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井之脇 海、パク・チャヌク監督から逆質問! 監督と意見が違ったらどうする?ーCINEMA GREET vol.11

  • 2026.3.6
Takuya Maeda[TRON]

11回目に突入した俳優・井之脇海の映画連載「CINEMA GREET」。今回のゲストは井之脇が「大学時代に『オールド・ボーイ』を見て以来、ずっと作品を追いかけ続けています」と心酔するパク・チャヌク監督。最新作『しあわせな選択』は『JSA』以来、長編映画では25年ぶりにイ・ビョンホンが主演。実は『トウキョウソナタ』とも意外な共通点が? 井之脇に興味津々の監督から逆に質問攻めにされるなど、監督の柔和な人柄が滲み出る、穏やかな映画談義が繰り広げられた。

大学生の頃から、パク・チャヌク監督作を追いかけています――井之脇 海

井之脇海(以下、I) 初めまして。監督の作品は大学生時代に『オールド・ボーイ』を観て以来、追いかけ続けています。ノアールっぽい描写に惹き込まれつつ、決して暴力一辺倒ではなく、謎解きの面白さも相待って、高度な作品なのに映画に詳しくなくてもエンターテインメントとして楽しめる内容で衝撃を受けました。もちろん、『JSA』も遡って観ました。

パク・チャヌク(以下、P) ありがとうございます。私は黒沢清監督を敬愛しておりますので、『トウキョウソナタ』で存じています。

I 嬉しいです。せっかくなので、お聞きしたいのですが、『しあわせな選択』は、勝手ながら『トウキョウソナタ』との類似点を感じました。主人公が失業して、子どもに音楽の才能があって、その子の演奏をお父さんは聞くことができない……。

P 確かにそうですね。実はこの作品には原作小説があるのですが、子どもが音楽を習っているのはオリジナルなんです。『トウキョウソナタ』を何度も観ているので、無意識に刷り込まれていたのかも知れません。

I そうなんですね。僕自身、懐かしいような、なんとも言えない不思議な感情になったんです。今回の作品はスリラーでありながら、シニカルで笑えるところがたくさんあって、139分、あっという間でした。長く温められていた企画だそうですが、イ・ビョンホンさんを久しぶりに主演に据えられたのはどのような経緯だったのですか。

ⓒ2025 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM ALL RIGHTS RESERVED

P 実は『JSA』の後に、もう1本、ありまして、日本からは三池崇史監督が参加した、アジアの監督3人で1本のオムニバス映画を撮る企画(『美しい夜、残酷な朝』)にもビョンホンさんが主演しています。「短編はやりたくない」と彼が主張するのを、「今度、長編をやる時にはまた、お願いするから」と説得して、なんとか出てもらったんです。あれから20数年。ビョンホンさんから「約束はいつ守ってくれるんだ?」と事あるごとに言われ続けて、ずっと苛まれてきました。この作品は元々、アメリカで撮る予定だったんですけど、背景を韓国に変えた瞬間から、彼を思い出しまして、ついに借りを返せると思ったんです。というのは半分、冗談ですけど(笑)。

I これまであまり見たことのないビョンホン像でした。三枚目というか、泥臭いというか。新しい表情の発見が実に楽しかったです。

緊張のバランスをうまく保つ主役は、ビョンホンしかいなかった――パク・チャヌク監督

P 観客が主人公に同情するような筋書きにはいくらでもできます。例えば、失業してしまった上に娘が大きな手術を受けなきゃいけない。あるいは今すぐ、家から追い出されそうとか。かわいそうな状況の単純なストーリーを作るのは簡単です。でも、それは私が撮りたいものではありません。主人公は職を失うけれど、すぐにも食べていけなくなるわけではない。そこまで切羽詰まっていないのに、身勝手なことをしてしまう。中産階級の欲望とでも言いましょうか。そういうところを見せながら、それでも観客の皆さんにも同情してもらう、さらに哀れみを感じてもらう流れを作るには、俳優さんの手腕が相当、問われます。

I 主人公の取る選択は決して良くないものなのですが、つい仕方ない(英題は「No Other Choice」)と思ってしまい、なぜか応援してしまうというか、嫌いになれない。さすがビョンホンさんだと思いました。あのどこか悪者になりきれないキャラクターはどのように生まれたのですか。ビョンホンさんと話し合って、作り上げたのでしょうか。

