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現代美術家・宮島達男「時の海 – 東北」——東北の記憶と未来をつなぐ、祈りのアートプロジェクト

  • 2026.9.13
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無数のデジタルカウンターがまちまちの数字を示す現代美術作品を見たことがありますか? 電子機器でよく使われるこの部品に託され、表現されているのは実は「命」なのです。数字はそれぞれの速さで移り変わります。まるで余命を表すかのように。そして0は現れない。再び数字は灯(とも)り——の繰り返し。これは東洋にある考え方、輪廻転生の表現です。そんな作品を生んだ宮島達男さんが福島県に震災の記憶と未来を見据えた美術館を造ります。

CEDRIC DIRADOURIAN

<Profile>
宮島達男(みやじまたつお)/現代美術家

1957年生まれ。'88年ヴェネチア・ビエンナーレ新人部門に招待され、デジタル数字を用いた作品で国際的評価を確立。以降、国内外で数多くの展覧会を開催し、世界30カ国250カ所以上で作品を発表している。'90年ACC(Asian Cultural Council/アジアン・カルチュラル・カウンシル)の招きでニューヨーク滞在、'93年カルティエ現代美術財団の招待でパリ滞在。代表作に《Mega Death》《Counter Void》《Sea of Time ’98》など。被爆した柿の木2世を世界の子どもたちに育ててもらう「時の蘇生・柿の木プロジェクト」も推進。2020年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

時間とは何か

時間は「命」に関わることだと宮島達男さんは言います。「それは人間が計っているのです。なぜ計るか。人間が死ぬからですね。終わりが必ずあり、誕生もあり、祈りも生まれます。一日の長さ、季節の巡りも時間で計れ、農作業の助けになる。それも命の営みです」

《Sea of Time - TOHOKU》[部分]|2020 東京 「STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ」(2020〜21年|東京・森美術館)この時点での参加者719名分の“時”が集まりました。 Nobutada OMOTE

宮島達男さんは自身の作品制作のコンセプトを3つにまとめています。「それは変化し続ける」「それはあらゆるものと関係を結ぶ」「それは永遠に続く」ということです。

ここでデジタルカウンターが刻む数字は時計の代わりではありません。個々の「生」の律動なのです。そこでの時間は宇宙に流れる抽象的な概念ではなく、「今、ここに生きている」という生命の躍動そのものを指しています。

《Sea of Time - TOHOKU》[部分](2017年|Reborn Art Festival 2017)この時点での参加者は300名。海の見える丘の上のテントでの展示でした。 Courtesy Tatsuo Miyajima Studio

カウンターは9から1(または1から9)までを繰り返します。0は死・虚無に相当し、それゆえ表示しません。これは、死をも含めた大きな生命のサイクル(輪回)の中に「今」が永遠に続いていくことを示唆しています。

過去から未来へと流れる直線的な時間を認めつつも、その本質は「今この瞬間」の連続(而今[じこん])にあるとした鎌倉時代初期の禅僧で日本における曹洞宗の宗祖、道元が語った時間の概念「有時(うじ)」と宮島さんの考え方、表現されるものは近いと言えましょう。

時間を生きる

太陽があって、地球は回り、月も巡る。一日があり、一年がある。それに沿った人々の営みのために先人たちは時間を計りました。時間は流れていくものでもあるでしょう。だから助けられます。時間は積み重なっていくのかもしれません。だから貴重なのです。福島にて“時間を生きる”を創造する——宮島達男さんの想いとは?

