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100坪"無料"で「消滅可能性」51.8%から大逆転…豊後高田市83歳・市長の大胆すぎる一手

  • 2026.4.13

人口の「社会増」を成し遂げた大分県豊後高田市。実際に、市の施策としてどのようなことが行われているのか。ノンフィクション作家の黒川祥子さんは「政策課題を『人口減対策』一択に据えた同市の佐々木敏夫市長は、大胆な現実路線に舵を切った」という――。(後編/全2回)

「地域の活力は『人』」豊後高田モデルを作り続ける佐々木敏夫市長
「地域の活力は『人』」豊後高田モデルを作り続ける佐々木敏夫市長
人口減で消滅の危機からの脱却決意

時は2014年のこと。人口減少に警鐘を鳴らす「日本創成会議」から発表された「消滅可能性自治体」リストに、大分県豊後高田ぶんごたかだ市も名を連ねていた。

「消滅可能性自治体」とは、20〜39歳の若年女性人口が50%以上減少すると見込まれる自治体で、豊後高田市の減少率はマイナス51.8%。2010年には2031名だった若年女性人口が、2040年には978名にまで減ると予測されていた。

その3年後の2017年に就任した佐々木敏夫としお市長(83歳)は、このデータに危機感を抱き、1期目も2期目も、政策の重点課題は「人口減少対策」一択に据え、そのための2つの柱に「人口増施策」と、「新たな観光振興」を打ち出した。

「人口増対策」のための施策が全国トップレベルの「子育て支援策」であり、もう一つが「移住・定住施策」だった。

100坪の宅地を無償で提供する大胆さ

移住・定住者を増やすための大胆な施策として、佐々木市長は移住者を対象に「定住促進無償宅地」の提供を始めた。100坪の土地を移住者に無料で提供するというもので、真玉またま地区に35区画、都甲とごう地区に7区画整備され、真玉はすでに完売、都甲でも残り2区画となり、まさに早い者勝ちの状態だ。

「日本の夕陽百選」に選ばれた真玉海岸を有する、真玉地区のその一画には、個性的な新しい一戸建てが並ぶ、のどかな住宅街が広がっていた。

どの家にも広々とした庭があり、子どもたちが遊び、家庭菜園も作られている。近くには市役所の庁舎、小・中学校、スーパーもあり、生活の便もよく、移住者たちが新生活を始めるには適した場所だ。それが、タダなのだ。

移住を担当する「地域活力創造課」の小野政文まさふみ課長は、その大胆さゆえに反対もあったと語る。

「議会では、『タダでやるのか』という反対や、作るなら市街地にすべきという声もありました。ですが、市長は『作るなら、周辺部だ』という考えを貫きました。それは、この地域一帯の振興を考えてのことでした」

真玉地区ではすでに、第2期の無償宅地を整備する予定となっている。

「移住の先輩」の体験談をサイトに公開

市にはさまざまな場面における、手厚い定住・移住促進策がある。

年間を通じて移住相談会が実施され、空き家見学プログラムや、「お試し居住」で田舎暮らしを体験するプログラム、豊後高田での暮らしをサポートする「楽しい暮らしサポーターズ事務局」の設置や空き家バンク情報、求人情報など、移住に特化した具体的な情報が「IJUいじゅう支援サイト」のクリック一つで得られようになっている。

サイト内にある「移住の先輩体験談」では、79組の移住者たちの生の声に触れることができ、これから移住を考えている人にとって、これほど得難いアドバイスはないだろう。

さらにライフスタイルやニーズに応じた格安家賃の市営住宅ばかりか、「就労家賃応援金」「女子ターン奨励金」「お婿さん奨励金」「引っ越し応援資金」「空き家DIY奨励金」など、さまざまな移住者に応じた奨励金も用意され、それぞれ10万円ほどの資金援助が受けられる仕組みもある。

就労・就農情報も充実しており、新天地での仕事探しや起業、農業・漁業などへの就業支援など、移住者が市内でどのように働き、暮らしていくのかについて、責任を持って伴走してくれる。

