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韓ドラになった歴史人/『恋人』でも悲劇の王子ソヒョンセジャ(昭顕世子)の生涯

  • 2026.6.26

ドラマ『恋人~あの日聞いた花の咲く音~』でキム・ムジュンが演じた昭顕世子は、史実でも朝鮮王朝後期を語るうえで欠かせない重要人物である。

1612年に生まれ、1623年に父・仁祖(インジョ)が朝鮮王朝・第16代王として王位に就くと、王位継承者として世子に冊封された。若くして朝鮮王朝の未来を担う立場となり、妃も迎えて王家の中心に立つ存在となった。

しかし、昭顕世子の人生は、朝鮮王朝を揺るがした大戦乱によって大きく変わっていく。

1636年、後金から国号を改めた清が朝鮮に大軍を率いて侵攻した。いわゆる丙子の乱である。圧倒的な軍事力の前に朝鮮は抗しきれず、父の仁祖は清の皇帝の前で額を地面にこすりつけて降伏を誓うという、朝鮮王朝史上でも屈指の屈辱を味わうことになった。

この敗戦によって、朝鮮は莫大な賠償を課されただけでなく、多くの人質を差し出さなければならなかった。

その中に、仁祖の息子たちも含まれていた。長男の昭顕世子、次男の鳳林大君(ポンリンテグン)、三男の麟坪大君(インピョンテグン)である。幼い麟坪大君はほどなく帰国したが、昭顕世子と鳳林大君はそのまま清にとどめ置かれ、異国での長い人質生活を送ることになった。

そして、この清での経験が、昭顕世子という人物を大きく変えていく。

キャプション

彼はただ屈辱に耐えるだけではなかった。清に流れ込んでくる西洋の知識や技術、書物、器械に強い関心を示し、新しい文明に積極的に目を向けるようになったのである。敗戦国の王子として厳しい境遇に置かれながらも、外の世界に触れたことで視野を広げ、朝鮮もまた変わるべきだと考えるようになったとされる。

こうした昭顕世子の動向は、当然ながら父の仁祖にも伝えられていた。もともと清への憎しみが強かった仁祖にとって、息子が敵国の文化に理解を示し、友好的な姿勢を見せることは到底受け入れがたいものだった。

しかも、清が昭顕世子の力量を高く評価し、将来的に王を交代させるのではないかという噂まで流れるようになる。これが仁祖の猜疑心を少しずつ膨らませていった。

清での長い年月は、昭顕世子に新しい価値観を与えた。しかしその変化は、父である仁祖との間に深い溝を生む原因にもなっていく。異国で未来を見ようとした息子と、屈辱の記憶に縛られ続けた父。2人のすれ違いは、やがて取り返しのつかない悲劇へと進んでいくのである。

文=韓ドラLIFE

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