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15年前、アパレル会社社長と結婚→【1億7000万】の花嫁に。手料理で胃袋をつかんだ元モデルとは

  • 2026.9.19
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2011年9月、今井諒氏と挙式披露宴を行った小森純(C)SANKEI

今から15年前の2011年9月、小森純は東京・椿山荘で挙式し、披露宴を前に報道陣の前へ姿を見せた。身に着けていたのは、1億円のティアラと7000万円のネックレス。警護まで付く装いだったが、小森が明かしたイヤリングの値段は1000円。買った店はドン・キホーテだった。

豪華な宝飾品の話だけでも十分に華やかなのに、そこで普段の買い物の話を添える。花嫁になった自分を楽しみながら、会見の空気まで気取らせない。モデルとして着飾ることと、ざっくばらんに話すこと。その両方を仕事にしてきた小森らしい晴れ姿だった。

読者モデルからテレビタレントへ

小森は1985年、神奈川県生まれ。2003年、17歳でファッション誌『Popteen』の読者モデルとしてデビューした。「純ポ」の愛称で親しまれ、ファッションやメイクとともに、恋愛やギャルとしての暮らしを率直に話すキャラクターでも知られるようになる。

雑誌の中で服を着こなすだけでなく、バラエティー番組でも活躍し、つけまつ毛「EYEMAZING」のプロデュースも手掛けた。読者モデルとして身近な装いや暮らしを見せていた人が、テレビでは話し手に、化粧品では作り手になる。小森自身の好みや経験が、仕事の中で生きる場所を増やしていった。

自分をどう見せるかという感覚を、誌面やテレビ、商品へと広げていく。その一方で、得意としていたのが料理だ。華やかなメイクも、台所で作る一皿も、小森の生活の中では無理なく並んでいる。

その料理の話が、結婚の会見でも主役になった。2011年7月7日、小森は元モデルでアパレル会社を経営する今井諒と入籍。同日のCM発表会では、料理が結婚の決め手になったと、うれしそうに話していた。

夫が好きなのは、しょうが焼き。小森はすりおろしたリンゴを入れる作り方も披露している。結婚の喜びを語っているうちに、聞く側が晩ご飯で試せそうな話になる。遠い世界の祝い事なのに、話を聞くうちに身近な食卓が浮かぶ。そんな近さが、小森の話にはある。

結婚の前年にはレシピ本も

料理は、結婚を機に初めて披露した特技ではない。前年の2010年7月には、講談社から『小森純のモトカレ・レシピ』を出していた。恋愛の話と料理を、照れずに同じタイトルへ入れてしまうところも小森らしい。

着こなしやメイクを見せる読者モデルの仕事から、テレビで自分の暮らしを話し、得意な料理を本にする仕事へ。身近な経験を人に楽しんでもらうという点では、よく似ている。結婚の会見でも、喜びの言葉だけでなく、家で試せるしょうが焼きの工夫まで話していたのだった。

結婚の年に刊行されたフォトエッセー『純婚』には、夫との写真や手料理のレシピが収められている。晴れの日の姿と日々の食卓を、同じ本で見せる取り合わせがいい。結婚を特別な一日の出来事にとどめず、その前から続いてきた二人の暮らしまで伝える一冊だった。

モデルとしての装い、テレビでの話しぶり、得意な料理。それまで別々の場で見えていた小森の顔が、結婚という節目で一緒になる。花嫁姿の写真を見たい人にも、レシピを知りたい人にも、近づく入口がある。

着飾っても変わらない話の近さ

そして2011年9月の披露宴へ。ティアラとネックレスの価格に驚かせたあと、小森はイヤリングの値段を自分から明かした。豪華なものを身に着けたからといって、全身を同じ値段の世界にそろえる必要はない。1000円の買い物も、堂々と花嫁の装いの一部になっていた。

あこがれるような華やかさと、まねできそうな親しみが、一人の中にある。テレビで率直に話し、メイクの商品を作り、料理の工夫を披露してきた小森には、その二つを行き来する軽やかさがあった。

高価なティアラの隣にあるイヤリングを、隠さず話してしまう。そんな小さな話のほうが、値札の大きさ以上に、その人をよく伝えることがある。15年前の花嫁姿をいま振り返っても小森らしさが鮮やかなのは、飾った自分の中に、いつもの買い物や台所の話まで残っているからだ。


※記事は執筆時点の情報です

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