『しあわせな選択』メイキング写真

P 実は今回、ビョンホンさんをキャスティングしたのは、今、指摘してくださったことが狙いなんです。ビョンホンさんが演じるマンスは悪事を働きます。何の罪もない人を手にかけてしまう。非難されて、当たり前のことをしているのですが、彼を否定するだけで終わってしまったら、この作品は成立しないんですよね。批判的な視点を常に維持しながら、ある瞬間には彼に対して同情の念も抱いてしまう。その緊張のバランスをうまく保たなければいけないと考えました。それができるのはやはり、イ・ビョンホンさんしかいないんです。

I 今回のビョンホンさんは犯罪者でありながら憎めない愛嬌があって、それでいて次第に目つきまで変わっていきます。久しぶりにアルコールを口にした後の表情なんて最高です。これまでの作品もそうですが、監督の作品は役者さんが本当に輝いていて、素敵なお芝居をされますね。

ⓒ2025 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM ALL RIGHTS RESERVED

P ビョンホンさんがきっと一番、大変だったのは、初めて罪を犯そうとして、建物の上から植木鉢を持ち上げ、下にいる人の頭に落とそうかどうしようか迷う、あのくだりだと思いますね。あの時、マンスの頭の中はどうなっていたのか。平凡な人間が第一線を越える行動を犯すまでの過程を見せて、観客が付いてきてくれるかどうか。ビョンホンさんは相当、悩んだと思いますし、こちらもかなり、追い込んでいたのではないでしょうか。

I 追い込まれても、20年待ってでも監督の作品に出たいというビョンホンさんの気持ち、なんだかわかります(笑)。

P ビョンホンさんが現場でよく口にしていたのが、「自分だったら、こんなことはしない」。だから、言ってやったんですよ。「観客に見せたいのは君じゃない。こういう状況で、植木鉢を持ち上げてしまう人間だ」って(笑)。井之脇さんなら、どうですか。演技をしていて、自分の役の行動について、自分ではできないなとか、共感できないと思ったりしますか。

自分とは異なる行動をする役を引き受けたらどうするか

I そのことについて、つい1週間ぐらい前に貴重な体験をしたばかりなんです。このタイミングで聞いていただいて、とてもうれしいです。クランクイン前、台本を読んだだけでは「なぜ、こんな行動をするんだろう」とイメージできないことがたくさん、あったんです。でも比較的順撮りに近い状態で撮影していくことができたので、だんだんと見えてくるものがありました。監督が対話をしてくれる方だったこともあり、大筋は変わらないですけど、自分が感じた、ちょっとしたことがその後のお芝居にも影響していきました。

P 俳優さんにとってはやっぱり順撮りがありがたいことなのでしょうね。

I さっきの植木鉢のシーンからマンスがどんどん深みにハマっていって、これしかないと思い込んで選択していく姿が見ていてドキドキしましたし、痺れる芝居でした。それこそ順撮りなのか、気になります。

P 今回は幸いなことに冒頭のシーンだけは最初に撮れたんです。庭でマンスが家族のために鰻を焼いている幸せなシーンですね。それ以降は本当にバラバラです。

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全て計画的に撮るように段取りしている――パク・チャヌク監督

I 想像するだけで大変そうです。監督の作品は毎回、演出が素晴らしいのはもちろん、映像として画が語ってくる要素が実に雄弁ですよね。一度、観ただけでも理解できるけど、何度でも観たくなる。そして何度、観ても発見があります。本作も二度観たのですが、その度に新たな視点が生まれて、強度のある映画だなと思いました。監督の中では事前に「こういう画が撮りたい」って決まっているんですか。それとも現場で、役者の芝居を見て、思いつくこともあるのでしょうか。

P 全て計画的に撮るように段取りしています。『JSA』の頃からそうするようになりました。プリプロダクションの頃から考えて、どんな場面も編集が終わった想定で、ストーリーボードを作ります。そうする理由は、現場で俳優さんたちとなるべく会話をしたいからなんです。ストーリーボードを作っておけば、カメラはどこに置くか、レンズは何を使う、照明はどんな風にするかといった指示を現場に行ってから、する必要がありません。ストーリーボードを見れば一目瞭然なので、撮影監督や照明監督など、スタッフがそれぞれ準備してくれています。その傍らで、僕は俳優さんたちと話をすればいい。そこで何か新しいアイデアが見つかって、直したりすることもあります。

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I 俳優とどんな話をするんですか。やっぱり、お芝居のことや次のシーンなどの状況の確認がメインですか。

