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【池井戸潤インタビュー】『ハヤブサ消防団』待望の続編! 主人公の小説家は「もがいていた頃の自分と似ている」。ドラマ化したことでより読みやすい作品に?

  • 2026.9.18

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山あいの小さな集落・ハヤブサ地区を舞台に、そこで暮らす人々の濃密な人間関係と事件を描いた池井戸潤さんの田園ミステリ『ハヤブサ消防団』(集英社文庫)。柴田錬三郎賞を受賞し、2023年には中村倫也さん主演でドラマ化されたことでも話題となった同作の、待望の続編『ハヤブサ消防団 森へつづく道』(集英社)が刊行された。

前作では、父の故郷であるハヤブサ地区へ移住した作家・三馬太郎が、地元の消防団に加わり、土地の人々との関係を築いていった。今作では、太郎はすっかりハヤブサの一員。さらに作家としても大きな飛躍を迎え、物語は新たな局面へと動き出す。数多くの職業人を描いてきた池井戸さんは、作家を主人公に据えたこの続編をどのように描いたのか。創作の舞台裏を伺った。

『ハヤブサ消防団 森へつづく道』 (池井戸潤/集英社)
『ハヤブサ消防団 森へつづく道』 (池井戸潤/集英社)

「前作は僕にとって“備忘録”だった」――予定になかった続編が生まれるまで

――当初、『ハヤブサ消防団』には続編の予定はなかったそうですね。

池井戸潤さん(以下、池井戸):そうですね。当初、続編の予定はありませんでしたが、前作が望外の好評を得たため、読者の皆様に続編をお届けすることになりました。

前作は、うちの田舎の近過去というか、この半世紀くらいの間にあった不思議なことを書いているんですよ。たとえば、神社の前の家が何度も燃えるとか。あれ、全部本当の話なんです。ところが、周りの人にこのエピソードについて聞いても誰も知らない。たぶんうちの父は、そういうことを伝えておかないと忘れられてしまうとわかっていて、僕に話したんだと思います。それを書いたのが前作です。僕的に言うと「備忘録」というか、一つの「個人的な記録」でもありますよね。

――では、続編が決まったとき、何を書こうと思われたのでしょうか。

池井戸:最初は、とある歴史について取材に行きました。田舎の話を書くにあたり、地元の歴史にリンクしたものにするべきだという縛りを自分で作っていて。以前から関連する話は聞いていたし、碑も建っていたんですけど、詳しくは知らなかったので、一泊二日で資料館に行って勉強したんです。

その結果、実は一旦ボツにしてしまったのですが、「何かあるんじゃないのかな」というのは考え続けていて。何カ月か経ってから、これならいけるかもというネタを見つけて、それで担当の編集者に連絡したんです。「(『小説すばる』の)誌面空いてる?」って。

「なぜこんなことを書いたんだろう(笑)」――結末も決めずに物語を書く

――複数の謎が絡み合う物語ですが、筋立てや結末はあらかじめ決めていないそうですね。

池井戸:筋立ては考えませんし、いわゆるプロットのようなものは一切作らない。結末も当然わからず、思いつくまま自由に書いています。

ストーリーの最初からではなく、イメージが浮かんできたところから手をつけていきます。まずそこが面白くないとダメなんですよね。「次はどうなるんだろう」と思えるようなストーリーから書いていく。でも同時に、それは「このキャラクターだったらこうするだろうな」という自然な動きとかセリフじゃなきゃいけないんです。

本当は「こういうふうにしちゃうと、解決の方法がわからなくなるよな」と思っても、「でも、絶対この人はこうするよな」と思ったら、そのまま書く。それが一つのルールになっています。

――今作は、消防団活動中の太郎たちが川からシングルマザーの遺体を引き上げる場面から始まります。この冒頭の謎も、なかなか解けなかったんですよね。

池井戸:そうなんです。なかなか解決策が思いつかず「なぜこんなことを書いたんだろう」って(笑)。でも今まで散々やってきたから、もう自分を信じられるようになってきたというか。今回は「ちょっと難しいな」と思ったけど、やっぱりどこかに突破口はあるもんですよね。