自身の原点である《時の海》を東北の地に

美術館建設予定地に立つ宮島さん。総面積およそ3万6744㎡。これはサッカー場にすると約5面分だそうです。敷地入り口から奥に進むとその先は海。波の音が高くなり、風が変わってきます。ここに建物が建ち、作品が設置され、記憶が紡がれるのです。 CEDRIC DIRADOURIAN

「海の見える風景を求めて東北地方太平洋側の沿岸を3年間歩き続けました。闇雲(やみくも)にです。そして辿(たど)り着いたのが富岡町でした。鳥肌が立つほどイメージどおりの場所。スタッフ全員『ここだ』と確信した理想の地です」

福島第一原発と福島第二原発の間、第二の近く。福島だから選んだというわけではありません。探し続けて思いどおりの場所が見つからなかったのは防潮堤があったからでした。全町避難で人が入れず、町も自然も手付かずで残ったこの土地。なので偶然ですが必然だったとも宮島達男さんは言います。

「震災の直後、人間としての無力感と絶望に苛(さいな)まれました。けれども東京では数年で震災の記憶が薄れ、復興途上の東北とのギャップを目の当たりにしたんです。自分は何ができるかを問い直し、自身の原点である《時の海》を参加型作品として東北の地に設置することを決めました」

1988年、宮島さんは30歳を超えた頃、実質的なデビュー作《時の海》を発表しました。原美術館が主催していたハラ – アニュアル、さらにヴェネチア・ビエンナーレの若手部門にも出展の機会が与えられました。

数字に見立てられた命を海の見える場所に置く

数字を表示する多くのLEDがコードでつながり、それが床面に広がる作品。今回の《時の海 – 東北》もその発展形で全部で3000個。そのカウント速度を一人ずつ、つまり3000名に設定してもらうのです。「3000というのは仏教で全宇宙・全世界を表す数字です。東北で起きたことを全世界の人々に知ってほしい、覚えていてほしいという願いをこの数字に込めたのです」

喜びも悲しみも海と共にある東北の人々。あの後も「海を恨んでいない」ことに宮島さんは驚き、深い感銘を受けました。この「海が見える場所」は命を思う場所であり続けます。

「時の海 – 東北」プロジェクトに参加する人は自分が残したいと思う数字の秒数でカウントのペースを設定します。2015年にリサーチを開始し、10年間に行われたワークショップや展示は49回を数えました。ウェブ参加者も含めこれまで参加した人は2944名に(2026年9月2日現在)。

土地に宿る記憶

記憶というものは個人的なものでしょう。人々の共通の記憶を生み出すのは一つの出来事だったり、共に過ごした時間、共に過ごした場所だったりします。東北で起こったあの大きな出来事。それは誰の中にもこの土地と結びつけた記憶としてとどめられています。

参加型プロジェクトゆえの苦労と喜び

美術館建設予定地を空から見たところ。北から南へ。手前の防風林の隣の四角い敷地が駐車場などになり、奥の円い敷地に美術館が。 (C)Yuki Iwanami

「設定するとき、皆さん自分の人生を振り返るんですね。1時間以上考える人もいます。以前、阪神・淡路大震災に遭われた方がいて涙を流していました。『あのとき何もできなかった』と。『今回、タイム設定に参加できて本当に良かった。胸のつかえが取れた』と。あと多いのは今回、このワークショップがあって、震災後初めて福島に来られたと。15年間ずっと気になっていたけど、機会をつくってくれてありがとうと」

帰還困難区域の通行止め。福島県浜通り地域の現状です。 CEDRIC DIRADOURIAN

カウントのペースを設定するときターニングポイントになった数字を思い出すのでしょう。子どもの誕生日の数字の並びを入れるなど家族や大切な誰かのことを思います。

ワインを造るためのブドウの畑。 CEDRIC DIRADOURIAN

「命にまつわる物語が多いです。みんな真面目に考えれば考えるほど。参加型のプロジェクトの面白いところですね。僕は『Art in You(アートインユー)』って30年前から言ってるんですけど、誰もが持っているアート的なるものが開くんです。パーッと。今まで閉ざされていたいろんなことが開く瞬間に立ち会えるんです」

