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歴史の街に、アートが宿る。「コチ=ムジリス・ビエンナーレ」が生まれた理由

  • 2026.5.29

2年に一度、南インドの港町・コチに世界中からアーティストが集まる。現代アートの祭典「コチ=ムジリス・ビエンナーレ」だ。2025年12月から2026年3月にかけて開催された第6回には、街全体を舞台に25カ国以上から66名のアーティストが参加し、110日間にわたって繰り広げられた。会場となるのは、19世紀に建てられた旧スパイス交易の倉庫群や、植民地時代の歴史的建造物。作品は美術館の白い壁の中にあるのではなく、街そのものの中にある。

text: BRUTUS

パンジェリ・アーティスツ・ユニオンによる展示
BRUTUS

街全体が会場になる

Booking.comが発表した「2026年グローバルトレンド旅行先トップ10」にも選ばれている南インドの港町・コチ。世界中の旅行者が集まる理由のひとつが、街に根付いたアート文化だ。

旧市街エリアのフォート・コチを歩くと、ギャラリーやカフェが歴史的建造物の中に自然に入り込んでいることに気がつく。17世紀のオランダ植民地時代の建物を改装したカフェ〈パンダル・カフェ&デリ〉では、壁にアートが飾られ、コーヒーを飲みながら作品と向き合える。〈Lila Art Cafe〉の内壁にも絵画が並ぶ。美術館に行くのではなく、街を歩くことがそのままアートの鑑賞になる。

その延長線上にあるのが、「コチ=ムジリス・ビエンナーレ」だ。2012年に始まったこの祭典は、インド初の国際的な現代アートの祭典として知られる。メイン会場のひとつ、アスピンウォールハウスは19世紀に建てられた旧スパイス交易の倉庫群を改装した空間で、植民地時代の建築がそのまま現代アートの舞台になっている。

第6回となる今回のテーマは「For the time being(「当面の間」の意)」。キュレーターはゴア出身のパフォーマンス・アーティスト、ニキル・チョプラさんだ。今回のビエンナーレでとくに特徴的なのは、アーティストと場所の関係だ。作品の多くが、コチという街の歴史や文化に根ざして作られている。

〈Lila Art Cafe〉の内観
〈Lila Art Cafe〉の内観。壁に作品が並び、食事をしながらアートと向き合える。
アスピンウォールハウス外観
アスピンウォールハウス外観。19世紀に建てられた旧スパイス交易の倉庫群がビエンナーレのメイン会場となっている。
参加アーティストの名前が並ぶビエンナーレの入口看板
参加アーティストの名前が並ぶビエンナーレの入り口看板。第6回には25カ国以上から66名が参加した。

インドのムンバイ出身のビラージ・ドディヤによる「DOOM ORGAN」は、医療用ストレッチャーや解剖台を連想させる金属製のパネル、絵画、写真を組み合わせたインスタレーションだ。中央に置かれたストレッチャーの上方には、古びた木材のバスケットボールのゴールが掛かる。スポーツと医療、日常と喪失が同じ空間に並置されている。

ケーララ州マラッパッタム出身のR・B・シャジットは、マラバール地方の農村風景を描いた絵画シリーズ「Wiping Out」を展示した。消えゆく生態系や気候変動によって失われつつある風景への記憶を表現する。アレカヤシの木、孔雀、虎が複数の作品に登場し、生態系の変化を静かに記録する。

アッサム出身のディラジ・ラバによる「The Quiet Weight of Shadows」は、幼少期をULFA(アッサム統一解放戦線)の拘留キャンプで過ごした自身の体験を起点にした作品だ。食虫植物を思わせる大型の立体造形がブラックライトに照らされ、来場者がその中を歩くことができる。

ビラージ・ドディヤによる「DOOM ORGAN」
ビラージ・ドディヤによる「DOOM ORGAN」。コチの港が経験してきた洪水や喪失の記憶と向き合うインスタレーションだ。
R・B・シャジットの「Wiping Out」シリーズ
R・B・シャジットの「Wiping Out」シリーズ。気候変動によって失われつつあるマラバール地方の農村風景を描く。
パンジェリ・アーティスツ・ユニオンによる展示
ディラジ・ラバによる「The Quiet Weight of Shadows」。アッサムでの政治的拘留体験を起点にしたインスタレーション。

コチでビエンナーレが生まれ根付いた理由は、街の成り立ちと無関係ではない。15世紀から続く交易の歴史の中で、ポルトガル、オランダ、イギリス、中国、ユダヤ人コミュニティなど、異なる文化や人々がこの街に流れ込み、重なり合ってきた。その歴史が、今もフォート・コチの街並みに、マッタンチェリー地区の路地に、倉庫跡の展示空間に残っている。

異質なものが出会い、交ざり合うことに慣れてきた街に、ビエンナーレは生まれた。回を重ねるごとに国際的な存在感を増し、今や世界中からアーティストが集まる祭典になっている。次回は2027年の開催が予定されている。

毎週更新されるビエンナーレのウィークリースケジュール
毎週更新されるビエンナーレのウィークリースケジュール。展示だけでなく、ワークショップ、映画上映、壁画制作など、街のあちこちで毎日プログラムが開催された。
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