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アメリカを動かす「華麗なる一族」とは?8つの名家の歴史をひも解く

  • 2026.5.12
Bettmann / Getty Images

何世代にもわたって受け継がれてきた伝統的なファミリーネームは、おそらく私たちが想像する以上に数多く存在します。「名字」が一般的なものになり、正式に使用されるようになるよりもはるか前から、それらは人々の日々の暮らしのなかで自然に生まれていました。「Blacksmith(鍛冶屋)」や「Cobbler(靴職人)」など、職業や肩書きにちなんだ名前がその例です。

やがて世の中には、勇敢さや革新性、富、政治的な影響力などによって、歴史にその名を残す家族が現れ始めました。金融帝国を築いたロスチャイルド家から、アメリカ政治に多大な影響力を持ったケネディ家、現代のポップカルチャーにおいて常に関心を集め続けるカーダシアン&ジェンナー家まで、世界的に知られるそうした一族の名字は、権力や野心、代々受け継がれていくものの代名詞になっています。

アメリカでつながれてきた、栄光と悲劇、尽きることのないドラマに満ちた8つの“華麗なる一族”の歴史をひも解きます。

From Good Housekeeping US

Topical Press Agency / Getty Images

アスター家

北欧の古い言語で「雷神」の意味を持つ「アスター」の名は、歴史的にも大きな意味を持ち、多くの人々に深い畏敬の念を呼び起こすものだとされています。そして、その名はまさに、富の代名詞でもあります。

また、NYにウォルドーフ・アストリア・ホテルを建設したことで知られるジョン・ジェイコブ・アスター4世は、沈没したタイタニック号の乗客のひとりとしても、歴史にその名を刻んでいます。

Print Collector / Getty Images

ロックフェラー家

NYにあるロックフェラー・センターは、毎年冬になると登場する華やかなクリスマスツリーや、アイススケートリンク、ショッピングモールなどで知られています。

この複合施設の名称は、主に石油関連のビジネスで財を成し、(ドル建てで)世界初の「ビリオネア(資産10億ドル以上の富豪)」になったことでも知られるジョン・D・ロックフェラー・シニア(右)にちなんだもので、息子のジョン・D・ロックフェラー・ジュニアが大恐慌時代に私財を投じて建設を主導しました。

ロックフェラー家の人々は、政治をはじめさまざまな分野に活動の場を広げました。たとえば、ジョンの妻ローラ・スペルマン・ロックフェラー(左)は元教師であり、彼女と一家の多額の寄付により、ジョージア州アトランタにある私立女子大学、スペルマン・カレッジを資金難から救済しています。また、ジョンとローラの娘イーディスは、実業家サイラス・マコーミックの息子、ハロルドと結婚しています。サイラスは、馬に引かせる刈取機を考案した発明家でもあります。

Leila Grossman / Getty Images

デュポン家

フランス語で「橋の近くの人」を意味するデュポンは、フランスではよくある名字のひとつ。アメリカでは、最も裕福な一族の名のひとつです。

デュポン家は、フランス革命の混乱から逃れるために亡命したエルテール・イレネーが1802年に始めた火薬製造事業とその成功によって、財を成しました。ナイロンやケブラーといった化学繊維を開発したデュポン社は現在、化学製品を幅広く手掛ける巨大メーカーとなっています。

Laura Cavanaugh / Getty Images

ヴァンダービルト家

オランダに起源を持つヴァンダービルト家の名は、アメリカの富と深く結びついています。なかでもコーネリアス・ヴァンダービルトは、船舶や鉄道事業を拡大し、多大な影響力を持つ実業家となりました。

コーネリアスの名前に聞き覚えがないという人も、その玄孫(やしゃご)でデザイナーのグロリア・ヴァンダービルト(右)、さらにその息子で著名ジャーナリストのアンダーソン・クーパー(左)の名前は、聞いたことがあるかもしれません。

John F. Kennedy Library / Getty Images

ケネディ家

実業家から政治家になったジョセフ・P・ケネディ・シニアから代々、その名を広く知られるケネディ家。次男で第35代アメリカ大統領のジョン・F・ケネディ(写真中央)と、司法長官になった三男ロバートの暗殺など、一家を見舞ってきた数々の悲劇的な事件や事故は、「ケネディ家の呪い」とも呼ばれています。

