1. トップ
  2. カルチャー・教養
  3. 超音波で「新型コロナウイルス」と「インフルエンザウイルス」の破壊に成功

超音波で「新型コロナウイルス」と「インフルエンザウイルス」の破壊に成功

  • 2026.5.12
Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部

超音波と聞くと、多くの人は病院の検査で使われる「体の中を見るための音」を思い浮かべるかもしれません。

しかし、その音の振動がウイルスそのものを物理的に壊す武器になる可能性が示されました。

ブラジル・サンパウロ大学(USP)の研究チームは、高周波の超音波によって、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)とA型インフルエンザウイルス(H1N1)の構造を破壊し、感染能力を大きく低下させられることを実験室で確認しました。

研究の詳細は2026年2月13日付で学術誌『Scientific Reports』に掲載されています。

目次

  • 超音波でウイルスの「外膜」を破裂させる
  • 感染能力が低下、ただし治療法としてはまだ初期段階

超音波でウイルスの「外膜」を破裂させる

新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスは、「エンベロープ」と呼ばれる脂質の膜に包まれたウイルスです。

この膜は、ウイルスが細胞に侵入するために重要な構造であり、いわばウイルスにとっての防護服のようなものです。

今回、研究チームが注目したのは、この防護服を薬ではなく、音の振動で壊せないかという発想でした。

実験では、病院などで使われる超音波装置に近い仕組みを用い、3〜20メガヘルツの高周波超音波をウイルスに照射。

すると、SARS-CoV-2とH1N1のどちらでも、ウイルス粒子の形が崩れ、エンベロープが破れ、構造のまとまりが失われる様子が確認されました。

研究者は、この現象を「叫び声でウイルスと戦うようなもの」と表現しています。

音波のエネルギーがウイルス粒子に形の変化を起こし、最終的にはポップコーンのように破裂させるというのです。

この仕組みの鍵になるのが「音響共鳴」です。

物体には、それぞれ揺れやすい固有の振動があります。

ブランコを押すとき、ちょうどよいタイミングで力を加えると、少しの力でも大きく揺れるようになります。

それと似たように、超音波の周波数がウイルス粒子の構造に合うと、振動が内部で増幅され、エンベロープに機械的な負荷が蓄積します。

その結果、ウイルスの膜が変形し、最終的に破れると考えられています。

興味深いのは、この現象がウイルスの遺伝子そのものではなく、粒子の形や構造に関係している点です。

多くのエンベロープウイルスは球形に近い形をしており、この形が超音波エネルギーを吸収しやすいと考えられています。

チームは、もしウイルス粒子が三角形や四角形であれば、同じような「ポップコーン効果」は起こらないだろうと説明しています。

つまり今回の方法は、ウイルスの弱点を「遺伝子」ではなく「形」に見出した研究だと言えます。

感染能力が低下、ただし治療法としてはまだ初期段階

チームは、超音波によってウイルスの形が壊れるだけでなく、感染能力にも変化が起きるかを調べました。

特にSARS-CoV-2については、超音波処理後のウイルスをVero-E6細胞という実験用の細胞に感染させ、細胞内でウイルスが増えるかを確認しました。

その結果、超音波を受けたウイルスでは、感染を示すシグナルが大きく低下しました。

特定の条件、特に7.5メガヘルツ付近の周波数では、ウイルス抗原や複製を示す反応がほとんど見られないほど抑えられたと報告されています。

これは、ウイルスの外膜が壊れたことで、細胞に入り込む力が失われたためだと考えられます。

さらに重要なのは、周囲の細胞や溶液への影響も確認している点です。

超音波照射後も、培養環境の温度やpHには大きな変化がありませんでした。

そのため、ウイルスが壊れた理由は、熱で焼かれたからでも、化学的に傷つけられたからでもなく、音の振動による機械的な破壊だったと考えられます。

また、実験条件下では、モデル宿主細胞に同じような破壊的影響は確認されませんでした。

ここで注意したいのは、これは「人体で安全に使える治療法が完成した」という意味ではないことです。

今回使われたVero-E6細胞は、SARS-CoV-2研究でよく使われるアフリカミドリザル由来の細胞であり、実験も培養皿の中で行われたものです。

動物実験やヒトでの臨床試験はまだ行われていません。

実際の体内では、粘液、血流、組織の厚み、照射する場所、周囲の細胞への影響など、さらに多くの条件を考えなければなりません。

そのため現時点では、「新型コロナやインフルエンザを超音波で治療できる」と断定するのは早すぎます。

しかし、この研究が面白いのは、抗ウイルス薬とはまったく違う発想を示しているところです。

一般的な抗ウイルス薬は、ウイルスの増殖に関わる特定の分子や酵素を狙います。

そのため、ウイルスが変異すると薬の効き方が変わることがあります。

一方、音響共鳴を利用する方法は、ウイルス粒子の物理的な形やエンベロープの構造を狙います。

もしこの仕組みが今後ほかのウイルスにも応用できるなら、変異の影響を受けにくい抗ウイルス技術につながる可能性があります。

チームは現在すでに、デング熱、ジカ熱、チクングニア熱などのウイルスにも同様の方法が使えるかを調べ始めています。

超音波は、医療現場で広く使われている技術であり、痛みが少なく、体を切らずに使えるという利点があります。

狙った場所に比較的正確に照射できるため、将来的には新しい感染症対策の候補として研究が進むかもしれません。

もちろん、そこに至るには、最適な周波数の調整、体内での安全性、有効な照射方法、正常な組織への影響など、多くの検証が必要です。

それでも、ウイルスを薬で抑えるのではなく、音の振動で「形ごと壊す」という発想は、これまでの抗ウイルス研究とは異なる新しい道を開くものです。

ウイルスは目に見えないほど小さな敵ですが、今回の研究は、その小さな粒子にも「揺れやすい形」という弱点があることを示しました。

将来、病原体との戦いにおいて、薬やワクチンに加えて「音波」が重要な選択肢になる日が来るかもしれません。

参考文献

Scientists Destroy COVID And Flu Viruses in The Lab With Sound Waves
https://www.sciencealert.com/scientists-destroy-covid-and-flu-viruses-in-the-lab-with-sound-waves

Scientists use ultrasound to destroy influenza A and COVID-19 viruses without damaging human cells
https://agencia.fapesp.br/scientists-use-ultrasound-to-destroy-influenza-a-and-covid-19-viruses-without-damaging-human-cells/57968

元論文

Ultrasound effectively destabilizes and disrupts the structural integrity of enveloped respiratory viruses
https://doi.org/10.1038/s41598-026-37584-x

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

元記事で読む
の記事をもっとみる