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【第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展】30歳以下の女性キュレーターたちが挑んだウズベキスタン館

  • 2026.5.22
Photo: Kanae Hasegawa

今年61回目を迎えた「ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展」は、開幕を目前にして審査員5人全員が辞任を表明するという異例の事態に見舞われ、開幕前から騒ぎを予感させるものとなった。背景にあったのは、ウクライナ侵攻を続けるロシアの参加を主催者側が認めたことへの抗議だ。その判断は理解できる一方で、国家、政治、表現が複雑に交差するヴェネチア・ビエンナーレにおいて、「アートは政治から独立し得るのか」という問いも、あらためて浮かび上がっている。

非人道的な行為がまかり通る理不尽な世界を反映してか、権力や社会体制を痛烈に揶揄する国の表現が際立つ。そうしたなかで、一服の清涼剤となっているのが中央アジア、ウズベキスタン館の展示だ。

ウズベキスタン館の展示のタイトルは「アラル海(The Aural Sea)」。1960年代のソビエト連邦統治下時代の失策によって、海面が10分の1にまで縮小したアラル海の環境について、5人のキュレーターが選んだアジアを拠点とする7人のアーティストの作品を通して、考えをめぐらせるというものだ。しかしアーティストたちの作品からは、アラル海の惨事に対する悲壮感は見られない。

ズルフィヤ・スポワル 《Beshik(The Cradle)》(2026)。本記事のすべての写真は、第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展、ウズベキスタン館「The Aural Sea」の展示風景より。 Photo: Gerda Studio. Courtesy of the Uzbekistan Art and Culture Development Foundation

たとえばウズベキスタン出身のアーティスト、ズルフィヤ・スポワル(Zulfiya Spowart )は、海を生命のゆりかごと捉え、中央アジア独特の船の形を思わせる木彫りのゆりかご《Beshik(The Cradle)》を展示している。これは母となり産後、育児が暮らしのなかで大きな存在となっていたアーティストの心境を映す作品だ。

Photo: Gerda Studio. Courtesy of the Uzbekistan Art and Culture Development Foundation
上2点、ニュエン・フォン・リン《Qi》(2026)。 Photo: Kanae Hasegawa

ベトナム出身のアーティスト、ニュエン・フォン・リン(Nguyen Phuong Linh)の作品《Qi》は、赤色のポリ塩化ビニルシートが、生き物が大きく呼吸しているように上下するキネティックアートだ。シートの表面にはアラル海周辺の地形の写真がプリントされ、メカニズムによってシートが波打つさまは、心臓の拍動を連想させる。彼女はこれまでにも自然環境や風景が人間の“気”に与える影響を探っていて、その延長として今回のアラル海の生態と呼吸の様子を重ねたようだ。

シン・リウ《The Permanent and the Insatiable: Born to Sea》(2026) Photo: Gerda Studio. Courtesy of the Uzbekistan Art and Culture Development Foundation

一方で、中国出身のシン・リウ(Xin Liu)は、水槽の中に使用済みペットボトルから作った波形をしたプレートとともに、ペットボトルから増殖する酵素を一緒に入れることで、会期中に酵素がペットボトルを浸食していくという装置《The Permanent and the Insatiable: Born to Sea》を展示している。

アユグル・サルセン「Brown, Salt, Aral, Amudarya, Munli Aral and Umitlengen Aral」シリーズの一部。 Photo: Gerda Studio. Courtesy of the Uzbekistan Art and Culture Development Foundation
A.A.Murakami《The Sun Sets in a Shell》(2026)。Mandarin Knitting TechnologyおよびZegna Baruffa Lane Borgosesiaの協力のもと制作。 Photo: Kanae Hasegawa

21歳、最年少のウズベキスタンのアーティスト、アユグル・サルセン(Aygul Sarsen)は、海に人格を与え、神話のような絵画シリーズ「Brown, Salt, Aral, Amudarya, Munli Aral and Umitlengen Aral」を描いている。英国人のアレキサンダー・グローヴスと日本人の村上あずさによるユニットA.A.Murakamiの作品は、高さ約5メートル、幅約10メートルの海のようなスケールの毛織物《The Sun Sets in a Shell》。彼らはこれまでにも、あさりの貝殻に現れる波紋のような模様が、育つ海の環境によって決まることに興味を持ち、その生物学的なパターンを数学的設計図に置き換えた模様をタペストリーに織り込んだ作品を、さまざまな都市で発表してきた。今回、アラル海周辺を探索するなかで、海がなくなり砂地となった土地で「ゼブラガイ」というシマウマのような縞模様を持つ貝殻を発見したという。彼らはその模様から独自の設計図を編み出し、ジャガード織機でタペストリーに変換した。塩害によって9割を失ってしまったアラル海を環境破壊として悲観するのではなく、アーティストたちの多様な表現を通して別の姿を想起させてくれる。

特筆すべきは、5人のキュレーター全員が30歳以下であること。“現代アートのオリンピック”とも称されるヴェネチア・ビエンナーレでは、各国が国を代表するキュレーターとアーティストを擁するなか、ウズベキスタンは若手のキュレーターによる企画でこの世界舞台に臨んだ。5人はウズベキスタン芸術文化開発財団の主導で昨年発足したブハラ・ビエンナーレ・キュラトリアル・スクールの一期生だ。スイス出身のソフィ・真由子・アルニ(1995年生)、ウズベキスタン出身のアジザ・イザモヴァ(1997年生)、同じくウズベキスタン出身のカミラ・ムキディノヴァ(2003年生)、中国出身のニコ・サン(1998年生)、ベトナム出身のタイ・ハ(1996年生)と、いずれも女性。昨年、第1回ブハラ・ビエンナーレのアーティスティック・ディレクターを務めたダイアナ・キャンベルの指導のもと、展示の企画、アーティストの選定を行ったという。

「昨年の夏、ウズベキスタン芸術文化開発財団のインスタグラムで、オープンコールの形でキュラトリアル・スクールへの募集があったんです。条件は30歳以下でアジアを拠点にしていること。それだけ。誰もが応募することができたんです」と日本人の血を引くソフィ・真由子・アルニは言う。過去のキュレーションの経歴などは条件になかった。

この野心的な若手キュレーターの育成プログラムを立ち上げた、ウズベキスタン芸術文化開発財団のプレジデントであるガヤネ・ウメロヴァは、未来を担う世代が文化分野の仕事に就けるような環境を整えることに意を注ぐ。ロンドンで美術の博士号まで収めたウメロヴァだが、自国に戻って現代アートの分野で仕事がなく苦渋を飲む思いをした。昨年、第1回ブハラ・ビエンナーレを開催したのも、ウズベキスタンでアートや文化に関わる仕事を創出することの重要性を何より感じていたからだ。ブハラ・ビエンナーレが成功裏に終わったことで、国際舞台で活躍するキュレーター育成の必要性も感じていた。

「スクールで学んだ5人で展覧会を企画することは決まっていましたが、どこで開催するのかまでは知らされていませんでした。まさか、世界中からその国を代表する展覧会が集まるヴェネチア・ビエンナーレが発表の場となるとは思っていませんでした」と真由子・アルニは言う。

最年少のキュレータ―は23歳。とかく環境問題と聞くと国の指導者や産業の失策を批判するむきが大きいが、若い新鮮なまなざしからは、粗削りであったとしても、環境破壊を創造に変えるしなやかで柔軟なマインドが見られた。そして何よりも、すでに名声のあるキュレーターやアーティストで展示を行う国が多いなかで、若手キュレーターと若手アーティストに学び、訓練の場としてビエンナーレを提供したウズベキスタン政府の余裕に驚かされる。

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