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織り手たちの交流と、内燃する意志に触れる──香港、台湾、インドネシアとフィリピンをつなぐ展覧会「織浪者」

  • 2026.5.30
photo: Lin Wen-ling

台北北部に広がる關渡(グァンドゥ)平原。台北から流れる基隆河が淡水河と合流し、左岸の観音山をぐるりと囲むように海へと流れ込む。その合流地帯に広がるのが、700ヘクタール以上あるというこの平原だ。洪水を吸収する緩衝地帯でもあるこの辺りの土地は非常に肥沃で、農地や湿原がモザイク状に広がる。また、近年大幅にその生息数を減らしてはいるが、台湾屈指の水鳥の拠点であり、渡り鳥の経由地でもある。一方で、この台北最後といわれる広大な農業平原は、常に自然保護と開発のせめぎ合いにさらされてもいる。この水や生命の循環と近代文明の衝突を象徴するような平原の縁に建つビルの11階に、鳳甲美術館(Hong-Gah Museum)はある。大きく取られた窓からは平原を見渡すことができ、その向こうに観音山が横たわる。

観音山を望む鳳甲美術館の展示室。窓の外に広がる山並みと呼応するように吊るされた作品は、本稿後半で紹介するチャン・エンマン/ラウス・ドゥラヴィヤンによるインスタレーション《リマからプリマへ》。 photo: Lin Wen-ling

鳳甲美術館は、企業家・邱再興氏の基金会が1999年に立ち上げた。音楽やアートの愛好家で、中国近現代刺繍のコレクターでもある氏は、表に出ることはあまりなく、若手ディレクターに運営を任せてきた。よく知られる活動は、台北ビエンナーレと同時開催していた全8回の台湾国際ビデオアート展(2008~2023年)や、近隣コミュニティや、キタパウ北投社(ケタガラン族の集落)の文化や歴史と関わる活動だ。そんな鳳甲美術館で、現在、香港から台北、ジョクジャカルタへと巡回する展覧会「織浪者:浮遊相聚 Tidal Weavers- Island Exchange」が行われている。規模はそれほど大きくないものの、参加アーティストたちの地に足の着いた交流に基づく作品は、背後の歴史や文化への思考・体験の深さを感じさせる秀作ぞろいだ。

展覧会のアーティスティック・ディレクターは、インドネシアの著名アーティスト・コレクティブ「ルアンルパ」代表のアデ・ダルマワン(Ade Darmawan)。共同キュレーターは、香港のヘリテージ・アーツ・アンド・テキスタイル・センター(CHAT)のディレクターで、今年のヴェネチア・ビエンナーレ日本館の共同キュレーターでもある高橋瑞木と、同アソシエイト・キュレーターのブルース・リー(李勺言, Bruce Li)、台北の鳳甲美術館ディレクターのゾエ・イェ(葉佳蓉, Zoe Yeh)の3人が務めた。展覧会は、インドネシアのテキスタイルが伝統柄だけでなく、オランダによる植民地時代に生まれたものでもあることに気づいたダルマワンのリサーチを起点に構想されたといい、アーティスト・イン・レジデンスを中心に据え、香港・インドネシア・フィリピン・台湾の複数の芸術文化機関を結びつけながら、長期的な協働を展開している。

展示は、テキスタイルと海を介した交流を基軸に、サウンド、織物、写真、映像、インスタレーション、アーカイブ資料、インタラクティブ装置など、既存のテキスタイル・アートの概念を超える作品が多く集められ、決して大きくない展示空間に、生きいきとした流動感を生み出していた。

photo: Lin Wen-ling
上2点、鳳甲美術館でのアデ・ダルマワンによる展示から。 photo: Lin Wen-ling
こちらは、香港のCHATで展覧会が開催された際のダルマワンの作品展示風景。 photo: wong pak hang

会場に入ると、まずアデ・ダルマワンの作品と、展覧会の交流を南シナ海を中心に図解した大きなマップが目に入る。ダルマワンの作品は、バティックなどインドネシアの伝統的なテキスタイルを用いて、人間の移動や人口構成、環境の変化についてのデータを視覚化している。これら非常に現代的である意味無味乾燥な要素を、サンバスやマウメレの織り手たちや、トゥバンの蝋染めのアーティストたちと話し合いながら、それぞれの伝統柄とからめつつ、作品に落とし込んだ。