「時の海 – 東北」プロジェクトの活動拠点の看板。 CEDRIC DIRADOURIAN

それでも誰もがすぐに参加してくれるものではないでしょう。最終的に3000名一人一人の数値を設定していく大変な作業です。

2024年7月13日、富岡町「時の海 – 東北」富岡町オフィス開所式の写真。 CEDRIC DIRADOURIAN

このプロジェクトは芸術祭「リボーンアート・フェスティバル」や東京の展覧会で認知度は高まりました。「最初、人が集まるところで話を聞いてもらおうと、石巻の大型スーパーに行って、通る人に声をかけたんです。怪しい健康器具を売ってる人みたいですよね。今は楽しくやれる余裕も出てきましたけど」

「月の下アートセンター」で活動している富岡町の子どもたちのグループの展示。 CEDRIC DIRADOURIAN


ともに刻む時間

数字を示すカウンターが1つだけ、委ねられます。このプロジェクトに参加する3000名に。数字が切り替わるタイミングをそれぞれが決めていくのです。もしもあなたが参加者だとしたら、何秒にしますか? そしてなぜ、その秒数を選んだのですか?

原美術館ARC(群馬県)でのタイム設定ワークショップ(2022年)。 Shinya Kigure

2015年、宮城県石巻市の幾つかの場所で震災で被災した人たちに当時の様子や未来についての話を聞くことから始まりました。それから10年の間にワークショップや展示を続け、全49回のワークショップやウェブからの参加者数は2944名に達しています(2026年9月2日現在)。

石巻市立鮎川小学校でのタイム設定ワークショップ(2017年) Courtesy Tatsuo Miyajima Studio

作品《Sea of Time - TOHOKU》の3000個のLEDは数字を表示し、一つ一つがそれぞれ異なる速さでカウントするものです。9、8、7、6 …(または1、2、3、4 …)と数字が切り替わるタイミングを、参加者の希望する秒数(0.2秒〜120.0秒まで。小数点第1位まで)に設定し、なぜその秒数に設定したかの思いを語ってもらうという「タイム設定」ワークショップをし、まもなく3000名に達するところまできたということです。

富岡町立富岡小・中学校で「プロフェッショナル転校生」として行なった「時の海 – 東北」プロジェクトのタイム設定ワークショップ(2019年)。 PinS プロジェクト

「時の海 – 東北」プロジェクトでは、参加者を「コラボレーション・アーティスト」と位置付け、一人一人にアーティストの一員であるという証しとして、宮島さんのサインが入り、印が押された「参加証明書」が発行されます。

ウェブからの参加の受け付けは終了し、残り枠は恒久設置場所の地元コミュニティ枠となっています。

ひらかれたプロジェクト

ワークショップの開催地を記したMAP。 CEDRIC DIRADOURIAN

この「時の海 – 東北」プロジェクトの作品制作費や活動費は、宮島達男さんが捻出する個人の資金とこのプロジェクトに賛同し、支援する人たちの寄付金がもとになっています。美術館建設の実現にはまだ遠い道のりがあり、これまでに集められた資金は十分とは言えないのが現状です。宮島さんが3000名と共につくる作品《Sea of Time - TOHOKU》をこの美術館に設置し、記憶を風化させないこと、そして未来の希望につなぐために、「サポート・アーティスト(資金支援者)」が広く求められています。このプロジェクトを知り、共感し、賛同する人たちとの関係によって、「時の海 東北 美術館」が実現し、形になっていくのです。

「資金支援者:サポート・アーティストになる」には…
資金支援協力すると「サポート・アーティスト」となり、将来、完成した作品に名前が永遠に残されるほか特典があります(名前掲載は選択自由)。金額は1000円から。下記のウェブサイト/二次元コードより申し込み。支払いはクレジットカードまたは銀行振り込みで。
URL/donation.seaoftime.org/products/support-the-project

交差する創造

「時の海 東北 美術館」のプロジェクトチームには、「場所の記憶」から建築を考える建築家・田根 剛さんと、独創的な観察眼で繊細に表現するグラフィックデザイナー・長嶋りかこさんが参加しています。現在の福島を訪れる入り口としてふさわしい場を創造する意義を2名のクリエーターに伺いました。

