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作家・澤田瞳子さんがおすすめする、吉野の奥の桃源郷|私の奈良の宝物

  • 2026.9.12

1000年以上の時を重ねた寺社、受け継がれてきた祈りや手仕事、そして、いま育まれつつある新しい感性。奈良には、古いもののなかに未来へと続く力が宿っています。守られてきたものが、時代を経るたびに新たな表情を見せ、変わらないようでいて、静かに変わり続けてきました。古さ、静けさ、温かさ……奈良に残る“日本の宝物”と最新の美意識が響き合う。新しくて、古くて、やっぱり新しい。いまこそ奈良に旅をしませんか。

ここでは、時代を超えて胸を打つ「奈良の宝物」をご紹介します。1000年以上の時を超えて受け継がれる文化と、人の心を揺さぶる瞬間──奈良を知り尽くした4人の「宝物」を教えていただきました。今回は、作家・澤田瞳子さんのおすすめです。

作家・澤田瞳子さんのおすすめ

洞川(どろがわ)温泉

Tenkawa Village

信仰の気韻と暮らしが美しく重なる温泉街

大学・大学院では奈良時代の仏教制度と正倉院文書の研究に携わってきた澤田瞳子さん。デビュー作『孤鷹(こよう)の天』も奈良時代・天平宝字年間の平城京を舞台とした作品です。「奈良は広く、どうしても奈良市内及びその周辺の紹介に偏りがちですが、ほかにも素晴らしい場所がたくさんあることを知っていただけたら」と挙げたのが、吉野の奥深く、修験道の霊峰・大峯山(山上ヶ岳)の麓に突如、桃源郷のように現れる洞川温泉です。古くから信仰の聖地として、また修験者たちの長旅の疲れを癒やす「行場集落」として静かに時を重ねてきました。

洞川温泉の歩みは、飛鳥時代に修験道の開祖である役行者(えんのぎょうじゃ)(役小角、えんのおづぬ)が大峯山を開山したことに始まります。以来、この地は大峯山寺を目指す山伏や参詣者(講)を受け入れる登山口・門前町として栄えてきました。温泉街に足を踏み入れると、懐かしくも凜とした風情の木造建築群が軒を連ねています。洞川ならではの美しい景観を作り出しているのが、街道沿いに続く広々とした「縁側」。旅人たちが腰掛けて、思い思いにくつろぐ姿が見られます。

「ただ温泉地というだけでなく、修験道の行者さんたちの登山基地でもある場だけに、大勢の信者さんを受け入れられる建物の造りも見どころです。夕方以降、通りに提灯の明かりが灯る風情はとても美しく、信仰と生活が一緒に存在していることを肌で感じられます」と澤田さん。温泉は、柔らかな肌触りの弱アルカリ性単純泉。険しい山道を歩き切った修験者たちが長旅の疲れを癒やしてきました。太古の石灰岩地層と豊かな原生林が育んだ清冽な恵みの水「ごろごろ水」や、役行者が大峯山の生薬から製法を生み出し、人々に伝えられたとされる胃腸薬「陀羅尼助(だらにすけ)」などの名物も、この地の神秘性を感じさせてくれます。

「標高約800メートルの場所にあるので、夏でもとても涼しい。避暑地としてもおすすめですし、大峯山が開かれている時期と重なるだけに、行者さん・信者さんたちの姿でにぎわう様子を見ると、この地が信仰の場とともにあることをしみじみと感じられます。反対に、冬はとても静かで、雪も多いために、これはこれでまた風情があります」

Masayuki Tomimoto

さわだとうこ◯1977年京都府生まれ。同志社大学大学院卒業。2010年『孤鷹の天』(徳間文庫)でデビュー。古代から近代の美術や人間模様を緻密に描く。21年『星落ちて、なお』(文春文庫)で第165回直木賞を受賞。

写真=天川村 編集・文=柏木敦子(婦人画報編集部)

『婦人画報』2026年10月号より

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