自動車や飛行機の事故で家族が死亡しているほか、ジョンの1歳違いの妹で長女のローズマリーは、父の指示によって(精神疾患の治療を目的とする)ロボトミー手術を受けさせられ、生涯を障がい者施設で過ごすことになりました。

ただ、こうした数々の悲劇的な出来事のいっぽうで、ケネディ家は前向きな社会貢献でも知られています。例えば三女のユーニスは、ユーニス・ケネディ・シュライバー国立小児保健人間開発研究所(NICHD)を設立したほか、知的障がいのある子どもたちを招き、自宅の庭で開催した「キャンプ・シュライバー」をきっかけに、スペシャルオリンピックスを創設しています。

Library of Congress / Getty Images

カーダシアン家

「名声が高い」という意味で言えば、カーダシアン家をこのリストに含めるのは自然なことだといえるでしょう。すでに複数の世代にわたり、エンターテインメントの世界で他に類を見ない、確固たる地位を築き上げています。

カーダシアン家の名が知られるようになったのは、多くの人がリアリティ番組『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』シリーズに釘付けになるよりもずっと前のことでした。当時すでに成功を収めていた弁護士のロバート・カーダシアン・シニアは、1995年に始まり、広く世間の関心を集めた殺人事件の裁判で、被告だった元NFLのスター選手、O・J・シンプソンの弁護団の一員として、重要な役割を果たしました。

なお、ロバートは当時客室乗務員だったクリス・ジェンナー(当時はクリスティン・メアリー・ホートン)と1978年に結婚、1989年に離婚しています。ロバートとクリスの娘であるキム・カーダシアンや、クリスが再婚相手のケイトリン・ジェンナー(当時はブルース・ジェンナー)との間にもうけたカイリー・ジェンナーなど、実業家やモデル、タレントなどとして活躍するカーダシアン&ジェンナー家は、今や全米一の人気を誇るセレブ一家と言っても過言ではないでしょう。

Library of Congress / Getty Images

ルース家

今日のアメリカのジャーナリズムを形づくったのは、実業界の大物だった中国生まれのアメリカ人、ヘンリー・ルース(左)だとされています。『タイム』『フォーチュン』『ライフ』『ハウス&ホーム』『スポーツ・イラストレイテッド』などの雑誌を自ら、または共同で創刊しました。

また、ヘンリーの妻のクレア・ブース・ルース(右)は、作家で編集者、劇作家でもありました。最もよく知られている彼女の戯曲、『ザ・ウィメン』は、キャストをすべて女性としたことなどで好評を得ました。

そのほか政治にも関心が深かったクレアは、連邦下院議員(コネチカット州選出)も務めています。第2次世界大戦中には、ジャーナリストとしてヨーロッパに滞在。ひとりの女性としての視点から当時の状況をまとめて発表し、高く評価されました。

Hulton Archive / Getty Images

ロスチャイルド家

ロスチャイルド家の基礎を築いたのは、ドイツのフランクフルトにあったヨーロッパ最大規模のユダヤ人隔離居住区、「ゲットー」で1744年に生まれた、マイアー・アムシェル・ロートシルトです。

その名の由来は、両替商を営んでいた家に掲げていた「赤い(ロート)標識(シルト)」、ドイツ語の「zum roten Schild(ツム・ローテン・シルト)」です。それが、「ロートシルト(Rothschild、英語読みでロスチャイルド)」という名字になりました。

古銭や高級品を販売していたマイアー・アムシェルは、子どもたちのうち息子5人をヨーロッパ各地の大都市に送り出し、商売をさせました。やがて銀行業に乗り出した一家は、そのビジネスを現代的、国際的なものに拡大。投資や慈善活動に積極的なことでも広く知られるようになりました。

ロスチャイルド家について特に興味深いのは、一族内での婚姻を続けるという方法で、代々その富を受け継いできたことです。当時は裕福な家族が社会的・経済的な地位を維持するため、そうした“戦略”をとるのが一般的なことでした。一族の繁栄を永続的なものにするため、マイアーはその継続を「遺言で指示した」とされています。

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