「時の海 東北 美術館」現段階のコンセプトイメージ。震災で行き場を失った石を建築資材に使う予定。 (C)ATTA - Atelier Tsuyoshi Tane Architects


みんなで力を合わせて作る未来を生み出す場所(建築家・田根 剛)

(C)Yoshiaki Tsutsui

<Profile>
田根 剛(たねつよし)/建築家

1979年東京生まれ。ATTA - Atelier Tsuyoshi Tane Architectsを設立し、フランス・パリを拠点に活動。場所の記憶から建築を導く「Archaeology of the Future」を軸に、欧州と日本を中心に世界各地でプロジェクトを展開。主な作品にエストニア国立博物館、弘前れんが倉庫美術館、アルサーニ・コレクション財団・美術館、ヴィトラ・ガーデンハウス、帝国ホテル東京・新本館(2036年完成予定)など。フランス芸術文化勲章シュヴァリエほか受章・受賞多数。

「『時の海 – 東北』の美術館を造りたい」というお話を頂いたのは、2023年の末のこと。私自身、2011年の震災以来、石巻に何度も足を運びながら、自分には何一つできなかった悔しい思いを抱えてきた。だから、「ぜひ、何でもやらせてください」と、吸い込まれるようにこのプロジェクトに加わることに。

「時の海 東北 美術館」現段階のコンセプトイメージ。 (C)ATTA - Atelier Tsuyoshi Tane Architects

初めて福島県の富岡町を訪れたのは、2024年秋だった。避難指示が解除されて間もない町は時が止まり、人がいなくなったような、不思議な静けさに包まれていた。しかし、そこで見た小学校の子どもたちが元気に走り回る姿を見て、ハッとさせられた。「この子たちの未来に、大人が何も約束できないのはいけない」と。その瞬間、「この場所でやろう」という覚悟が決まった。

「時の海 東北 美術館」現段階のコンセプトイメージ。海との距離が明瞭。 (C)ATTA - Atelier Tsuyoshi Tane Architects

建築を考えるとき、私はいつもその土地が持つ「記憶」を掘り起こすことから始める。人がいなくなった15年間に戻ってきた「野性的な自然」を大切にしたいと考えた。作り込まれた立派な建物ではなく、地形を回復させ、その延長として、宮島さんの作品が海へとつながっていくような円形の広場。風景と作品と人の営みが、緩やかに重なり合う場所である。

「時の海 東北 美術館」現段階のコンセプトイメージ。作品の向こうに海が見えるイメージ。 (C)ATTA - Atelier Tsuyoshi Tane Architects

外壁には、陸前高田などにあった震災によって行き場を失った大きな石を使いたいと考えている。沿岸部の人々の思いが詰まった石たちに、美術館を包み込んでもらうために。みんなで力を合わせて作る「普請(ふしん)」のようなプロジェクトにしたい。ここから未来を一緒に生み出していくための場所にするべく、一歩ずつ進めている。(談)

一つの海を見つめて想いを巡らせる場所になる(グラフィックデザイナー・長嶋りかこ)

Courtesy of Ricako Nagashima

<Profile>
長嶋りかこ(ながしまりかこ)/グラフィックデザイナー

1980年生まれ。アイデンティティやサイン計画、ブックデザイン、空間構成など、グラフィックを基軸に領域横断的に活動。対象のコンセプトや思想を仲介し、視覚情報へと翻訳する表現で知られる。主な仕事に札幌国際芸術祭(2014年)、ポーラ美術館VI計画('20年)、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館('21)など。著書に『色と形のずっと手前で』('24)。

