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「偉いね!ありがとうパパ!」たった1回家事を手伝っただけで大歓声。365日こなし続ける私へ誰も言わない日常

  • 2026.5.24
「偉いね!ありがとうパパ!」たった1回家事を手伝っただけで大歓声。365日こなし続ける私へ誰も言わない日常

誰も気づかない「名前のない家事」

使い終わったトイレットペーパーの芯を取り替える。洗剤が空になったら詰め替える。玄関に脱ぎっぱなしの靴があれば揃える。

どれも数秒で終わる作業だ。

でも、誰かがやらなければ溜まっていく。

気づいた人間がやるしかない。そして我が家では、その「気づく人間」がいつも私だ。

こういう「名前のない家事」が、毎日エンドレスに続く。

夫も子どもたちも、それが動いていることすら気づいていないかもしれない。

感謝を求めてやっているわけではない。家族が快適に過ごせるなら、それでいい。

そう思っていた。

でも、ある日の夕方に台所で手を止めた出来事が、ずっと胸の中に引っかかっている。

夫が珍しく、夕食後の食器洗いを手伝ってくれた。

いつもはそのまま居間に戻るのに、その日は「やるよ」と立ち上がった。10分ほどの作業だった。

子供の褒め言葉への違和感

「パパすごい!」

上の子が台所に飛んできて声を上げた。

下の子も「偉いね!ありがとうパパ!」と続いた。

夫は少し照れながら笑っていた。和やかな光景だった。

(私は毎日やっているのに、誰も何も言わない)

悪い気はしない。でも、その声を聞きながら、私の中に静かなモヤモヤが広がっていった。

夜のゴミ捨て、洗濯物の取り込み、翌日の食材確認、詰め替えの補充。

誰かが気づく前に、毎日黙ってこなしてきた。お礼の言葉は一度もない。「当たり前」として空気に溶けている。

夫を責めたいわけではない。子どもたちが悪いわけでもない。家族を大切に思っているから動いてきた。それは変わらない。ただ、この家には「お母さんはやって当たり前」という見えない前提があって、その前提の中で私だけが毎日動き続けている。

感謝が欲しいわけでもない。「ありがとう」の一言よりも、「気づいていたよ」という目線が、時々恋しくなるのだ。積み重ねを誰かが見ていてほしい。ただそれだけのことが、静かなモヤモヤになって続いている。

翌朝もトイレットペーパーの芯を交換した。洗剤の残量を確認した。靴を揃えた。誰も何も言わなかった。その日もずっとそういう日だった。

「パパすごい!」という歓声がまた聞こえるたびに、この静かなモヤモヤはまた戻ってくる。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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