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老年臨床心理学の専門家に聞く、真に幸福な老年期への道しるべ

  • 2026.6.22

幸せな老後のためには、先進科学に頼る以外にも大切なことがあるのではないでしょうか。高齢者を対象とした心理の臨床・教育・研究に長年携わる上智大学名誉教授、黒川由紀子老年学研究所所長の黒川由紀子さんに、年を取ることの意味、老年期に向けた心構えについてお話しいただきます。

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<Profile>
黒川由紀子(くろかわゆきこ)/臨床心理士、保健学博士

東京大学医学部精神医学教室、ミシガン大学客員研究員、慶成会老年学研究所所長等を経て、現在、上智大学名誉教授、黒川由紀子老年学研究所所長、日本老年臨床心理学会副理事長。高齢者の心理をテーマに、認知症、うつなどの高齢者や家族の心理臨床に関わりながら、回想法グループ、自分史講座などを開催。

老化に対し適切な介入や対処ができるのは良い時代

臨床心理士として約45年、一貫して老年臨床心理学の視点から老いに伴うさまざまな課題を探求してこられた黒川さん。「老化は病気」という考えが世界的に広まりつつある時代をどう見ているのでしょう。

「アメリカの医師、マーク・ハイマンさんの著書にある“老化は治療可能な病気”という内容が少し拡大解釈されていると思います。ハイマンさんは、老化は小さな機能不全が積み重なった状態。適切な食事や適切な介入で改善できる余地があると書いています。老化に対し、対処できる知識が増えた時代になったのは良いことだと私も考えますし、私たち臨床心理士も、心を支えるために役立ちたいと考えています。

メディアやSNSなどでは、老化を極端に賛美、もしくは非難しがちですが、老いは一概に良い悪いといえるほどシンプルではありませんそれに今の高齢者は、極端に元気な人と弱っている人だけではなく、多くの人はその中間にいます。そういう方たちが普通に年を重ねていく中で小さな喜びや豊かさを見いだそうという傾向が増えてきたのは良いこと。年を取るとできないことも増えますが、それは誰にとっても自然なプロセス。できなくなった変化を、来た来た!と楽しむ余裕をもつと良いのではないでしょうか」

年を取ることの良い面にもっと目を向けたい

黒川さんが長年、高齢者の方々と交流されてきた中で、特に学んだことは何でしょうか。

人生には光もあれば影もあるうまくいっているときもあればそうでないときもあります。高齢者の方々と接して感じるのは、人生の浮き沈みの練習問題をたくさん積んできたのだということ。だからこそ影のときの自分に合った対処法が分かり、時がたつのを待てばやがて乗り越えられるそう予測がついていると感じます。

私は20歳の頃からお年寄りの方にたくさん会い、年を取るモデルに触れてきました。当時年配の方にいわれて実感できなかったことが、最近になって腑に落ちることがあり、それが宝となっています。そういう意味で、老いるとどうなるかという知識やイメージをもつことは大事。いたずらに老いを恐れ、不安になることも少なくなります。

年を取ることの良い面に、自分がよりいっそう自分らしくなれる可能性があります。自分との付き合い方が若いときより分かってくるからです。老化して弱さや限界に直面するからこそ到達できる境地があり、弱さの自覚から深い優しさやいたわりの心をもてるようになる、というのも良い面の一つでしょう。苦手なものや嫌いだった人が好きになる、という変化が起きることも。無理に嫌いを好きに変える必要はありませんが、年を取ることの良い面にもっと目を向けられたらいいですね。

学生時代、老人ホームで会ったある年配の方に言われた言葉が今も頭から離れません。“人生の宝はどれだけ自分を苦しめた人と出会えるかだ”という言葉です。良いことばかり教えてくれる人より、負や影の部分をきちんとぶつけてくれる存在こそが貴重であると。高齢者の方と話すと、このように味わい深い言葉を多く受け取れるのが喜びです」

来たる老年期のため、心と行動の訓練を

Youjin Lee(aosora)

ではここから、読者の老年期の幸せのために、今から準備できる心構えを教えてください。

大原則は、老後のことばかり考えず今を生きること。その上で大切なのが、自分軸をしっかりもつことです。自分軸が完成するのは老年期。それまで人は揺らぐものですが、揺らぎ、迷う自分も認める中で自分軸は育っていきます。

人に頼る練習を今からしておきましょう。昔の高齢者と異なり、今は一人一人が個としてどう立つかが大事な時代。そこで大切なのが実は、どれだけたくさんの頼る先をもつかです。人に頼るのは恥ずかしいと思いがちな方は、年を取るとケアを受けることが難しくなります。

人とのつながりを、時に距離をおくことを含めて大切にしましょう。古くからのつながりばかりではなく、新しい人やコトともつながりたいものです。そのためには、新しいことを否定せずに面白がるなど、開かれた自分を育てましょう。その際、距離感も大切です。相手の負担になるような態度は取らず、適切な距離を保ちましょう。

誰かの役に立ちたいという気持ちを実行に移しましょう。老いても人は誰かの役に立ちたいと思うもの。ボランティアや、名が付かない小さなことでもよく、若いうちからそのマインドをもち続け、動くことです。

加齢による変化に対し、両方向の考えをバランスよくもちましょう。老いにあらがうチャレンジをするのも、老いてゆくあるがままの自分を受け入れることも、両方大切です」

小さな幸せや楽しみを見つけられる人に

黒川さんも取り入れていらっしゃる、日常に始めやすいことを教えてもらえますか。そして最後に、黒川さんが高齢者の方々と会ってきた中で得た、最も大切なメッセージを伝えてください。

小さな幸せを見つける訓練をしましょう。日々の生活で小さな幸せを感じることを、10個でも20個でもリストアップし、メニュー化しておくのです。そうすると、疲れ切っているときや、自分で自分を元気にしにくいとき、そのメニューを見ることが助けになります。窓を開けて風を感じる、あの曲を聞く、このお茶を飲む、それぐらいのちょっとしたことで十分です。

近所に楽しみを見つけましょう。そしてできれば一人でできる楽しみももつこと。自分の足で歩ける近所を散歩してすごい発見ができる、そんな楽しみが理想的。旅行でも海外の豪華なホテルばかりでなく、近場の温泉、銭湯、喫茶店を楽しむなども。一人でできることの究極は呼吸法。マインドフルネスやヨガ、太極拳などもいいでしょう。手や体を動かすことも。万一動けなくなっても、ネットで世界の景色や情報を見て、旅せずに世界を知ることができる今の高齢者は幸せだと思います。

最近、年を取ることの幸せより怖さ、老いることの苦しさなどが強調されすぎている気がしています。ですが何といっても今は、日本で戦争がないということの大きさ、ありがたみを、心からかみ締めたいと思うのです。この先どうなるかは分かりませんが。これが、多くの年配の方から私が受け取ってきたメッセージの中で最も大きいものといえます」

【黒川さん流「老年期への心の準備」まとめ】

□ 揺らぐ自分も認める

□ 人に頼る練習をする

□ 人とのつながりを大事に

□ 距離感を覚える

□ 新しいものに興味をもつ

□ 若いうちから役に立つことを

□ 小さな幸せを見つける訓練を

□ 近所に楽しみをもつ

初出:リシェスNo.55 2026年3月27日発売

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