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「お前は家政婦なんだから、弁当を作るのは当たり前だろう」夫の一言を3年間我慢した私が、離婚を決めたきっかけ

  • 2026.9.7
「お前は家政婦なんだから、弁当を作るのは当たり前だろう」夫の一言を3年間我慢した私が、離婚を決めたきっかけ

ありがとうが消えて、家事が私の役目になった

結婚したのは、二十代の前半でした。付き合っていたころの夫は、待ち合わせにはいつも先に来ていましたし、私の話も最後まで聞いてくれる人でした。

少しずつ変わったのは、一緒に暮らし始めてからです。

朝は私が弁当を作り、夜は食器を洗う。洗濯や掃除も、気づけばほとんど私がするようになっていました。

最初のうちは、夫も「ありがとう」と言っていました。それがいつの間にかなくなり、やってあることが当たり前になっていきました。

「こういうのは妻がやるもんだろ」

軽い調子で言われるたび、引っかかるものはありました。それでも普段は普通に話しましたし、休日には一緒に買い物へ行くこともありました。

家事についてだけ考え方が古いのだろう。私はそう思おうとしていました。

ある朝、夫の弁当をいつもの場所に出すのが少し遅れました。すると夫は、笑いながら言いました。

「お前は家政婦なんだから、弁当を作るのは当たり前だろう」

怒鳴ったわけではありません。冗談を言ったような顔で、そのまま仕事へ出ていきました。

その夜、私は夫に言いました。

「家政婦って言うの、やめてほしい」

「冗談だろ。そんなに気にする?」

夫はそれ以上、話そうとはしませんでした。

翌朝も私は弁当を作りました。嫌だったのに続けたのは、まだ夫のことが好きだったからです。

三年目の夜、同じ生活を続けられなくなった

そんな生活が三年ほど続いたころです。

ある夜、食事の片づけをしながら、私は何となく夫に聞きました。

「私のこと、今も好き?」

夫は少し考えてから答えました。

「好きとか、そういうのじゃないだろ。一緒にいれば楽だし、家のこともやってくれるし」

洗っていた弁当箱を持ったまま、手が止まりました。

「それって、私じゃなくてもいいってこと?」

「なんでそうなるんだよ」

夫は、本当に意味が分からないという顔をしていました。

そのとき初めて、私は自分が何を我慢してきたのか分かった気がしました。

家事を押しつけられても耐えられたのは、少なくとも愛情はあると思っていたからでした。

でも、その前提までなくなったら、同じ生活を続ける理由が見つかりませんでした。

私はその夜、初めて「離婚を考えている」と伝えました。

すぐにすべてが決まったわけではありません。その後も何度か話しましたが、夫は「そんなことで離婚するのか」という態度を変えませんでした。

私の気持ちも戻らず、最終的に離婚することになりました。

あとで友人に話すと、「よく三年も我慢したね」と言われました。

今も朝は同じくらいの時間に起きます。でも、以前のように誰かの機嫌を気にしながら弁当を用意することはありません。

家事をしていたことよりも、愛されていると思って我慢していた時間のほうが、今でも少し悔しく感じます。


※本記事は、GLAMが独自に実施したアンケートで寄せられた20代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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