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なぜ、お金を描くのか。現代美術家・青山悟が、工業用ミシンを使った刺繍作品で伝えたいこと

  • 2026.5.27

旧式の業務用足踏みミシンを駆使し、細密な刺繍で作品を生み出すアーティスト、青山悟。産業革命以降の工業化社会を象徴するミシンという技法を通して、資本主義や労働問題に批評的な眼差しを注いできた青山のスタジオを訪ね、「お金」をめぐる彼の視点に迫る。

photo: Ayumi Yamamoto / text: Chie Sumiyoshi

現代美術家・青山悟 刺繍作品の制作風景
BRUTUS

工業用ミシンを使った刺繍作品で伝えたいこと

1994年、青山悟は、ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジのテキスタイルアート科に進学した。歴史的に女性の手仕事に支えられてきたテキスタイルアート界隈は、学生の9割以上が女性、多くの教師たちがフェミニストであることを矜持(きょうじ)としていたという。

「大学に入学していきなりフェミニズムアート文脈のジェンダースタディから美術を学び始めました。女性が家庭の中で担ってきて金銭化されなかった手工芸という労働は、ウィリアム・モリスらのアーツ・アンド・クラフツ運動による再評価を経て、産業革命を契機に工業化していきます。手仕事に代わって大量生産を実現したミシンはその象徴です。“資本主義とは終わりのない、欠陥のあるシステムである”と言われるように、現代の大量消費社会にも繋がるテーマです」と青山は語る。

現代美術家・青山悟「Faceless Labourers」
「Faceless Labourers」2019年。工場労働者がミシンで生産するフラッグは、青山自身の労働とリサーチと休息に使われる時間配分を表明。近代以降の8時間の労働基準は人間に自由を与えるのか? 撮影:宮島径 ©AOYAMA Satoru Courtesy of Mizuma Art Gallery
現代美術家・青山悟「Just a Piece of Fabric」
「Just a Piece of Fabric」2022年。刺繍の1万円札、制作記録を再生するモニター、タイムカードを格納したジュラルミンケース。最低賃金と制作時間から算出した変動価格で販売され労働の対価を問う。©AOYAMA Satoru Courtesy of Mizuma Art Gallery

刺繍という制作時間のかかる表現手法をあえて選び、作家活動を開始した青山はやがてプチバブル的活況を見せていたアートマーケットに直面する。当時すでに市場の動きはスピーディで、彼の制作スタイルはその資本主義的なエコシステムに適応するものとは思えなかったという。

「グローバル市場主導の量産システムは、スター作家を生む一方で、若いうちに急激に価格が上がりはしごを外されれば、作家のキャリアを危うくするリスクもある。英国ではブレア政権のニューレイバー政策や価値の多様化が追い風になって、手工芸の技法を取り入れてアンチを提示する作家も現れました。とはいえ欧米の白人男性中心の美術業界が築いてきた美術史の文脈と資本主義のゲームから脱却するための、“オルタナティブな言語”を獲得することは難しかった」と振り返る。

その後、シカゴ美術館付属美術大学大学院に入学した彼は、経済格差が苛烈なこの町で「資本主義や労働という単語と自分の創作テーマが自然に繋がった」という。

「人種差別と格差社会が根深く、社会的弱者は“見えざる者”でした。日本円が強く、海外に来る日本人は富裕層と思われた頃で、ある日路上でギャングの強盗に遭ったんです。現金をほとんど持ってなくて10ドル札を1枚差し出すと、彼はアイムソーリーと泣きながら後ずさっていきました。3日後にまた同じやつが脅してきたんですけどね(笑)」

アーティストが追い求める“オルタナティブな言語”

芸術や労働をめぐる価値の転換が起こった時代、海外で学んだ経験はその後の青山の創作に多大な影響をもたらした。2024年に目黒区美術館で開催された個展では、さまざまなアプローチで資本主義と労働に光を当てた作品が、時代とともに社会から「消えゆくもの」の価値を問いかけた。

スタジオの向かいの町工場の前に落ちていたたばこの吸い殻をかたどった作品は、「コロナ禍で経営難を嘆いていた工場主が、ある朝突然立ち退いていた後に残されていた吸い殻」を基にしている。資本主義を象徴する紙幣や偶然拾ったレシートなど、エフェメラルな紙切れが消費社会を反映する作品群は、青山の作品世界の中でもひときわ鮮烈で、心に引っかかる。

「“見えざる者”に光を当てて、そこに浮かび上がる記憶を残したいものだけ、それを共有できる人のために作りたい。自分の作品は、時間を止める装置だと思っています」

現代美術家・青山悟「1年後のレシート(The Garden最後の日)」
「1年後のレシート(The Garden最後の日)」2025年。1年前に閉店したスーパーのレシートの刺繍。紙の日焼けや消えかかった文字も忠実に再現。ミシンは消えゆくものを永遠に記録・記憶する。撮影:宮島径 ©AOYAMA Satoru Courtesy of Mizuma Art Gallery

グローバルなアートマーケットでは作品の価値は常に揺れ動いている。投資対象にもなり得る価値の高い作品がオークションや二次流通の市場で巧妙に転売され、価格は高騰し続ける。資本主義のシステムの渦中にある以上、作家もまたその浮き沈みに翻弄されることは避けられない。特に、アーティストとお金の関係性は一般に理解されにくい問題の一つだ。

「生活を営む労働者として、作家にとってもお金は人生と切り離せないものです。作品を販売して得たお金をどう使うか。次の作品のリサーチや素材に投資したいに決まっています。だからこそオークションでなく作家に還元される一次市場で購入してほしいし、美術館の収蔵作品の購入予算も見直してほしい。アートの価値はマーケットが決めるものではないと思っています。作品を所有することで、作家と時代を共有し、自身のビジョンを表明したいと考えるコレクターもいるからです。同時代のアートシーンを作家と共に純粋に楽しんでもらいたい」

青山悟がミシンという工業機械で作り出す刺繍作品は、そのプロセス自体と丁寧に選ばれたモチーフが、「アート」と「労働」とその「価値」の現在地を立ち上がらせている。欠陥だらけのポンコツ感をついにあらわにし始めた資本主義は終わらないだろう。だがアーティストは“オルタナティブな言語”の実現を求めて作り続ける。

現代美術家・青山悟 刺繍作品の制作風景
目下制作中の作品は某コレクターの依頼によるコミッションワークのシリーズ。1989年、バブル崩壊の引き金となった金融引き締めの年に初めて本格的にライトアップした東京タワーの姿を描いたもの。

profile

現代美術家・青山悟
BRUTUS

青山 悟(現代美術家)

あおやま・さとる/1973年東京都生まれ。主な個展に『青山悟 刺繍少年フォーエバー』(目黒区美術館、2024年)、グループ展に『セカイノコトワリ―私たちの時代の美術』(京都国立近代美術館、25年)など。

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