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35年前、グループからソロへ転向。【3つの芸名】を持つ美女とは

  • 2026.9.20
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1994年9月、CoCoの卒業パーティーで取材に応じる羽田惠理香(C)SANKEI

2026年9月、羽田惠理香は、CoCoのデビュー37周年に届いたお祝いへの感謝をブログにつづった。いまは「はねだえりか」の名前で活動する羽田。CoCoで歌っていた姿を思い出す人もいれば、バラエティーで体を張っていた姿が浮かぶ人もいるだろう。

その二つの顔をたどると、1989年のデビュー曲のジャケットも、懐かしい集合写真以上のものに見えてくる。

「アイドル冬の時代」を過ごしたCoCo

CoCoは、フジテレビが主宰したタレント育成塾「乙女塾」から生まれたアイドルグループだ。羽田と、宮前真樹、三浦理恵子、瀬能あづさ、大野幹代の5人で出発し、1989年9月6日に『EQUALロマンス』でCDデビューをした。

当時は、いわゆる「アイドル冬の時代」とも呼ばれたころ。それでもCoCoは人気を集め、1990年1月の『はんぶん不思議』は週間シングルランキングで最高4位を記録している。テレビで見かける少女たちが、歌でも繰り返し名前を覚えてもらっていく。平成の始まりに登場したグループだった。

五人一緒の姿から好きになり、やがて一人ずつを見分けるようになる。グループを応援する楽しみには、そんな時間がある。デビュー曲のジャケットに並んだ顔は、その後にそれぞれが見せる顔を、まだ一枚の中に収めている。

羽田は1973年、東京都生まれ。『EQUALロマンス』が出たときは16歳だった。三十数年後まで自分の名前と一緒に語られる曲を、10代のうちに持ったことになる。

グループアイドルからソロへ

CoCoで活動する一方、羽田は1991年に『迷子にさせないで』でソロデビューした。CoCoの一員でありながら、ソロシンガーとしても作品を出していた。

グループ名で手に取ったCDと、メンバー個人の名前で選んだCD。同じ人を応援していても、その二枚には違う楽しみがある。5人の中で見ていた羽田の声や姿を、今度は一人の主役として追うことができるからだ。

1994年にCoCoが解散した後、羽田の活動の中心はバラエティーへ移っていく。『電波少年インターナショナル』などに出演し、ロケで体を張る姿でも知られるようになった。

歌のためにカメラの前へ立つときと、何が起きるか分からない取材へ出ていくときでは、見せる顔が違う。きれいに整えた姿だけでなく、相手と向き合ったときの反応まで仕事になる。歌手として知った人にも、テレビで新しく出会った人にも、羽田を覚える別の場面が増えていった。

昔の一枚と、いま会える時間

2026年のブログでは、デビュー曲のレコード盤が発売されたことを挙げ、いまもCoCoを覚えている人たちへの感謝が並んでいる。現在も、参加者とやり取りするオンライントークライブを毎月開き、ファンとのオフ会も開催、ファンと交流する機会を設けている。

CoCoの一員として歌い、自分の名前でも曲を出し、バラエティーへ飛び込んだ羽田。37年前のジャケットから、その後の顔がいくつもつながる。記念日の一枚がうれしいのは、若かった姿が残っているだけでなく、そこから先も見てきた時間を思い出せるからだ。


※記事は執筆時点の情報です

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