8年間で人口の1割強が移住者に

移住者と直接関わる「地域活力創造課」定住促進係、大塚佳代かよ係長は2冊のガイドブックを見せてくれた。

『ぶんごたかだ 定住ガイドブック』は、市のさまざまな施策やサービスを年度ごとにまとめたものだ。「定住・住まい」「子育て」「保健」「教育」「暮らし」「農林水産」「就労・商工業」のジャンルに分かれ、市民が使えるサービスや制度が一目でわかるようになっている。

自治体のサービスを使うには、自力で調べないと各情報に到達できないと思い込んでいたが、豊後高田では市がこうして住民の側に寄り添ってくれるのだ。

『豊後高田市 保育園・幼稚園・小中学校ガイドブック』は市内全ての施設がその特徴とともに網羅され、移住者にとって、子どもをどの保育園や学校に入れるのかに際し、非常に便利で役立つものとなっている。

佐々木市長が言う。

「豊後高田市の人口は2万1500人です。私が就任してから8年で、移住者が2521人。今、人口の11.5%が移住者ですよ。移住者がおらなかったら、高田はどうなるのか? 人口がどんどん減って、活力が失われる。何もしない自治体は、あっという間に財政が悪化していくんです」

「今、人口の11.5%が移住者です」と言う佐々木市長
「今、人口の11.5%が移住者です」と言う佐々木市長
「3世代・3家族」総勢9人で移住

土居慶一郎さん(52歳)とひとみさん(44歳)夫妻は2014年、大阪府枚方ひらかた市から小4、小2、年長の子ども3人を連れて移住した。

飲食店の店長をしていた慶一郎さんには、家族の時間を増やしたいと切実な思いがあり、ひとみさんには夫の健康への不安があった。

田舎で暮らしたいと思い、『田舎暮らしの本』で豊後高田市を知り、移住者向けのツアーで国の重要文化的景観である田染荘たしぶのしょうの田園風景を見て一目惚れ、移住を決めた。

もともと、ひとみさんの両親も田舎暮らしを望んでいたこともあり、空き家バンクで敷地内に母屋と離れがある物件を見つけ、母屋に土居さん家族、離れにひとみさんの両親が住むことに。ひとみさんの両親は夫68歳、妻64歳で長年、住み慣れた大阪から豊後高田への移住となった。

豊後高田市で特徴的なのは、子育て世代に限らず、子育てを終えた60代以上のシニア世代も多いことだ。子を産まない世代でも歓迎してくれるのは、シニア世代にはありがたい。

ママ友はじめノーストレスな暮らし

「こっちの生活では車が必須なので、母は65歳で免許を取りました」

「ノーストレスで暮らしています」と、ひとみさん
「ノーストレスで暮らしています」と、ひとみさん

ひとみさんは明るく笑う。夫の慶一郎さんは一人っ子だったゆえ、慶一郎さんの両親も「孫がいなくなって寂しい」と1年半後に追っかけ移住。今は便のいい、高田地区の中心部で暮らしている。こうして3世代・3家族、総勢9名で豊後高田市への移住となった。

「家族の時間を増やせたのが何よりです」と、慶一郎さん
「家族の時間を増やせたのが何よりです」と、慶一郎さん

土居さん夫婦は懇意にしていた唐揚げ屋の主人から店を任され、夫婦で観光名所「豊後高田昭和の町」で、テイクアウト中心の「からあげ壱気いっき」を経営。地元民からも観光客からもおいしいと評判の店となっている。

移住から12年、22歳の長女は大阪で就職し、長男は長崎の大学へ、高3の次男も卒業後は大阪の専門学校に入る予定だ。子どもが巣立つ寂しさはあるが、「移住して良かった」という思いは夫婦ともに変わりはない。

「子どもたちは友達に恵まれて、穏やかにのびのびと育つことができ、私もママ友はじめ、末永く付き合っていきたい人たちに出会えました。美しい景色と人のあたたかさに、ノーストレスで暮らしています。豊後高田に来て、本当によかったと思っています」

夫妻の溢れんばかりの屈託のない笑顔が、豊後高田での暮らしの全てを物語っていた。

土居夫妻が経営する、地元民からも観光客からも人気の「からあげ壱気」
土居夫妻が経営する、地元民からも観光客からも人気の「からあげ壱気」
国東半島全体の魅力を積極的に発信

