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代理ミュンヒハウゼン症候群とは?複雑な心理や原因・背景を精神科医が解説

  • 2026.9.5

代理ミュンヒハウゼン症候群は、保護者が子どもに病気を偽装・誘発する精神疾患の一種です。本記事では精神科医であり臨床心理士・公認心理師でもある出雲いいじまクリニック院長の飯島慶郎先生が、痛ましい症例の裏に潜む複雑な心理や背景を解説するとともに、気にかかるお子さんがいるときの相談先について紹介します。

ママ広場

時折、事件の報道や法廷のニュースなどで、耳慣れない言葉を見聞きすることがあります。「母親は、代理ミュンヒハウゼン症候群と診断されていました」。
長くて、どこか奇妙な響きの名前です。いったいどういう意味なのか、なぜそんな名前がついているのか、疑問や戸惑いを感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ニュースの中で、親につけられたこの病名だけが一人歩きすることがありますが、実際のところこの言葉は何を指し、その背景には何があるのでしょうか。
これまでにも子どもの病名をどう受け取るかという話を書いてきました。今回はその裏側ともいえるテーマで、名前がつけられているのは子どものほうではありません。

その名前は、ほら吹き男爵から来ている

この病気の名が医学の世界に登場したのは、1951年のことです。
イギリスの医学雑誌『ランセット』に、アッシャーという医師が、ある一群の患者について報告しました。自分の病気について事実と違う訴えを繰り返し、病院を渡り歩いては、必要のない検査や手術を受け続ける人たちです(1)。
アッシャーはこれに、18世紀に大げさなほら話で有名になったミュンヒハウゼン男爵の名を借りて、ミュンヒハウゼン症候群という名前をつけました(1)。
不思議なのは、そうすることで何の得もしていないという点です。ここが、いわゆる詐病と決定的に違うところです (2)。

詐病と作為症(ミュンヒハウゼン症候群)のちがい
[詐病(≒仮病)]
症状:偽っている
目的:外からの利益がある(お金、仕事や学校を休むこと、診断書を手に入れることなど)

[作為症(ミュンヒハウゼン症候群)]
症状:偽っている、または本当に作り出している
目的:外からの利益がない(病人として扱われること自体が目的になっている)

金銭的な見返りもないのに、痛みを伴う検査や手術を自ら進んで受け、「重い病気の患者」として扱われることだけを求め続ける。現在の医学では、これは作為症と呼ばれるグループのなかの一つの型と位置づけられています(2)。
ここまでは、本人が自分自身に対して行っていることです。

1977年、「代理」という言葉が生まれた

それから26年後の1977年、イギリスの小児科医ロイ・メドウが、二人の子どもの症例を報告しました(3)。
論文の要旨には、こう書かれています。一部の患者は、繰り返し作り話をし、証拠を捏造して、自分自身に不必要な検査や手術を引き起こす。ここに記述するのは、偽りによって、自分の子どもたちに数えきれないほどの有害な医療行為を引き起こした親たちである。いわば「代理による」ミュンヒハウゼン症候群である(3)。
自分の体でしていたことを、子どもの体を使って行う。それが「代理」の意味です。
このとき、メドウが論文の副題に添えた言葉が印象的です。「子ども虐待の隠された深部」(原題:The hinterland of child abuse)(3)。医療の陰に隠れて外からは発見しにくい、虐待の最も捉えがたい領域という含みがあります。
提唱者自身が、最初からこれを単なる親の心の病にとどめず、子どもへの深刻な身体的虐待として捉え、告発していました(3)。

日本でも、実際に起きている

日本でこれがどれくらい起きているのかを示す統計は、いまのところありません。分かっているのは、これが子ども虐待のなかでもまれな型だということです(4)。厚生労働省の手引きも、医療者が疑いを持つまでに長期間を要することも少なくないと述べています (1)。見つかりにくいことが、そのまま数のつかめない理由になっています。
けれども、日本でも社会を震撼させた事件は実際に起きています。
2010年5月20日、京都地方裁判所での裁判員裁判です。母親が、2004年から2008年にかけて、大学病院などで三女・四女・五女の点滴に水道水などを混入させていました。三女と五女は敗血症などを発症し、四女は生後8か月で亡くなりました。罪名は傷害致死と傷害。求刑は懲役15年、判決は懲役10年でした。