「ほこりをかぶった椅子が、ずっとある」――故郷に残っていた“自分の場所”

――太郎とハヤブサの関係についても伺いたいです。ハヤブサは、彼にとって、まったく縁のない土地ではなく、父親の故郷です。この設定はどのように生まれたのでしょうか。

池井戸:僕がお祭りを手伝いに故郷へ行ったときの経験に基づいてます。高校を出てこっち(東京)に来てから、ずっと田舎の人たちとは交流がなかったんですけど、行くと「どこどこの誰」っていうので、ずっと暮らしている地元の人の様に認識される。

なんていうか、最初から椅子があるような――ほこりをかぶった椅子が一脚、ずっとあるような感じなんですよね。しばらく帰っていなくても、自分の場所は最初からある。僕が行った瞬間に、お父さんが誰で、おじいさんが誰で、みたいなことを、もう全部知られていて、「潤くんが来た」みたいな感じになる。だから、太郎も自然と田舎に入れるようにそういう設定にしましたね。

――前作で移住してきた太郎も、今作ではもうすっかりハヤブサの一員ですね。

池井戸:一作目は、消防団との人間関係作りみたいなところから始まってるんですよね。わけもわからず“拉致”されて、消防団に入ることになって。そういう人間関係作りとか、「田舎の人間関係ってどういうものか」みたいな、その観察が一作目のベースになっていました。

でも今作では、それはもうすでにパスしていて、太郎は田舎の一員なんですよね。地元の生活、地元社会での生き様みたいなものから迷わずスタートしてる。そこは違ってますね。

――人物の描き方には、ドラマ化の影響はありましたか。

池井戸:あると思います。ドラマがあったおかげで、太郎にしても、消防団の人たちにしても、編集者の中山田にしても、みんなイメージしやすくなってる。ちょっと背中を押してもらってるっていうか、書きやすくなってるんです。

SNSで「前作を読んだときは『おっさんばっかりの話だな』と思ったけど、ドラマのおかげで太郎は中村倫也くんになって、中山田は山本耕史さんに変換されたんで、すごく読みやすい」みたいな感想があって、それはそうだよなって(笑)。特に中山田のセリフは、山本耕史さんに当て書きするようになってますね。

――今作では、中山田と消防団員の勘介も、すっかり親しくなっています。

池井戸:しょっちゅう飲んでますよね。でもね、田舎の付き合いってそんな感じなんですよ。お互いのところに入り浸っていて、夕方になると「暇だから行くわ」みたいな感じで、全然帰らないし(笑)。

――消防団の描写については、地元のご友人にも話を聞かれているそうですね。地元の消防団のLINEグループに池井戸さんが入られているとか。

池井戸:消防団のLINEじゃないんですよ。地元の友達がみんな消防団なんで。

――必要なときにこちらから取材するというより、向こうからリアルタイムで情報が届くんですね。

池井戸:そうそう。(スマートフォンでLINEの画面を見せながら)このときも、山火事が起きた動画が届いて。1時間ぐらいで鎮火したと思いきや、朝5時半に「また再出火」とか。

文学賞の「待ち会」はどこまで本当?――太郎に重なる、もがいていた頃の池井戸潤

――今作では、太郎が作家として大きく飛躍しますよね。直木賞の前哨戦とも言われる蛍文社文学新人賞の候補となって、編集者や消防団員たちと選考結果を待つ「待ち会」の場面も印象的でした。実際の「待ち会」も、あのような雰囲気なのでしょうか。

池井戸:あれやばいよね、まずあり得ない。候補者同士が同じ居酒屋で「待ち会」なんてしたら事件ですね(笑)。でも、それ以外のところは結構本当のことを書いています。たとえば、文学賞の選考で誰から電話がかかってきたら当選で、誰から電話がかかってきたら落選なのか、みたいなのはかなり正確に書いてます。直木賞のことですけど。あれって意外に知られてないんですよね。

――作家である太郎には、つい池井戸さんを重ねてしまいます。太郎と池井戸さんには、似ているところもあるのでしょうか。

池井戸:太郎はまだ若いんで、僕みたいに老人じゃないですからね(笑)。太郎はすごく仕事しているじゃないですか。いまの僕があんなに働いたら、命がいくつあっても足りません。でも、太郎の年齢のときは、僕も同じように、毎週(400字詰め原稿用紙で)50枚とか、違う小説を、1カ月に4本ぐらい書いているわけですよ。そういう意味では、太郎は僕がいろんなことをやりながらもがいてる頃の雰囲気とちょっと似てます。

――性格的にはどうですか?

