点で「ポジティブ思考」は、ほかの成功法則と変わらない。それに、本当に不快な点は、「ポジティブ思考」は、自分が勝つことだけを求める、魂のない成功ロボットに人を変えてしまう点である。

それが人々の視野を狭めてしまう。

こうして人々は、今、いかに物事がうまくいっているのか、どれほど素晴らしく成功したのか、次にどんなすごいことが待ち受けているか、といったことを絶えず外に向かって宣言する。

このような人たちは、きらきらしている自分を、ほかの人に見てもらうことが重要なのだ。

挨拶で近況を伝えるときですら、成功話をしてしまう。彼らにはそれが必要なのだ。だが、何かを望まなければ「ならない」のであれば、私たちの意思は自由ではない。

成功の秘訣を語りたがる人たち

自身を成功者と称する人たちの話を続けよう。

彼らの中には、どうすれば自分のように成功できるか、ほかの人に教えたがる人も少なくない。

これはいささか疑わしい。

なぜなら、彼らが伝えたがっている方法が本当にいいものなら、門外不出のコカ・コーラのレシピのように、成功者は自分の成功の秘訣を守り、ことあるごとに口外したりしないはずだ。

だが、話をしたがる人にはまったく別の動機がある。

実際、自称成功者たちは、成功の秘訣を「彼らから教えてもらうことを望む人たち」を必要としている。

聞いてくれる人がいなければ、彼らは成功者でもなんでもない。ただの自己顕示欲の塊になってしまう。

自称成功者たちは、私たちに世の中について語ることで、「自分の行動はそっくりまねる価値がある」という確信を得たいのだ。

だが、これはよく考えたほうがいい。

彼らのまねはしないほうがいい。

彼らは人生の大きなゲームの中で勝者になりたがっている。自らを「ベスト」、あるいは「トップ中のトップ」と呼びたいのだ。

そして、彼らは自分のようにはならなかった人たちを、間違ったことをしている負け犬と公言する。

「臆病で、用心深く、周りに合わせてばかりいる人」「快適な環境を好み、不平ばかりでお金もうまくあつかえない人」だと。

それに対して自分たちは、「勇気があり、いつも情熱的で、労せずして稼ぐ。なぜなら、自分たちは勝者の典型だから」と主張する。

自信満々に「知ったかぶり」をかます人たち

成功のゲームがどのように機能しているのかを説明してくれる人たちは、モチベーショントレーナーやムードメーカーたちだけではない。

「投資パンク」の異名で知られるオーストリアのゲラルド・ヘアハンのような、いくらかひねくれたタイプもいる。

彼にはじめて会うと、資本主義に批判的な風刺画家が作りだしたキャラクターのような印象を受ける。

彼のはじめての著作『Investment Punk』のサブタイトルは「きみらはあくせく働き、ぼくらが金持ちになるわけ(Warum ihr schuftet und wir reich werden)」。それによると、ふつうの人たちは、金融システムに踊らされる「消費バカ」だ。

小口の投資家はだまされ、中間層が経済的な苦境に立たされるのは自己責任、という。

強烈な挑発のように聞こえる。

いや、聞こえるだけでなく、そう述べている。

なにしろ、元投資銀行家(バンカー)で、ハーバード・ビジネススクールを卒業した彼は、髪をツンツン立ててパンクな服装で登場する。

ゲラルド・ヘアハン氏の公式サイト
ゲラルド・ヘアハン氏の公式サイト

ところで、パンクとは?

かつてのパンクといえば、安いビールを片手に公園や駅でたむろし、理想的な社会を求めて体制に抵抗した若者たちではなかったか?

自分たちの質素なライフスタイルにカンパしてもらおうと、1マルクコインほしさに、通行人に話しかけていた人たちではなかったか?

彼らは品がなく映ったかもしれない。

だが、少なくとも知ったかぶりではなかった。

「成功者になれないのは自己責任」

同じパンクでも、投資パンクはまったく性質が違う。

かつてのパンクのように「No Future(ノーフューチャー/未来がない)」(パンクムーブメントのスローガン)とは叫ばず、「Bund Future(ブンズフューチャー/ドイツ国債先物取引)」を好んで取りあつかう。

本物のパンクは荒っぽく、無計画に動き回る。

一方、投資パンクは世渡りのうまい金融のプロ。

彼は私たちに次のように伝える。

政治や金融システムにだまされてはならない、と。それは啓蒙のようにも反乱のようにも、権利を奪われた中間層との連帯のようにも聞こえる。

けれども、過度な期待をしてはならない。彼が私たちに教えようとしているのは次のことだ。

「自分は高級車を乗り回せる大金持ちだ。成功者である投資銀行家の考え方を、いつまでも学ばないのは自己責任だ」

人生の意味は競争に勝つことではない

彼は著書で読者にこんなことも約束している。

マティアス・ネルケ『私を消耗しない賢明な態度』(サンマーク出版)
マティアス・ネルケ『私を消耗しない賢明な態度』(サンマーク出版)

「本書で、勝者の仲間入りをするための方法を学べます」

敗者の側にいる人は、彼の援助はもらえず、軽蔑されるのだ。

自分は成功していると思いこんでいる人たちは、とかく勝者と敗者の分類をしがちだ。

彼らの罠にはまらないように気をつけよう。

私たちの暮らしは、このつまらない対立が想定しているよりも、変化に富み、矛盾していて、味わい深いものだ。

そして、このことはしっかりと心に留めておこう――よい人生を送るということは、競争に勝つということではない。

人生の優劣を争うような競争など存在しない。勝者と敗者を区別するのはばかばかしい。

自分は勝者だと思い上がっていると、いつか自分に跳ね返り失敗する。

自分のことをよくわかっている人、自分の中に本当の強さを感じている人は、名刺の文字を金色にしたり、ウェブサイトを仰々しく飾り立てたりして人目を引こうなどとは思いつきもしないものである。

マティアス・ネルケ
講演者・作家
ドイツのマールブルクとミュンヘンにて文学、コミュニケーション学、政治学、音楽を学び、ミュンヘン大学にて博士号を取得。長年にわたり経営とコミュニケーションに関する書籍の執筆活動に勤しむ。主な分野は信頼、ミクロ政治、パワーゲーム、経営者のための心理学や経営バイオニクス(企業と経営者が自然から学べること)。ドイツ・バイエルン放送にてラジオ番組の制作に携わる。また、大企業において数多くの講演をおこない、基調講演者として人気を博す。講演者向けのコーチングやセミナーを提供。プレゼンテーションや講演、挨拶、モチベーションを高めるためのスピーチの準備や企画の支援など、幅広い分野で活躍。

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