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V6とTUBEの「意外な関係」はこの曲にある いま聴いても泣ける25年前の名バラード

  • 2026.9.1
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※ChatGPTにて作成(イメージ)

キレのあるダンスと、弾ける笑顔。V6と聞いてまず浮かぶのは、ステージいっぱいに躍動する6人の姿だと思う。

ところがこの曲で6人は、激しく踊らない。静かなピアノの音に導かれて、ただまっすぐに歌う。派手な仕掛けを脇に置いて、声だけで勝負する6人が、そこにいた。ステージで汗を光らせていた人たちの、こんなに静かな佇まいを、当時の私たちはまだ知らなかった。

意外な一面、と言ってしまえば簡単だけれど、聴こえてくるのはむしろ、この人たちの底にずっとあった表現力だ。踊るための身体が、歌うためだけに使われたとき、何が起きるのか。その答えのような一曲を紹介したい。

V6『出せない手紙』(作詞:セキヤヒサシ/作曲:PIPELINE PROJECT)ーー2001年8月29日発売

ひとりの声から始まり、六つの声で開くバラード

20枚目のシングルで、V6は切ないバラードを表題曲に据えた。冒頭に鳴るのは、静かなピアノだ。その響きの上に、まずひとりの声が乗る。歌い出しを担うのは井ノ原快彦のソロ。Aメロのあいだ、曲はピアノとともに、ささやくように進んでいく。歌が進むにつれてリズムが立ち上がり、音の層が少しずつ増えて、サビでは6人の声の重なりとともにサウンドが大きく開く。踊りで魅せてきた人たちが、動きを止めた瞬間にいちばん大きな感情を運んでくるという逆転が、この曲の設計の核にある。

思い返してほしいのは、V6がダンスナンバーで走ってきたことだ。速いビートの上で、隊形を組み替えながら歌う姿こそが6人の看板と思っている人もいることだろう。その看板をいったん下ろし、立ち止まって歌う。動きを封じられた歌は、ごまかしが利かない。それでも6人の声は、静かな序盤で細くならず、厚みを増していくサウンドにも埋もれず、のびのびと表情を変えていく。踊り続けてきた年月が、そのまま歌の体力になっていたのだと気づかされる。

ドラマと同じ夏を生きた主題歌

この曲はTBS系ドラマ『ネバーランド』の主題歌だった。主演は三宅健と今井翼。メンバーが主演するドラマを、V6自身の歌が包み込む形だ。

しかも結びつきは主題歌だけにとどまらない。カップリングの『風をうけて〜Keep U goin'〜』が、同じドラマの挿入歌として流れていた。1枚のシングルがまるごと、あのドラマの夏とつながっていたのだ。

金曜の夜、物語の余韻のままこの曲が流れ出す。物語を追う耳に主題歌のバラードが重なり、劇中でもカップリング曲が流れてくる。ドラマの記憶と曲の記憶が分かちがたく結ばれて、2001年の夏はこの歌の色になった。

タイアップというより、伴走という言葉のほうが近い。ひとつの物語のためにふたつの歌を差し出す構えそのものが、このドラマと6人の距離の近さを物語っている。あの夏、テレビの前にいた人ほど、イントロのピアノひと粒で、金曜の夜の空気ごと引き戻されるはずだ。

夏を鳴らしてきた手が切なさを書く

作曲のPIPELINE PROJECTは、TUBEの前田亘輝と春畑道哉を中心とする音楽制作プロジェクトだ。夏の景色を何度も塗り替えてきた手が、V6のために、まぶしさではなく切なさを書いた。

PIPELINE PROJECTが手掛けたバラードでは、MAXの『一緒に…』(1999年発売)などもある。夏の似合うアーティストたちの、夏だけではない顔を引き出してきた書き手だと言っていい。

夏の高揚を知り尽くした書き手だからこそ、夏の終わりに残る寂しさの輪郭を正確になぞれるのだと思う。サビでふっと切なさが増すメロディラインは、V6の柔らかい声質と溶け合って、聴くたびに胸の奥をつかんでくる。

面白いのは、この切なさが暗さに沈まないことだ。V6の声には、どこか窓を開けたような明るさがある。悲しい旋律を悲しい声で歌えば、ただ重くなる。明るさを残した声が切ない旋律をなぞるからこそ、あきらめきれない未練の温度がちょうどよく残るのだと感じる。

ペンネームの奥で結ばれた物語と歌

作詞クレジットの「セキヤヒサシ」。その正体は、ドラマ『ネバーランド』の原作小説を書いた小説家、恩田陸その人だった。少年時代に愛読した漫画家、関谷ひさしの名前を借りたペンネームだと、後年本人が明かしている。

原作者本人が、自分の物語から生まれたドラマの主題歌を作詞する。物語を書いた人が、その世界の続きを歌詞として差し出したのだから、ドラマと曲がここまで深く結ばれていたのも当然だったと、あとから納得がいく。

タイトルの「出せない手紙」という言葉が、すでに詞世界のすべてを語っている。書いたのに出せない。伝えたいのに伝えられない。青春のただ中にいる人間が抱える、いちばん切実な感情だ。

2001年といえば、携帯電話のメールが若者の言葉を運びはじめた頃だ。そんな時代に、小説家はあえて「手紙」を選んだ。書くのに時間がかかり、出すのに勇気がいる。その重さごと引き受けた言葉だからこそ、届かなかったときの痛みも深い。物語を書き続けてきた人らしい、言葉への信頼をそこに感じる。

若い日に聴いたときは、きれいなバラードだと思っただけだった。けれど時間が経って聴き直すと、この歌はまるで違う顔を見せる。出せないまま抱えた想いは、消えるのではなく、自分の中で静かに生き続ける。そのことに気づいた耳に、6人の歌声はいっそう深くしみる。

誰にでも、出せなかった手紙の一通や二通がある。あの日に書き損ねた言葉を思い出しながら聴くとき、この曲は過去の一曲ではなく、いまの自分の歌になる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

(文・高輪田マチ)

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