池井戸:太郎はいい人ですよね。でも、内緒ですけど、作家で本当にいい人ってあまりいませんよ(笑)。大体ひねくれてるか、性格が悪いか、ろくでなしか(笑)。やっぱり「誰もそんなこと思わないよ」みたいなことを考える人のほうが、作家に向いているのかもしれないですね。

「人にはそれぞれ、世に問うべき作品がある」池井戸潤にとっての“書くべきもの”

――今作では太郎の前にライバルともいえる存在も登場します。それは、若手作家・北原未南。若くして活躍する、美貌の歴史ミステリ作家です。彼女の作品には重大な疑惑が浮上し、太郎はその真相も追うことになりますが、未南自身は単純な悪役としては描かれていません。池井戸さんは、北原未南を、どうしてこのような人物にしようと考えたのでしょうか。

池井戸:未南の人物像には、めちゃくちゃ困って。シンプルにわかりやすく悪女として書いていれば、そんなに苦労しなかったはずなんですよね。ところが、どうしてもそうは書けなかった。ちゃんとした、地に足の着いた、真っ当な作家として描きました。悪女にしなかったがために、難しくなってしまったんです。

――どうして悪女にしなかったんでしょうか。

池井戸:悪女にしたら、この小説がすごく薄っぺらくなるなって直感的にわかってしまい「もう、彼女をまともに書くしかない」と思ったんです。そういうふうに書き始めたら、今度は、どうしてこの作家にこういう疑惑が出てくるのか、その理由のところが非常に難しくなりました。

――未南は作中で、「人にはそれぞれ世に問うべき作品がある」と太郎に語ります。とても印象的なセリフですが、この言葉はどのように生まれたのでしょう。

池井戸:それはもう、「未南であればそう言うだろうな」と。小説で大事なのは、自然さなんですよね。読者が読んだときに、この発言が腑に落ちるものでなければいけない。そのためストーリーの都合に沿わせるのではなく、彼女自身の本音・真実が出ているセリフを書きました。

――作家それぞれには「自分が書くべきもの」があるのでしょうか。

池井戸:そういうものがあるのかもしれないですね。太郎はサスペンス、未南は歴史ミステリ。僕の場合は、最初のほうは金融ものといったオリジナリティがあるジャンルを書いたように。

――今作も池井戸さんにとって「書くべき作品」になりましたか。

池井戸:この本は最初、書く予定なかったんで、後付けになっちゃうけれども(笑)。書いてみたら、すごく気に入ったというか、本当に「書くべき作品と言っていいのではないか」と思うぐらい、気に入ってますね。読んでくれる人にとって、すぐ役に立つようなものじゃないですけど、何かが残る小説になってると嬉しいですね。でも、まずは気楽に読んでくれたらいいかな。

取材・文=アサトーミナミ、撮影=川口宗道

■著者プロフィール

池井戸 潤 (いけいど・じゅん)

1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。98年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。

2010年『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞、11年『下町ロケット』で直木賞、23年『ハヤブサ消防団』で柴田錬三郎賞を受賞。

主な作品に「半沢直樹」シリーズ(『オレたちバブル入行組』『ロスジェネの逆襲』『アルルカンと道化師』ほか)、「下町ロケット」シリーズ(『ガウディ計画』『ヤタガラス』ほか)、『シャイロックの子供たち』『空飛ぶタイヤ』『民王』『七つの会議』『陸王』『ノーサイド・ゲーム』『花咲舞が黙ってない』『アキラとあきら』『俺たちの箱根駅伝』『ブティック』がある。

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