ヤン・ウェイリンによる展示風景。台上の作品が《インディゴ・マーケット》。 photo: Lin Wen-ling
photo: Lin Wen-ling

テキスタイル・アートの分野で長いキャリアを持ち、2016年にはポルトガルの「コンテキスタイル」(現代テキスタイル・アート・ビエンナーレ)で佳作を受賞した台湾のヤン・ウェイリン(楊偉林, Yang Wei-Lin)は、藍を効果的に用いた旧作と新作の両方を展示している。日本では藍染と言えば、蓼藍を中心としているが、20世紀初頭に合成染料が広まるにつれて、急激に廃れた。台湾でも同様に長い間天然染料としての藍の栽培・利用は途絶えていたが、90年代になり復活した経緯を持つ。台湾で使われるのは温帯で育つ一年草の蓼藍でなく、多年生草本である馬藍(琉球藍と同じもの)である。ヤンは《インディゴ・マーケット》と題したインタラクティヴ・インスタレーションで、この馬藍で卵型のオブジェにスピーカーを仕込んだ。青く染められた石が金箔の貼られた卵のトレーに並べられ、その中にいくつか、糸のついた青い卵が混ざっている。持ち上げて耳に近づけスイッチを入れると、藍に関する人々の記憶や想像についての言葉が聴こえてくるという仕組みになっている。

ヤン・ウェイリンの展示より、《海岸線》。 photo: Lin Wen-ling

また、旧作の《旋》で濃い藍や錆で染められた繊維で緊密な造形性を提示する一方、レジデンス中にさまざまな砂浜で拾ったという海洋廃棄物を壁にかけたインスタレーション《海岸線》では、淡い藍染めやワックスがけなどのささやかな加工を施したモノ同士をゆるやかにつなげ、軽やかでリズミカルな空間をつくり上げている。

photo: Lin Wen-ling

メイタ・メイリタ(Meita Meilita)は、鳳甲美術館のゾエ・イェとともに、台湾の東海岸、花蓮(ホァリェン)のクバラン族集落を訪れ、ここに4週間滞在し、定期的に刺繍のワークショップを行った。政府に認定されている16の台湾原住民族の一つである人口3,000人ほどのクバラン族は、もとは宜蘭(イーラン)県の蘭陽(ランヤン)平原に居住しており、18世紀の漢民族のこの地への移住にともない、そのまま留まって次第に漢化したグループと、南下して花蓮の豊浜で独自の文化を継承したグループとに分かれたとされる。

photo: Lin Wen-ling
上3点、メイタ・メイリタの展示風景から。 photo: Lin Wen-ling

メイリタのワークショップには、10人を超えるクバラン族の女性たちが参加し、ともに作品をつくり上げたという。《Wanai Saiji: 存在の形式》と題されたインスタレーションは、天井から吊り下げられた布に、メイリタが集落で目にしたあらゆる物事──
遠くに聳える山々から、動物や植物、民族衣装を着た人々まで──の記号的な図案や、クバラン語のさまざまな言葉や歌詞の刺繍が施されている。メイリタは、故郷インドネシアの言葉とクバラン族の言葉に発音などの共通項があることを発見したといい、生活に基づく温かみのある文化交流が、作品に生き生きとした生命感を吹き込んでいる。

プレワンガン・スタジオによるインスタレーション風景。 photo: Lin Wen-ling

数多くの伝統的テキスタイルで知られ、11世紀から国際的な交易港として栄えたインドネシア、ジャワ北部のトゥバンからは、オープンで協働的な市民主導のコミュニティ、プレワンガン・スタジオ(Prewangan Studio)が参加している。映像と工業廃棄金属でできた祭壇によるインスタレーション《煙の影の儀式(Pesugihan Dhedhet Kemukus)》は、2024年にトーキョーアーツアンドスペース本郷で発表した作品で、海を介した現代産業についての批判的思索となっている。

イップ・カイ・チャンによるインスタレーション作品《神の衣服(My Deity Wants Me to Wear This)》。 photo: Lin Wen-ling

香港の客家(はっか)に出自を持つイップ・カイ・チャン(葉啟俊, Yip Kai Chun)による《神の衣服(My Deity Wants Me to Wear This)》(2025)は、香港ではもうあまり見かけることがなくなった「跳童」(ちょうどう[神仏や霊が人間の身体に乗り移る現象、またはその憑依状態に入って作法を行う霊媒師])が、インドネシアの西カリマンタンの客家コミュニティに現存することを知ったアーティストが、現地で取材を進めて制作した作品だ。跳童は、お告げに従って、大抵は一人で数人の神の憑依を担うとのことで、それぞれの神は服装や小道具を跳童に細かく指示するのだといい、彼らはそれに従って用意した衣服をまとい、神に扮する。作品は、ポートレイト写真の六つのライトボックス、神の名前が刺繍された表紙の服装と小道具の指示書、にぎやかな祭りの記録映像を合わせたインスタレーションとなっている。

マンディ・マーによる展示から。 photo: Lin Wen-ling

香港からはもう一人、マンディ・マー(馬穎汶, Mandy Ma Wing Man)が、インドネシアのフローレス島で活動するコレクティブ、コムニタス・カヘ(Komunitas KAHE) の協力のもとで長期滞在し、イカットの織り手たちとともに非伝統的アイコンを共同制作し、作品に織り込んだ。