佐々木市長が強調するのは、「人を呼び込む魅力づくり」だ。

「観光も、魅力のないところへ出かける人はいません。だから、中途半端はダメ。『日本の夕陽百選』の真玉海岸には約4億円をかけて、展望デッキと食堂を作りました。展望デッキがあれば、夕陽と干潟の美しい縞模様が上から見えるんです。リゾートキャンプ場である『花とアートの岬 長崎鼻』には5億円かけて道路、バーベキューテラス、キャンピングトレーラーを作りました。『馬ノ瀬マノセ』のトンボロ現象をご存じですか? 干潮時に海に砂道が現れる現象です。これが見られる高台にはログハウスを10棟作って、今年の夏にオープンします。6億円をかけています。人を呼び込むためには徹底して、元からある環境資源を活かすしかない。そのための最良の舞台を作ります」

「日本の夕陽百選」選定の真玉海岸
「日本の夕陽百選」選定の真玉海岸
あれもやりたい、これもやりたい

2021年の観光客数を見れば、「真玉海岸」が約2万人、観光地として名高い「豊後高田昭和の町」が約17万8000人だったのが、2024年にはそれぞれ約10万8000人、約25万5000人に上った。確実に、費用対効果を上げているわけだ。

今後は、国東半島全体の文化遺産の魅力を発信することに力を入れる。

「『六郷満山ろくごうまんざん』です。これは、神仏習合のもとで発展した約100カ所にのぼる寺院群の総称です。この魅力を発信して、国東半島全体の観光資源をお客さんに共有していただき、喜んで帰ってもらったらいい。お客さんがどんどん来てくれれば、定着する人口もあって、経済が活性化する。この土地には、岩壁に直接彫られた磨崖仏まがいぶつも多くあり、日本の三叡山の一つ、西叡山さいえいざんもある。だから、観光資源は豊富なんです。あれもやりたい、これもやりたい。夢は尽きません」

豊後高田市・熊野磨崖仏の「大日如来像」
豊後高田市・熊野磨崖仏の「大日如来像」(写真=STA3816/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
「地域の活力は人」というスローガンの真意

佐々木市長の手法は、担当者に「徹底して任せる」が基本だ。

「私は、民間企業にいた人間です。父親の建設会社を継いだのですが、学生時代、私も飯場はんばで働きました。人夫たちは家に帰れば、誰もが一家のあるじなんですよ。だから職場で勝手に上下関係をつけちゃいけない。差別なく、人間は絶えず平等であらねばなりません」

そしてこれは、「市役所でも全く変わらない」と言う。

「私が人を選ぶのではなく、役所で働く彼らがリーダーを選ぶ。なにしろ民間企業で、これほどの人材を採用できる会社はありませんから。みな、すこぶる優秀です。ですから予算作成などもすべて、担当者に一任します。トップは基本的に、細かなことを言う必要はありません」

佐々木市長の「教育に隔たりがあってはならない」という理念と、就任以来掲げている、「地域の活力は人」というスローガンの根幹はこの思いにあるのだ。

佐々木市長が、就任以来掲げているスローガン
佐々木市長が、就任以来掲げているスローガン
「社会増」を成し遂げた豊後高田市

2024年、人口減少対策を議論する「人口戦略会議」の「消滅可能性自治体」に、豊後高田市は含まれなかった。

若年女性人口減少率は2014年調査のマイナス51.8%から、マイナス38.7%へと好転を遂げ、「消滅可能性自治体」から脱却。さらに大分県において、転入者から転出者を引いた「社会動態」が増加した5市1町に、豊後高田市も入っている。徹底した子育て支援策、移住・定住策で豊後高田市は、人口の「社会増」を成し遂げたのだ。

まさに「何もしなかったらどんどん衰退する」という佐々木市長の危機感からの、一大逆転劇だった。

そして今、さらに活気ある自治体作りのため、市は職員一丸となっての取り組みを続けている。それは、誰も取り残さない、誰もが住み良い町にほかならない。

黒川 祥子(くろかわ・しょうこ)
ノンフィクション作家
福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)、『母と娘。それでも生きることにした』(集英社インターナショナル)などがある。

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