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17歳女子高生が恋した「ファミレス店長」引く&押すの両方を演じる個性派俳優の“大人の一線”

  • 2026.8.8
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2008年10月、第9回ベストフォーマリスト2008で男性部門を受賞した大泉洋(C)SANKEI

恋を受け入れることより、受け入れないまま相手と向き合うことのほうが難しい場合がある。

2018年公開の映画『恋は雨上がりのように』で、大泉洋が演じた近藤正己は45歳。思いを寄せる橘あきら(小松菜奈)は17歳で、2人の差は28歳だ。2人が出会ったのは学校ではなく、近藤が店長を務めるファミリーレストランだった。

教え子ではなく、バイト先の女子高生。それでも大人が越えてはいけない線はなくならない。この映画で大泉が見せるのは、年齢差をものともせず恋へ飛び込む男ではなく、好意を向けられたからこそ自分の立ち位置を問い直す男の姿である。

28歳差を“禁断の恋”だけにしない

あきらは高校2年生。けがで陸上から離れ、行き場を失っていた時期に、雨宿りで入った店で近藤の気遣いに触れる。その後、店でアルバイトを始めた彼女は、近藤への思いを募らせ、ついに告白する。

これだけなら、17歳と45歳の大胆な年の差ロマンスにも見える。だが、近藤は告白を恋の始まりとして喜べない。教師のようにあきらを指導する権限はなくても、彼女より長く生き、別れた妻との間に子どももいる大人である。その差を見ないふりをして、若い好意を自分のものにすることはできない。

だから近藤は、あきらを強く突き放すことも、恋人として抱え込むこともしない。うれしくないわけではないから困り、傷つけたくないから迷う。大泉は近藤を立派な大人として固めず、浮つきや頼りなさを残す。その人間臭さの中でなお踏みとどまる姿が、28歳差という数字に現実の重さを与えていく。

近藤はあきらの未来を囲い込まない

2人を近づけるのは恋心だけではない。あきらは走れなくなり、近藤はかつて目指した小説家への道から遠ざかっている。年齢も立場も違う一方で、好きだったものの前で立ち止まっている点では似ていた。

相手の停滞が見えるからこそ、2人の関係は「結ばれるかどうか」だけでは進まない。あきらは近藤の中に残っていた文学への思いを動かし、近藤はあきらを自分のそばへ引き留めるのではなく、もう一度陸上へ向かう可能性へと送り返す。

ここで近藤が選ぶのは、何かをしてあげる大人になることではない。17歳の進む先を45歳の自分との恋で狭めないことだ。手を伸ばせば届く距離にいながら、その手で相手の未来を囲わない。『恋は雨上がりのように』の“大人の一線”は、拒絶ではなく、この選択として描かれている。

近藤が止まり、日高は踏み込む

2025年公開の映画『かくかくしかじか』では、大泉がまったく別の距離から若い女性に向き合う。演じた日高健三は、漫画家を夢見る高校生・林明子(永野芽郁)が通う絵画教室の教師だ。こちらは先生と教え子であり、恋愛ではなく、9年間にわたる師弟の物語である。

日高は竹刀を持ち、生徒へ怒号を飛ばし、とにかく描かせる。明子が逃げようとしても、遠慮して引き下がるような教師ではない。近藤があきらの人生に入り込みすぎないよう自分を止めるのに対し、日高は教える立場として明子の甘さへ正面から踏み込んでいく。

この2人を並べると、大人の責任がいつも同じ距離を求めるわけではないことが見えてくる。恋の当事者になり得る近藤には、越えないことが必要だった。恩師である日高には、嫌われるほど近くから描くことを迫る役目があった。片方は引き、片方は押す。その正反対の動きが、それぞれの関係を守っている。

“止まる演技”と“押す演技”

近藤と日高の違いは、台詞の内容だけではない。近藤には、言葉をすぐに決められない戸惑いがある。あきらのまっすぐさを受け止めきれず、うろたえる姿も隠されない。一方の日高は、声も身体も前へ出る。明子がどう受け取るかをうかがってから指導するのではなく、描けと迫り続ける。

大泉は、近藤を静かな善人に仕立てすぎず、日高を厳しいだけの教師にも閉じ込めない。迷いながら距離を置く男と、迷わせる暇もなく距離を詰める恩師。演じ方の方向を反転させることで、若い相手に向き合う2人の大人を混同させない。

越えない大人をきれいごとにしない

教え子ではなく、バイト先の17歳。教師と生徒ではないからこそ、近藤には一線を引く制度上の答えが最初から与えられているわけではない。それでも28歳差を前に、自分で止まる場所を探さなければならない。

その難しさを、大泉は正論で割り切る人物ではなく、好かれれば揺れ、どう応じるべきか迷う人物として見せた。日高役では、逆に教え子の夢へ深く踏み込む圧力を引き受けている。止まる近藤と、押し続ける日高。大泉洋の演技は、距離を取ることも詰めることも、相手との関係に応じた“大人の責任”になり得ると示している。

28歳差の恋で最後に残るのは、越えなかったという結果だけではない。越えられるかもしれない場所で迷い、それでも17歳の未来を自分の側へ引き寄せなかったこと。その不器用な足踏みまで見せたからこそ、近藤は単なる“理性的な大人”ではなく、忘れがたい人物になったのだ。


※記事は執筆時点の情報です

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