ウィディ・アサリの展示風景から。 photo: Lin Wen-ling

逆に、インドネシアから香港に滞在したのが、ウィディ・アサリ(Widi Asari)で、家事労働者として出稼ぎに来ている同郷のコミュニティと交流し、食品を介した文化交流について作品化した。家事労働者という周縁の人々をテーマに、食べ物という誰にとっても身近なものに注目することで、ふだん表に出てきにくい政治性や社会性に迫っている。

チャン・エンマン/ラウス・ドゥラヴィヤン《パチャヴァルの大洪水》の細部。鏡越しに文字を読むことができる。 photo: Lin Wen-ling

パイワン族にルーツを持ち、国際的に活躍するチャン・エンマン/ラウス・ドゥラヴィヤン(張恩滿、Chang En-Man/Rawus Tjuljaviya)は、インドネシアのスラウェシ島マカッサルのコレクティブ「リアヌワ(Riwanua)」のスペースを拠点に、現地の文化やテキスタイルをリサーチ、ワークショップを開催して、2点の新作を制作した。《パチャヴァルの大洪水》は、パイワン族のパチャヴァル(大鳥)集落の洪水伝説を、布製の巻き軸に赤いクロスステッチで縫い込んだ。わざと残した空白部分には、今後ユネスコの「世界の記憶」に登録され、スラウェシ島が誇る世界最長の叙事詩のひとつ「ラ・ガリゴ」から、水と関わる部分を抜粋し、加えていくことになっている。

チャン・エンマン/ラウス・ドゥラヴィヤンによる展示風景。手形のステンシルを配した作品《リマからプリマへ》の背景の窓からは観音山が見える。 photo: Lin Wen-ling
photo: Lin Wen-ling

もう一点のインスタレーション《リマからプリマへ》は、近年話題のスラウェシ島の洞窟壁画からインスピレーションを得て制作された。この壁画に残された手形のステンシルの制作年代は6万7800年前に遡るとされ、人類の知性や芸術の起源をヨーロッパに求める従来の説を覆す発見として、大きな注目を集めている。ラウスは泥染で手形のステンシルを再現し、軸物にして、展示室の窓から見える観音山の稜線に呼応させた形に吊り下げて展示した。作品は、上述のような学説の地殻変動とクロスしつつ、「リマ」という共通の言葉によって、近隣の島々を緩やかにつなぎ、包摂性を指し示す。

photo: Lin Wen-ling
上2点、アルマ・キントが織り手たちと協働制作した作品の展示風景。 photo: Lin Wen-ling

海を超えた交流は行っていないものの、非常に現代的な問題意識をもって、テキスタイル制作を行ったのが、フィリピンのソーシャリー・エンゲージド・アートの先駆者として知られるアルマ・キント(Alma Quinto)である。キントはこれまで、自然災害や性暴力の被害者との交流を継続的に行い、癒やしをテーマに制作を行ってきた。今回の展示では、彼女がもともと行こうと考えていたフィリピン最南端のスールー州を、高橋瑞木とともに訪れ、滞在制作を行った。

この地域は、テロ組織による誘拐が多発していた過去を持ち、キントは、厳しい環境の中で、素晴らしい作品を生み出してきたタウスグ族の、名もなき織り手たちの仕事に光を当てている。作品は、織り手たちと協働し、コウモリやジャックフルーツ、火・水・土・風の四大元素を幾何学的に表した図柄に、キント自身による刺繍を組み合わせ、彼らのレジリエンスや、相互扶助、ケア、包摂性とともに、この織物の継承の現状と未来への希望について伝えている。

会場では、織り手たちと作家の交流を記録した映像も紹介されている。 photo: Lin Wen-ling

テキスタイルというメディアを用いて政治・社会的なテーマを探究する可能性については、世界的に長い歴史と先行する議論がある。この展覧会は、ときにテキスタイルの境界をはみ出しつつ、寄せては返す海のように異なる引力とバランスを保ちながら、展示をつくり上げていた。特筆すべきは、彼らアーティストやキュレーターたちが、リサーチと交流をとおして互いの文化を尊重し、共通点を探り、知識や体験をシェアしつつ、制作によって新たな知性や集合的ナラティブを提示しようと試みている点である。展示からは、意志の内燃と呼びたくなるような静かで強いエネルギーを感じた。おそらくテキスタイルという、本質的に黙考の時間の積み重ねを必要とする芸術だからこそ、観る者の想像を刺激し、伝わるものがあるのだろう。展示は、6月からジョクジャカルタに巡回することになっている。機会がある方はぜひ足を運んでみてほしい。

「織浪者:浮遊相聚 Tidal Weavers- Island Exchange」(巡回展)

【台湾展】
会期:3/7〜5/31(会期中は、3回のワークショップも開催)
会場:鳳甲美術館(Hong-gah Museum)

【インドネシア展】
会期:6/19〜7/24
会場:エースハウス(Ace House)

※香港展は2025年8〜10月、ヘリテージ・アーツ・アンド・テキスタイル・センター(CHAT)にて開催済。

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