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35年前、みんなの声に隠れていた「息づかい」が聞こえた 新人ソロ歌手が歌い切った最初の一曲

  • 2026.9.18
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1992年5月、武道館でのコンサート「CoCo」を卒業した瀬能あづさ(C)SANKEI

歌番組の画面に、そろいの衣装の女の子たちが横一列に並ぶ。ひとりが歌い出すと、次の一節は隣へ渡り、サビで全員の声が重なる。1990年代の入口、アイドルの歌はそういう形で届いていた。

5人組のCoCoも、その並びの中にいた。列の真ん中あたりで、いつも少し伸びやかに歌う声があった。瀬能あづさの声だ。彼女がその列から一歩前へ出て、ひとりでマイクの前に立った歌がある。

瀬能あづさ『もう泣かないで』(作詞:三浦徳子/作曲:羽田一郎)ーー1991年9月4日発売

グループの活動と並行して迎えた、ソロとしての1枚目。派手な話題づくりのない、静かな歌い出しだった。だからこそ、この曲には新人がひとりで歌を引き受けるときの、まっすぐな温度が残っている。

列の真ん中からひとりで前へ出た日

グループの一員でありながら、ひとりの名前で歌を出す。この局面には、ほかのソロデビューにはない緊張がある。すでにファンは彼女の声を知っている。でも、それはいつも4人の声の隣で聴いてきた声だ。

ソロの1枚目で問われるのは、その声が1本で立つかどうかにある。5人で分け合ってきた一節を、頭からサビまで全部ひとりで歌い通す。そこには「まだCoCoの瀬能あづさなのか、もうひとりの歌手なのか」という問いへの、本人の答えが自然と出てしまう。

『もう泣かないで』で聴こえる答えは、どちらも捨てないというものだ。グループの歌で培った、粒のそろった発声の丁寧さはそのまま残っている。一方で、フレーズの終わりを自分の判断で伸ばす、言葉の頭に自分の呼吸で力を置く、そういう「ひとりでしか決められない歌い方」が随所に顔を出す。

グループ時代を知る人ほど、最初の一節で、聴き慣れた声が急に近くなったと感じるはずだ。重なる声の中では隠れていた息の音や語尾のかすれまで届く距離に、その声がある。

歌い手が誰かの隣に立つ歌から、誰かに向かって語る歌へ移る。その変わり目の一歩が、そのまま曲の中に録音されている。この曲を聴くとき、私はまずそこに耳を澄ませたくなる。

熟練の作り手が託した慰めを新人が背負う

ソロの1枚目に用意されたのは、ヒットメーカーが手がけた歌謡ポップスだった。作詞は松田聖子『青い珊瑚礁』などで知られる三浦徳子。作曲は『You were mine』など久保田利伸との共作でも知られる羽田一郎。編曲は光GENJI『パラダイス銀河』を手がけた佐藤準。80年代の歌番組を賑わせた顔ぶれが、新しい声のために一曲を組んでいる。

新人にこの布陣を用意したこと自体が、彼女の声を「歌える声」として扱った証しだ。ここに並ぶ作り手は、歌い手の力量に合わせて曲の負荷を決める人たちだ。曲の器が広ければ広いほど、歌い手に求めるものも大きくなる。

曲名が示すとおり、これは誰かを慰める歌だ。慰めの歌は難しい。やさしく歌えば頼りなくなり、力を込めれば説教に聞こえる。しかも歌っているのは、デビューしたてのソロ歌手だ。人生の先輩として泣く人を諭す立場ではない。

だから彼女は、隣に座る同い年の声で歌う。「もう泣かないで」という言葉を、上から差し出すのではなく、同じ高さから差し出す。サビに向かって旋律が持ち上がるところで、声は張り出すよりも真っすぐ前へ届く。その置き方に、この歌手の資質がよく出ている。

物語の幕引きに寄り添った歌声

この歌が多くの人に届いた場所は、テレビアニメ『らんま1/2 熱闘編』のエンディングテーマとしてだった。にぎやかな物語が終わり、画面が落ち着いたところでこの歌が流れる。慰めの歌がその位置に置かれたことは、とてもふさわしいと感じる。

CoCoのデビュー曲もまた、同じ『らんま1/2』と縁があった。グループとしての最初の歌と、ひとりで歌った最初の歌が、同じ作品の周りで鳴っている。本人が狙ったことではないにせよ、この巡り合わせは、グループの一員であることと、ひとりの歌手であることが地続きだった彼女のデビューそのものを言い当てているように思える。

毎回の幕引きに流れる歌は、聴く人の一日の終わりにも流れる。宿題を残したまま、けんかをしたまま、その日を終える子どもも多かったはずだ。そこへ「もう泣かないで」と、同じ高さの声が届く。作り手が用意した慰めは、放送の最後の数分で、確かに聴く人の慰めになっていた。

ソロの1枚目を語るとき、後の出来事から逆算して意味を足したくなる。でも、この曲はそれをしなくても立っている。列の真ん中で歌っていた人が、初めてひとりで、誰かに向かって歌った。その一歩の声を、いまあらためて最初から聴き直してみたい。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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