P 遠くから見たら、真剣に話しているように見えるでしょうね。実は「今晩、何、食べる?」といった話をしていることが多いですね(笑)。特にビョンホンさんとはお互い、ジョーク好きなので、ふざけたことを言っている場合が多いですよ。リラックスした状態で気楽に何でも話している時にふと、作品の話が入ってくる。真顔で会議するより、自由な雰囲気でおしゃべりしている方が、クリエイティブなアイディアが浮かんできたりするものです。ちなみに僕が何ヶ月もかけて、精魂込めて作ったストーリーボードをビョンホンさんは一切、見ないんですけどね。

I すごいですね。僕はどうしても見てしまうタイプだから、むしろビョンホンさんに憧れます。僕なら、確認した上で自由にやろうと取り組むはず。最初から見ないなんて、ある意味、自分に核があるからこそ、できることだと思います。かっこいいなぁ。

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P ビョンホンさんによれば、そればかりに頼ってしまって、監督の想像力に自分が閉じ込められてしまうから、わざと見ないようにしているそうです。「自由に演技ができるように、あえて見ない」と本人は言っていました。ビョンホンさんと僕の考えはものの見事に逆なことが多くて、ロングショットって決まっているところを、ビョンホンさんは「どうして、ここはクローズアップじゃないんですか」と聞いてくるんですよ。「全部、ストーリーボードに書いてあるから、とにかく見てください」ってお願いしているんですけどね(笑)。

I そうお聞きすると、最後のロングショットも、きっとビョンホンさんはクローズアップのつもりで演技されていたのかなと思えてきて、作風同様、シニカルで面白いです(笑)。監督のショットのかっこ良さは唯一無二のセンスだと思います。『別れる決心』の取り調べのシーンのアングルとか、虚実入り混じって、こんな撮り方は観たことがないと大興奮しました。

Takuya Maeda[TRON]

P 趣味趣向が皆、異なるから、それが逆に助けになることもあります。話し合って、時には受け入れることもありますし。井之脇さんは、監督と意見の相違があった時はどうされているんですか。

I ケースバイケースですが、 そういえば先日撮り終えた作品では、20何年役者をやってきて初めて、監督と大喧嘩したんですよ。自分でも驚きました。役と相まって、これまでになく感情が昂って、追い込まれて。役に盲目的になって、周りが見えていなかったんでしょうね。後で冷静に振り返ってみると、監督の言っていることもあながち無茶な事ではなかったんです。その監督はパク監督とは真逆のタイプだと思います。テストもリハーサルなく、何も決まっていないまま、いきなり本番で、その場でカメラが回っている。それでも、やりたいことはやりました。

P そういう監督さんもいらっしゃいますよね。監督と意見が割れた時は、あるテイクは監督の考え通りに撮って、次のテイクは俳優さんの思うままに撮って、後は編集で決めるとか。

I そういう提案をされたことはこれまでないですけど、最近はまずは自分でやりたいことを一度やってみて、その上で監督に「こうやって欲しい」と言われたら、今度はその通りにやろうというスタンスでいます。役のことを一番、わかっているのは僕だと思うけど、作品のことをわかっているのは監督です。避けられない衝突は作品のためにはやむを得ないことだと思います。

P 私もそう思います。俳優さんの立場としては、監督はカメラ横、モニター前、どこにいた方がいいですか。俳優さんの近くと遠く、どっちがいいんでしょう?

I 肉眼で見てもらえると安心するので、個人的にはカメラ横にいて欲しいですが、監督は映画として、ちゃんと画角で見なければならないのは理解しています。

『しあわせな選択』メイキング写真

P 僕は最近、モニターの隣にいることが多いんです。もちろん、カメラの前で、俳優さんの芝居を直接、見るのは楽しいです。俳優さんの全身が目に入って、生々しい演技を捉えられます。それは長所ですが、観客に見えるのはモニターに映っているものが全て。しかも現場ではカメラを2、3台、置いて撮ることもありますので、全体を見るためにはやはりモニターを見ていることが多いです。監督がカットをかけて、次のテイクに移る時、ディレクションするために指示を出しますが、その時はそばに来て欲しいですか、無線でいいですか。これもまた、俳優さんによって違うんですよね。

I 僕は直接、聞きたいです。身振りや表情が見えなくて、声だけだとどうしても、情報が少なすぎて。監督が大事にしている箇所なのか、諦めて言っているのか、ニュアンスがわかりやすいので。

