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春日信仰と神鹿(しんろく)|1300年に及ぶ奈良と鹿との関係を繙く

  • 2026.9.8
Kasugataisha Shrine

1000年以上の時を重ねた寺社、受け継がれてきた祈りや手仕事、そして、いま育まれつつある新しい感性。奈良には、古いもののなかに未来へと続く力が宿っています。守られてきたものが、時代を経るたびに新たな表情を見せ、変わらないようでいて、静かに変わり続けてきました。古さ、静けさ、温かさ……奈良に残る“日本の宝物”と最新の美意識が響き合う。新しくて、古くて、やっぱり新しい。いまこそ奈良に旅をしませんか。

ここでは、奈良や春日大社を語る上で忘れられない「鹿」についてご紹介します。奈良の風景に寄り添う鹿は、春日信仰が育んだ神聖な存在。悠久の時を超え、人々の祈りとともに歩んできた1300年の歴史を物語ります。

「春日鹿曼荼羅(かすがしかまんだら)」

室町時代 春日大社蔵 Kasugataisha Shrine

白鹿の背に神木と鏡を載せ、神の使いとしての鹿を描くことで、神と人の世界をつなぐ存在であることを表す。自然との共生、春日信仰を象徴する絵画。

鹿座仏舎利(しかざぶっしゃり)

江戸時代 1652(慶安5)年 Kasugataisha Shrine

白鹿の背に榊を立て、その中心に仏舎利を納める造形で、鹿島から春日へ神が降臨したという「鹿島立(かしまだち)」の伝承と、神仏習合の信仰を表す。高さ約10センチメートルの彫刻で、作者は不明。

御生玉伏白鹿座像(おんいくたまふせはくろくざぞう)

江戸時代 1866(慶応2)年 Kasugataisha Shrine

森川杜園(とえん)が制作した木彫の白鹿像。荒々しさを残した刀の跡を生かしながら、生命感に溢れた神鹿の姿。像の腹部に鹿の体内から生じた石(生玉)を納める。森川杜園は、奈良一刀彫を芸術の域に高めた江戸の名工。

神鹿像(しんろくぞう)

2023年 MASATOMO MORIYAMA

春日大社の新たなシンボルとして二之鳥居前に完成した神鹿像。細見美術館所蔵の重要文化財「春日神鹿御正体」などを参考に制作された。青銅製。

春日大社と鹿が紡ぐ共生の物語

春日大社にとって鹿は、単なる野生動物ではありません。神様がこの地へお越しになる際に“お乗り物”を務めた神の使い、そして奈良の祈りの風景をいまに伝える存在です。

その由来は、春日大社の創建にまつわる伝承に遡ります。奈良時代の初め、平城京の守護と国家の安寧を願って創建された春日大社には、藤原氏の氏神である四柱の神様が祀られています。その第一のご祭神である武甕槌命(たけみかづちのみこと)は、常陸国(現在の茨城県)の鹿島から、白い鹿に乗って奈良・御蓋山(みかさやま)へお越しになったと伝えられています。このことから鹿は神様の使いとして崇められ、「神鹿」と呼ばれるようになりました。

約1300年にわたり、この神域に暮らす鹿は特別な存在として守られてきました。中世には鹿を傷つけることが重い罪とされるなど、信仰の対象として敬われた歴史も。現在、奈良公園周辺の鹿は国の天然記念物「奈良のシカ」に指定され、許可なき捕獲や傷つけることは禁止されています。人と鹿がともに暮らす風景は、古から奈良ならではのものです。

また、春日大社の「国宝殿」に足を運ぶと、鹿が信仰のなかで大切にされてきたことを物語る宝物に出合えます。代表的なものが「春日鹿曼荼羅」。ほかにも、白鹿の背に榊を載せ枝葉の中心に仏舎利を表す「鹿座仏舎利(しかざぶっしゃり)」や、鎌倉時代以降に制作された「春日曼荼羅」からは、春日信仰の世界観を感じることができます。

立派な角を持つ雄鹿が繁殖期を迎える前に、人や鹿同士の事故防止のため、伸びた角を切り落とす。「鹿の角きり」は奈良の秋を象徴する伝統行事で、350年続けられてきた。 EIBUN KUWABARA

11月には、江戸時代から続く秋の風物詩「鹿の角きり」も一般公開されます。立派な角を持つ雄鹿の角を切り落とす伝統行事で、鹿を敬う気持ちとともに法被姿の勢子(せこ)たちが鹿を追い込み、神官役が角を切り落とす厳かな風景は、人と鹿が長い年月をかけて築いてきた共生のかたちをいまに伝えます。切り落とされた角は工芸品や薬の材料として利用することもありました。鹿を敬い、その恵みを無駄にしないという考えもまた、自然とともに暮らしてきた奈良の文化の一部ではないでしょうか。鹿と自然に対する畏敬の念や神聖さを感じ取り、命あるものとともに生きる日本古来の精神が、いまもなお奈良の地に息づいています。

編集・文=吉岡博恵(婦人画報編集部)

『婦人画報』2026年10月号より

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