この事件には、心に留めておくべき重要な事実が2つあります。
1つは、被害が4年間にわたり3人のきょうだいに及んでいたこと。一人の子どもの問題にとどまらず、家庭内のきょうだい全体に被害が波及していたという事実です。
そしてもう1つは、法廷でこの病名がどう扱われたか、という点です。
この母親は、起訴される前の精神鑑定で「代理ミュンヒハウゼン症候群」と診断されていました。そして弁護側は、この病気のために判断能力が低下していたとして、執行猶予のついた判決を求めました。
裁判所は、これを認めませんでした。増田耕児裁判長は判決理由で、「犯行態様は常軌を逸しており、娘の肉体的精神的苦痛は計り知れない」、そして「うち1人の命を奪っており、通常の傷害致死や傷害よりも悪質だ」と述べています。
病名は、免罪符ではありませんでした。
親にどのような診断名がつこうと、法廷が直視したのは、子どもに現実に加えられた危害の重さでした。

なぜ、そんなことが起こるのか

ここが、多くの方がいちばん知りたいところだと思います。
結論から申し上げると、明確な原因はいまだ解明されていません。
ただし、世界中で報告された数多くの事例から、行為に及んだ親たちにどのような共通点があったのかは分かってきています(4)(5)。
これから挙げる数字は、いずれも「発覚して報告された事例」を後から集めて調べたものであって、世の中の親を対象に調べたものではありません。研究者自身も、珍しい事例ほど論文になりやすいという偏りが入り込んだ可能性があると述べています (5)。そういう性質の数字だという前提でお読みください。
研究から浮かび上がってきたのは、主に3つの背景です。

心の中に深い傷や喪失を抱えていた

これまでに報告された796人分の記録をまとめた調査では、約3割に自分自身の子ども時代の被虐待体験がありました(5)。
母親67人の生い立ちを詳しく調べた研究では、自らの親と安定した関係を築けていた人は2割にも満たず、6割が幼いころの心の傷や大切な人を失った悲しみを癒やせないまま抱えていました (6)。これは、一般の人たちと比べても際立って高い割合です(6)。
28人の親を詳しく分析した報告では、傷つけられた体験から逃れるために嘘の物語を作り出し、やがてその物語の中に我が子まで巻き込んでしまう——そうした心の経過が指摘されています (4)。

本人にも「病気」を偽装した既往があった

もうひとつの特徴は、親自身にも、かつて自分の病気を偽ったり作り出したりしていた過去(ミュンヒハウゼン症候群の経験)が多く見られたことです(4)(5)。
自分が病気(患者)になることでしか周囲に関心を持ってもらえなかった——その体験が、やがて「子どもの病気」へと形を変えたのではないか。私はそう受け取っています。

病気との向き合い方が「世代」を越えて受け渡される

さらに、こうした病気との歪んだ向き合い方が、親から子へと世代を越えて伝わってしまう可能性も指摘されています(7)。
実際、被害を受けた子ども自身がやがて自分で病気を偽装するようになったり(8)、大人になってから医療そのものを極端に避けるようになったりする(9)例が報告されています。単に「特定の一人の問題」にとどまらず、家族の中で受け渡されてしまう連鎖としての側面があるのです。

共通点は「原因」ではない

ここで注意が必要なのは、これらの共通点が決して「疑わしい親を見分けるための基準」でも、「こうなった原因」でもないということです。つらい子ども時代を過ごした人が、必ずこうなるわけではありません。
1987年に117例の報告をまとめた医学総説は、「この種の異常な母性行動の起源は、依然として不可解である」と述べています(10)。当時の報告では、行為に及んだ人が全員母親だったため、そう書かれています(10)。
その後の研究も、この結論を大きくは動かしていません。2005年の研究は、この行動の起源はほとんど理解されていないと書いています(6)。どれほど詳細な調査を行っても、「どういう傾向があるか」までは分かっても、「なぜその人がそこに至ってしまったのか」という最後の謎は、いまも解き明かされていないのです。