P 俳優さんによっては監督が近づいてくる時間すら、もったいないと思う方もいるようです。要件はレシーバーで伝えて、さくさく次のシーンに行ってほしい。あるいは監督が近寄ってくるだけで、「え、何? 間違えた?」みたいに怯える人もいますからね(笑)。私は簡単なディレクションは無線で伝えて、しっかり解釈してもらう必要性があって、その上で感情を出してもらいたい場合は俳優さんのもとに行ってお話をするようにしています。井之脇さんは自分の演技をモニターで見るのは好きですか。

I 本当は見るのはあまり好きではないですが、作品によっては、アングルの意図や自分の芝居が効果的かどうか、確認のために見ることがあります。

P なるほど。本当に俳優さんによっても人それぞれですね。

パク・チャヌク監督が作品を撮るときの決め手は?

Takuya Maeda[TRON]

I 名残惜しいのですが、時間が迫ってきたので、最後にひとつ、質問させてください。監督は毎回、ジャンルの枠を超えて、さまざまな作品を見せてくれますが、作品を撮る時の決め手は何ですか。心のときめき、センサーのようなものはありますか。

P いろいろなケースがありますね。今回のように原作の小説があって、それをベースにする場合もあります。その際は本当にやりたいものかどうか、長い間、時間をかけて、熟考します。ストーリーを新しく、自分で作る時もあります。その場合も相当、あれこれ考えるのですが、ずっと頭の中に置いておいて、少しずつ発展させていき、「これは映画になる!」と確信が持てたら、スタートします。

I 今度は日本で、撮っていただきたいです。

P 私も日本で撮ってみたいと思っているんです。何かいい企画やアイディアがあったら、教えてください。井之脇さんは俳優の他に、映画の企画や制作に関わったりしますか。

I これまで自主映画を何本か撮って、今も長編を撮ろうと準備しているところなんです。企画など考えるのは好きなので、本気で提案していいですか。そうはいっても、監督独自の世界観に魅了されている身としては、ぜひ俳優として作品に参加したいです。監督の作品に色を添えたい。いや僕が監督の世界の色に混ざることができたら、こんな光栄なことはありません。

『しあわせな選択』2026年3月6日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開

井之脇 海/1995年11月24日、神奈川県横須賀生まれ。9歳から子役として活躍、日本大学芸術学部では映画を学ぶ。2008年、映画『トウキョウソナタ』で複数の新人男優賞を受賞。近年の出演作として、第74回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門出品『ONODA 一万夜を越えて』、『almost people』、『バジーノイズ』、主演ドラマ『晩餐ブルース』(配信中)、Netflix「今際の国のアリス シーズン2」(配信中)ほか、2025年の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』出演。2026年は6月に上田誠監督・脚本の主演映画『君は映画』公開予定、6月~8月頭にかけて舞台「レディエント・バーミン Radiant Vermin」、9月から10月にかけて舞台「リア王 -King Lear-」エドガー役を控える。
Instagram: @kai_inowaki

パク・チャヌク(Park Chan-wook/1963年、韓国ソウル出身。魅力的なキャラクターと境界を超える挑発的な物語、魅惑的なミザンセーヌで韓国映画の新たな地平を切り拓いてきた。そして、『オールド・ボーイ』(03)で第57回カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ、『渇き』(09)で第62回カンヌ国際映画祭審査員賞、『別れる決心』(22)で第75回カンヌ国際映画祭監督賞と、韓国作品として初めてカンヌ国際映画祭で3回の受賞を果たし、世界的な巨匠としての名声を高めている。その他の主な監督作品は、『審判』(99)、『JSA』(00)、『復讐者に憐れみを』(02)、『もし、あなたなら ~6つの視線』(03)、『美しい夜、残酷な朝』(04)、『親切なクムジャさん』(05)、『サイボーグでも大丈夫』(06)、『イノセント・ガーデン』(13)、『お嬢さん』(16)、「リトル・ドラマー・ガール 愛を演じるスパイ」(18)、「シンパサイザー」(24)など。製作を担当した作品に、ポン・ジュノ監督の『スノーピアサー』(13)などがある。

井之脇さん衣装 すべてスタイリスト私物

Photo : TAKUYA MAEDA[TRON] Styling: SHINICHI SAKAGAMI(ShirayamaOffice) Hair & Makeup: AMANO Text : AKI TAKAYAMA

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