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エルメスのジュエリーを手がけるピエール・アルディが語る、デザインすることの喜び

  • 2026.5.16
©Matthias Leidinger

ある時はモダンで、ある時はエレガント、そしてまたある時は独特の重厚感をまとうエルメスのジュエリーコレクション。それは長年にわたって多くの人を魅了し、一生をともにしたいジュエリーとしての圧倒的な地位を確立している。その裏には、多才なクリエイティブ・ディレクター、ピエール・アルディがいる。

3月、エルメスのジュエリーデザインにおいてのひとつの特徴である「ドゥブルトゥール(二重巻き)」をフィーチャーしたジュエリーの展覧会が開催された。ちょうどそのタイミングで来日していたアルディに、「ドゥブルトゥール」の真髄やエルメスでのデザイン哲学、彼のデザインの仕事について話を聞いた。

ネックレス「フィネス」 ©Matthias Leidinger

ひと巻き目は必要不可欠な機能、ふた巻き目は自分へのギフト

エルメスを象徴する「ドゥブルトゥール」は、1998年、当時レディースのプレタポルテ部門のクリエイティブ・ディレクターを務めていたマルタン・マルジェラによって考案された。ウォッチ「ケープコッド」のレザーストラップを二重にしたことから始まったこの概念について、アルディは身につける人だけが知ることのできる、ギフトのような意味合いを秘めていると話す。

「『ドゥブルトゥール』はひと巻きで済むところを、あえてもう一回巻きます。必要ではないけれどもう一度巻く。そのワンモアの動作がいわば自分へのギフト。身につける人だけが感じることのできる、自分のためのラグジュアリーなのです。さらに二重に巻くことは、機能をより確実なものにします。機能の追求が、結果として贅沢な装飾へと昇華される。この逆説的なおもしろさこそが『ドゥブルトゥール』の真髄なのです」

イヤリング「クレッシェンド」 ©Matthias Leidinger

アルディがエルメスでジュエリーをデザインする上で心がけているのは“軽やかさを保つこと”だといい、巻くことによって生まれる「ドゥブルトゥール」もそんな軽やかな動作のなかで自然に形作られるデザインとなっている。彼はデザインの仕事をする前に、ダンサーとして活躍していた過去があるが、デザインする上で身体の動きも常に考慮しているのだろうか。

「常に注意深く気にかけているわけではありませんが、ジュエリーデザインにおいてそれは不可欠なことだと思います。ジュエリーは小さなものですが、身につける人の身体に沿い、動きに寄り添うものですから。たとえば、サイズ感や重さにおいて、『このジュエリーは人間の身体に寄り添うことが可能なのか』ということはとても大事なポイントですね。そういった意味では、ジュエリーは常に身につける人の生き方とともにあると思っています」

ブレスレット「ケリー・ガヴロッシュ」 ©Matthias Leidinger

さらに、「ドゥブルトゥール」のような表情豊かなクリエイションを生み出すには、本質を追求していくことが重要だと話す。

「ジュエリーは必要不可欠な道具ではないからこそ、デザインにおいて『必要のないものをそぎ落とすこと』が重要になります。それは、多くの花のなかから数本を選び抜き、その本質を際立たせる生け花のプロセスに似ていると思っています。私が生け花を正しく理解できていればの話ですが(笑)、そぎ落とした先に残る純粋で澄んだフォルムこそが、私の目指す本質なのです」

ブレスレット「ケリー・マイユ」 ©Matthias Leidinger

かたちを変えて紡がれる、エルメスの物語

現在、アルディはエルメスでジュエリー部門のほか、ウィメンズとメンズのシューズデザイン、さらにビューティ部門のオブジェ(パッケージ)のデザインも担当している。カテゴリーの枠を超えたさまざまなプロダクトを手がけていくなかで、アイテムによってデザインの手法に違いはあるのか尋ねてみた。

「どのアイテムを扱うときも、私に与えられた課題は同じだと思っています。そのアイテムを通して、どのようにエルメスを語るか。私にとってデザインとは、エルメスの哲学をそれぞれのアイテムに合わせた言語へと翻訳する作業なのです。ただそれぞれのアイテムが持つ背景にある歴史やストーリーは異なりますので、そういった部分の違いはありますね。たとえば、ビューティ部門に関してはまだ歴史が浅いので、どういった言語を与えていこうか考えるのです。対して、ジュエリーはエルメスだけにかぎらず、とても長い歴史を持つもの。そういったものを語るときには、今度は現代的な言語を加えていきます。使う言葉は違えど、語っている物語は常にひとつなのです」

ネックレス「クレッシェンド」 ©Matthias Leidinger

絶え間なくアイデアを生み出し続けることについて聞くと、アルディはその返答に少し迷いを見せながらもこう答える。

「私の人生、もうそのことばかり。それしか考えていないので(笑)。ただひとつ言えるのは、常に探しているというのはあると思います。アイデアというのは、あるときポンと降りてくるようなものではないんですよね。見たことや前回やってみたことに対して、『今度はこうしてみたらどうなるだろう?』と思考をくり返すことで生まれてくるものなのです」

デザインの原動力と喜びが結び付く瞬間

美術学校で教鞭をとり、雑誌でのイラストレーター、そしてアートディレクターとしても活躍していたアルディ。1999年からは、自身の名を冠したブランドも展開している。長い間クリエイティブな世界に身を置き、そのセンスと才能をプロダクトに宿し続けるなかで、もっとも好きな瞬間はふたつあるという。

「ひとつは、アイデアが生まれたての瞬間。なにか浮かんで、そのアイデアにフォルムを与えて視覚化していく瞬間は、『うまくいきそうだな』という感触が出てきて、とてもうれしい瞬間なのです。もうひとつはアイテムが完成したときですね。『うまくいったんだ』と、自分自身のアイデアを確かめることができる。そしてそれを使ってくださっている、身につけてくださっている方を見ると、その人の人生に関わることができたという大きな喜びになります。私の原動力は、『人々の生活や生き方をより美しく、より快適にしたい』という願いなのです」

ネックレス、カフ「シェーヌ・ダンクル・ナイアド」 ©Matthias Leidinger

デザインの話をする時のワクワクしたような表情からは、彼の日常が好奇心と喜びに満ちていることが伝わってくる。輝くダイヤモンドも、上質な革の香りも、すべてがアルディの創造をかき立てる。彼の自由な発想が、これからどんなかたちでエルメスの物語を更新していくのか。その先に、まだ見ぬ景色が広がっている。

©Matthieu Raffard

ピエール・アルディ:エルメスのシューズ&ジュエリー部門クリエイティブ・ディレクター。エルメス・ビューティのオブジェやアクセサリーのデザインも手がける。芸術学校で教壇に立った経験やイラストレーターとしてのキャリアも持つ。

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