ママ広場

なぜ、それは医療の場で起こるのか

原因を親個人の心の中だけに求めても、全体像は見えてきません。もうひとつ、専門家たちが指摘してきた重要な側面があります。
厚生労働省の手引きは、心理的な仕組みをこう書いています。
子どもや医療システムを支配する満足を得ることと同時に、大変な子どもを育てている献身的な保護者像を作り上げながら、医療的なケアを受けることが目的であると考えられている (1)。
ここで見落としてはならないのは、「医療的なケアを受ける」の主語が、子どもではなく親自身であるという点です。
重い病気の子どもを懸命に看病する「献身的な母親」を演じることで、医師や看護師からねぎらわれ、関心を向けられ、温かいケアを受ける。つまり、子どもの身体を介して、親自身が医療スタッフからの愛情やつながりを求めているのです。
この見方を早くから示していたアメリカの児童精神科医シュライアーは、1992年に、この病態は「母親の、医師との関係への欲求」として最もよく説明できると論じました (11)。その根底には、親自身が幼いころに味わった深い「見捨てられ感」があるというのです (11)。
つまり、この親たちが真に向き合っている相手は、子どもではなく「医師や医療スタッフ」なのではないかという見方です。子どもは、その関係をつなぎ止めるための手段にされてしまっている——極めて痛ましく、複雑な構図がそこにあります。

虐待という文脈から見ると、何が見えるか

提唱者のメドウが「子ども虐待の隠された深部」と名づけたように、子どもの立場からこの問題を見つめ直すと、全く異なる過酷な現実が浮かび上がってきます(3)。

手口には幅がある
日本小児科学会がまとめた『子ども虐待診療の手引き第3版』では、親が子どもに対して行う行為として、次のような具体例が挙げられています(12)。
「熱や発作が起きた」と嘘の訴えを繰り返す、尿や便の検体に別のものを混ぜて検査結果を異常にする、必要な食事や薬を与えない、あるいは薬物などを投与して実際に症状を作り出す——手口は多岐にわたります。
そして手引きは、こう警告しています。「虚偽の情報だけ、症状の誇張だけであっても子どもにとって安全な環境とは言えない」(12)。
実際に親が直接手を下していなくても、医師に嘘を信じ込ませることで、子どもは不必要な投薬や痛みを伴う検査、過剰な治療を受けさせられることになるからです。1987年の117例の総説では、発覚した子ども全員に、何らかの健康被害(短期的な罹病率100%)が生じていました (10)。日本で報告された21例をまとめた調査でも、必要のない外科手術を受けさせられていた子どもが23.8%にのぼっています (1)。

一人の子どもの問題として終わらない
イギリスで、病気を作られたことが分かった子ども56人と、そのきょうだい103人のうち82人を調べた研究があります。きょうだいの39%も、同じように病気を作られていました。そして11%が、幼いうちに原因の分からないまま亡くなっていました(13)。
京都地裁の事件で三人のきょうだいが被害を受けたことは、決して例外的な出来事ではありません。

失われるのは、健康だけではない
イギリスの指針は、子どもに生じる深刻な実害として次のような点を挙げています(14)。
不必要な検査や処置を繰り返し受けること。受診を繰り返すせいで、かえって本当の病気が見逃されること。本当は歩けるのに車椅子を使わされること。長期の欠席を強いられ、友達の輪から孤立していくこと。そして——「自分は病弱で、傷つきやすい人間だ」という歪んだ自己像を植え付けられてしまうこと (14)。
思春期になると、「自分は病気なのだ」と思い込まされた子ども自身が、自ら進んで病気のふりをする側に回ってしまうことさえあるのです(14)。
大人になってから被害を打ち明けた10人への調査では、親が嘘をついていると気づいていた人もいました。しかし、誰かに助けを求めようとしても、その声が周囲の大人の耳に届くことはほとんどありませんでした(9)。
失われるのは、子どもの身体の健康だけではありません。学校に通い、友達と笑い合い、健やかに成長するはずだった、かけがえのない子ども時代そのものなのです。

対象は、子どもとは限らない

あまり知られていないことですが、日本小児科学会の『子ども虐待診療の手引き第3版』には、医師が注意すべき状況の一つとして「保護者、患児のきょうだい、ペットに類似の症状や既往歴がある」ことが挙げられています(12)。
イギリスの獣医療の調査でも、小動物の獣医が記録した「事故ではない傷害」448例のうち、9例が、同じ構図が疑われる例として報告されています(15)。飼い主が動物病院で注目や同情を集めようとすること。飼い主から引き離すと回復すること。そして動物病院を次々と変えること (15)。子どもの事例で知られている特徴と、そのまま重なります。
自ら助けを求めることもできない、家庭内で最も弱い立場にある存在——そこに向かって歪みが押し寄せてしまう病態なのだということが、ここからも鮮明に見えてきます。

