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宮沢りえが大好きな【国民的バンド】とは?33年前、一緒にレコーディング→曲リリースへ

  • 2026.9.20
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2026年8月、映画「しびれ」完成披露舞台あいさつに登壇した宮沢りえ(C)SANKEI

2026年8月、映画『しびれ』の完成披露試写会で、宮沢りえの口からTHE BLUE HEARTSの名前が出た。作品名にちなんで、しびれた経験を聞かれたときのこと。宮沢が挙げたのは、かつて大好きなバンドと一緒にレコーディングした時間だった。

その共演は、33年前の1993年。「りえ&THE BLUE HEARTS」名義の『ボーイフレンド』という曲になって残っている。俳優としての宮沢を見てきた人には、少し意外な組み合わせかもしれない。けれど、歌手としての仕事をたどると、この一曲は単発の珍しい顔合わせというだけでは片付かない。

宮沢りえとTHE BLUE HEARTSの関係

宮沢は1989年9月にシングル『ドリーム・ラッシュ』を発売し、ランキングでも上位を記録するなど、俳優だけでなく歌手としても活躍していた。

そして1993年6月に発売されたアルバムが『ROSEE』だ。『ボーイフレンド』は、その6曲目に収められていた。作家陣には甲本ヒロトのほか、久保田利伸、矢野顕子、小室哲哉らの名前があり、宮沢の歌を通して、多様な音楽家たちの作品と出会える一枚だった。

『ボーイフレンド』の作詞・作曲は甲本ヒロト。歌う人の名前には、宮沢とブルーハーツが並んでいる。好きなバンドの曲を自分で歌うカバーとは違い、一緒に作った作品として双方の名前が残る。いま宮沢が語るレコーディングの思い出には、この具体的な一曲がある。

一人の歌手のアルバムを聴く楽しみは、同じ声が違う作り手の曲に出会うところにもある。宮沢の名前で選んだ一枚から、ブルーハーツとの共演曲にたどり着く。俳優として知っていた人が、音楽の好奇心を広げる案内役にもなる。その取り合わせは、当時の宮沢の活動の豊かさを感じさせる。

楽曲はシングルにもなった

1993年10月、『ボーイフレンド』はシングルカットされた。「りえ&THE BLUE HEARTS」という名義には、目を引く強さがある。映画やCMで親しまれた名前と、ロックバンドの名前が一緒になっている。宮沢を好きで手に取った人と、ブルーハーツを好きで気になった人が、同じ曲にたどり着ける組み合わせだ。

しかも宮沢自身も、ブルーハーツの音楽が好きだった。聴いてきた人の隣で、自分も作品を作る側に立つ。2026年の試写会では、その時間が強く心に残っていることと、いまもバンドが大好きだという思いを語っていた。

共演者として名前が並んでも、聴き手としての好きな気持ちはなくならない。仕事になったからこそ忘れられない、という経験もある。シングルの名義をもう一度眺めると、宮沢にとっての一曲の重みが、少し違って見える。

俳優の歩みの中に残る「歌っていた時間」

宮沢の1993年を音楽から振り返ると、アルバムを出し、さまざまな作家の曲を歌い、ブルーハーツとの共演を一枚のシングルにする姿がある。俳優の余技としてひとくくりにするには、作り手の顔ぶれも、曲との出会い方も面白い。

長く活動を続ける人には、後年の代表作だけでは見えなくなる仕事がある。『ボーイフレンド』は、宮沢が歌う人として音楽家たちと交わっていた時間を、いまもたどれる一曲だ。

2026年の映画の舞台で、宮沢が思い出したのは、そのレコーディングだった。33年前の名義に並んだバンドを、いまも好きだと話せることがいい。一曲の共演は昔の出来事になっても、音楽を好きな人としての宮沢は、そこから離れていない。


※記事は執筆時点の情報です

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