最初、この美術館が設立される場所を聞いた時は正直驚いた。震災の記憶の継承と犠牲者への鎮魂を願う美術館のその存在意義に賛同しつつも、真っ先に頭に浮かんだのは“放射能は大丈夫なのか”という心配だった。けれどそれを言葉にしていいものなのかたじろぐ感じがあり、これは私だけではないであろうことも想像がついた。そのたじろぎの理由を因数分解すると、福島や原発の今を知らない後ろめたさや、放射能の数値に対して何を危険/安全とするのかの知識がないことや、電気を使ってきた身ではあってもやはり未来に課題を置き去りにしてしまう原発という仕組みに対し私自身は反対の意があること、かといって今住んでいる人たちや住む場所を奪われた人たちの気持ちには寄り添いたいこと、廃炉作業に取り組んでいる作業員の人たちには頭が下がる思いであること、そんなごちゃ混ぜの気持ちがたじろぎの理由だった。

長嶋さんのデザインによる美術館のロゴ。 Hearst Owned

この美術館は、震災を経験した人/しなかった人、大切な人や家を喪失した人/しなかった人、福島の状況を知る人/知らない人、原発反対の人/賛成の人、ここに暮らす人/暮らしていない人、そんな異なる背景の人々が同じ海を見て想いを巡らせる場所になるのだろう。そしてそれぞれの異なる背景を想像して、その景色をゆっくり眺めてみるような時間になればいいなと思う。そしてできたら言葉を交わし、知ろうとすること。それが、これからの未来をともに作ることを願った「時の海 東北 美術館」が、この場所にできる意義かなと思う。そのことが少しでも伝わるようなデザインをできたらと思っている。

そして、時間は続く

観察者とも無関係に存在し、一定の速さで進むのが時間だとする考えもありますが、宮島達男さんが表現する時間はそうではなく、人間が意識し、営みの中で共生するもの。それは命。そして東洋的な思想に基づき、それは生まれ変わり、時間は続くのです。

《Time Waterfall at ICC Building, Hong Kong》(2016年)高さ490mの超高層ビルの表面を数字が流れ落ちます。 《Time Waterfall at ICC Building, Hong Kong》(2016) Courtesy (C)MCH Messe Schweiz (Basel) AG. and Tatsuo Miyajima
《Sea of Time ’98》 (1998年)ベネッセアートサイト直島の家プロジェクト「角屋」。125名がスピード設定した数字を展示。 《Sea of Time ’98 》(1998) Courtesy Benesse Art Site Naoshima, Photo: Norihiro Ueno

基本コンセプトに沿って、宮島達男さんはさまざまなバリエーションの作品を作ってきました。今回の《Sea of Time - TOHOKU》も3000個の、また直島の《Sea of Time '98》も125個のカウンターを水の中に配置するスタイルで、宮島さんの最も象徴的な表現の一つです。個々の光が互いに干渉することなく、しかし一つの大きな流れ(海)を形成する様子は、輪廻転生や生命の連鎖を視覚化しています。

《Mega Death》(1999年)青く発光した光が一斉に消えて暗闇となり、再び点灯することで死と再生を表現。 《MEGA DEATH》 (1999) Photo: Alex Davis

1999年、ヴェネチア・ビエンナーレ日本館で展示した《Mega Death》は多くのカウンターがあるとき一度に消灯し、大量虐殺を表現していました。

《HOTO》(2008年) 「法華経」の一場面に登場する巨大な宝の塔「宝塔」の物語を基に作られました。 《HOTO》 (2008) Photo: Daici Ano

《HOTO》は個々の命という小さな光が集まり、時空を超えた巨大な生命の輝き「宝塔」を立ち上げる物語です。

《Time Waterfall - panel #MAM》(2019年)高さ12mのLEDディスプレー4面を数字がランダムに流れ落ちます。 《Time Waterfall - panel #MAM》(2019) Courtesy Lisson Gallery, SCAI the Bathhouse, Shanghai Minsheng Art Museum, Photo: MA Siliang

初出:リシェスNo.56 2026年6月26日発売

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