おわりに。ニュースの向こうにあるもの

テレビやネットでこの名前を見かけると、私たちはどこか「遠い世界の奇妙な事件」や「理解できない親の犯行」として受け止めてしまいがちです。
けれども、ここまで見てきたように、その背景には、傷つけられた子ども時代や、解決されないままの喪失、病気との向き合い方の連鎖といった、人間の生々しい苦しみが横たわっています。
そして、この病態について私たちが最も心に留めておくべきなのは、「奇妙な病名」の向こう側で、実際に不必要な検査や治療を受け、健康や子ども時代を奪われている子どもがいるということです。
焦点を当てるべきなのは、親の不可解さではなく、子どもに生じている現実の被害です。
もし身近なお子さんのことで気にかかることがあっても、一人で抱え込んだり、自分だけで見極めようとしたりする必要はありません。児童相談所虐待対応ダイヤル「189」は、通話料が無料で、匿名でかけることができます。連絡した人が誰かということも、その内容も、秘密は守られます。

参考文献
(1)厚生労働省『子ども虐待対応の手引き(平成25年8月改正版)』第13章6「代理によるミュンヒハウゼン症候群(MSBP)への対応」
(2)Bass C, Halligan P. Factitious disorders and malingering: challenges for clinical assessment and management. Lancet. 2014;383(9926):1422-32.
(3)Meadow R. Munchausen syndrome by proxy. The hinterland of child abuse. Lancet. 1977;2(8033):343-5.
(4)Bass C, Jones D. Psychopathology of perpetrators of fabricated or induced illness in children: Case series. Br J Psychiatry. 2011;199(2):113-8.
(5)Yates G, Bass C. The perpetrators of medical child abuse (Munchausen Syndrome by Proxy) – A systematic review of 796 cases. Child Abuse Negl. 2017;72:45-53.
(6)Adshead G, Bluglass K. Attachment representations in mothers with abnormal illness behaviour by proxy. Br J Psychiatry. 2005;187:328-33.
(7)Bass C, Glaser D. Early recognition and management of fabricated or induced illness in children. Lancet. 2014;383(9926):1412-21.
(8)Libow JA. Beyond collusion: active illness falsification. Child Abuse Negl. 2002;26(5):525-36.
(9)Libow JA. Munchausen by proxy victims in adulthood: a first look. Child Abuse Negl. 1995;19(9):1131-42.
(10)Rosenberg DA. Web of deceit: a literature review of Munchausen syndrome by proxy. Child Abuse Negl. 1987;11(4):547-63.
(11)Schreier HA. The perversion of mothering: Munchausen syndrome by proxy. Bull Menninger Clin. 1992;56(4):421-37.
(12)日本小児科学会こどもの生活環境改善委員会『子ども虐待診療の手引き 第3版』4-7「Medical Child Abuse(いわゆる代理によるミュンヒハウゼン症候群を含む)」2022年3月改訂
(13)Bools CN, Neale BA, Meadow SR. Co-morbidity associated with fabricated illness (Munchausen syndrome by proxy). Arch Dis Child. 1992;67(1):77-9.
(14)Royal College of Paediatrics and Child Health. Perplexing Presentations (PP) / Fabricated or Induced Illness (FII) in Children: RCPCH guidance. 2021.
(15)Munro HMC, Thrusfield MV. ‘Battered pets’: Munchausen syndrome by proxy (factitious illness by proxy). J Small Anim Pract. 2001;42(8):385-9.

※本記事の執筆にあたり、論文検索および構成の整理に生成AIを活用していますが、医療情報としての正確性は専門医が確認・監修しています。

執筆者

プロフィールイメージ
飯島慶郎
飯島慶郎

不登校/こどもと大人の漢方・心療内科 出雲いいじまクリニック院長
精神科医・総合診療医・漢方医・臨床心理士

島根医科大学医学部医学科卒業後、同大学医学部附属病院第三内科、三重大学医学部付属病院総合診療科などを経て、2018年、不登校/こどもと大人の漢方・心療内科 出雲いいじまクリニックを開院。
多くの不登校児童生徒を医療の面から支えている。島根大学医学部精神科教室にも所属。
著書:『不登校は病気? ~医師の診断が子供と家族を救う~』(みらいパブリッシング、2025年)他

不登校/こどもと大人の漢方・心療内科 出雲いいじまクリニック

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