1. トップ
  2. エンタメ
  3. 「テレビの仕事に逃げていた」久本雅美(67)が過密スケジュールの裏で抱えていた〈苦悩〉舞台に戻り続ける本当の理由

「テレビの仕事に逃げていた」久本雅美(67)が過密スケジュールの裏で抱えていた〈苦悩〉舞台に戻り続ける本当の理由

  • 2026.5.12
久本雅美さん。

「誰だこの汚い女は」「下品な女をテレビに出すな」etc.……。時に下ネタも辞さない久本雅美の芸風は、世間の激しいバッシングに遭いながら、しかし一方でテレビで見ない日はない勢いでバラエティを席巻していった。忙しくなればなるほど、稽古から遠ざかっていく日々。そんな久本雅美を再び舞台へ帰らせたのも、やはり「舞台」だった。芸歴45年は「まだまだ通過点」と話す彼女を突き動かし続ける「原動力」について聞いた。


久本雅美さん。

――テレビの仕事が忙しくなって、ホームである「舞台」との関わりも変わってきましたか?

久本 そうですね。忙しくなると、当然ですが稽古に行く時間もなくなってきました。うちの劇団(ワハハ本舗)は自分で台本を考えなきゃいけないんです。自分でアイデアを出して作り上げていかなきゃいけない。

もちろん喰始(たべ はじめ。『ワハハ本舗』主宰)が全体的なアイデアを出すんですけど、私とか柴田(理恵)さんなんかは「何やりたい? どんなことやりたい?」「じゃあこうやってみよう」と意見を出しながら、最終的に喰さんが「あ、それはいいね」とか「こうしたら?」と詰めていく。そういう時間もだんだんなくなってきちゃった。

もちろん劇団ですからダンスもあれば全員でのパフォーマンスもある。なかなか自分がそこに100%の稽古時間を捧げられなくて、初日になっても「もうちょっとここをこうしなきゃいけないのに……」と自分の中で納得できないことも増えてきたんですね。

――なるほど……。

久本 やっぱり「マチャミはテレビも面白いけど舞台も面白いね」って言われたいじゃないですか。それなのに今の自分の舞台は、全然足りてないな。だったら現状ありがたいことにテレビからお仕事いただけてるから、こっちに専念しようかな。テレビって結局「旬」だから、また新しい人たちが次々にくるから、絶対に落ち着く時がくると。その落ち着いた時にまた舞台に戻れればいいやって。

それで「しばらく舞台を休もうかな」と思っていた時に、たまたま若手の公演があったんです。仕事が早く終わったので、それを観に行ったんですよ。

そこは80人で満杯くらいの小さい劇場で、でも若手は本当に全力で笑わせようとしていました。不器用なんだけど、一生懸命頑張って、汗を流して。その姿を2階から見ていたんですけど、感動しちゃって。涙が止まらなくなった。

「ああ、そうだよな」って。私が東京に出てきたのは、笑いの舞台がやりたかったからだった。それを忘れてたじゃんって。舞台に100%注げないことを忙しいからって言い訳して、テレビのほうに逃げていたなと気づきました。その瞬間に「もう両方やろう」「テレビも舞台も」と決めました。

その若手の舞台が終わってから楽屋に行って「めちゃくちゃ良かったよ!」って言ったら、演出家の喰始が言ったんです。「みんな~久本帰ってきたよ~」って。

――おお!

久本 誰にも何も言ってなかったのに、私の気持ちが揺れてること、気づいてたんですね。その時から、どんなことがあっても私は舞台とテレビの両輪でやっていこうと決めました。それがターニングポイントではありましたね。

テレビをやったからこそわかった“面白さ”

久本雅美さん。

――久本さんの人生の転換期には、必ず舞台があるんですね。

久本 そうかもしれない。やっぱり若い時ってテレビに出たら嬉しいし楽しい。でも舞台って稽古してなんぼじゃないですか。一方でテレビは瞬発力、使うエネルギーが違うんですよね。その面白さもあるし、色々な人とも出会えるし、一時期そういった魅力にも取り憑かれちゃったんですよね。

でも稽古して稽古して、これが正解か不正解かっていうのを生のお客さんの前でバーっと見せて「良かった」「いや違う」「もっとできるだろう」っていう、その持続力と緊張感。それも面白いっていうことがわかった。これはテレビをやったからこそわかったんだと思うんですよね。これどっちかだけだったらわからなかったと思うんです。

――なぜ久本さんがテレビの一線で活躍しながら舞台に出続けていたのか、その謎が少しとけた気がします……。

久本 よく言われましたよ。先輩に「お前まだ舞台やってんの?」「えらいなぁ」って。今だいぶ仕事も落ち着いてきて、こうやって他劇団の方々からもオファーいただけるようになって、本当にありがたいことだなと思います。だって、歳を取れば取るほどやっぱ舞台面白いなってつくづく思うんですよ。

――歳を取れば取るほど舞台は面白い。

久本 「年齢を経れば経るほど」と言ったほうがいいかもしれませんね。舞台の魅力って深くて、「ああでもないこうでもない」と作り上げていく時のエネルギーが、地獄のような苦しみなんですよ(笑)。「産みの苦しみ」だから。「ああなんて体に悪いことやってるんだ」ってよく思いますもん。寝ていても「あそこもうちょっと面白くできないかな」とかハッて起きちゃうし、「あれは絶対面白い、やっぱりやってみよう」と1人でニヤけたり。

――ずっと頭の片隅にあるんですね。

久本 テレビの仕事でもありますよ。「あの時のあの司会、もっとこうできたよな」とかね。やっぱりずっと考えてる。でもその考えることが、しんどいけど面白い。

特に舞台だと、自分が思ったことをやって、お客さんが生の声で笑ってくださったら、ガッツポーズですよ。日によって反応は違うんですけど、その生の醍醐味は舞台ならではですよね。正解不正解が生でわかる。

それに、年齢を重ねると体の動きも変わってきます。「これは怪我するな」「1カ月の間これはできないな」と思ったら、「じゃあこういうやり方で動いてみよう」とか「こういうやり方で場面を書いてみよう」とか今までとは違うアイデアが出てくるし。やればやるほど面白いんですよね。

――今の自分ができることに向き合っていくと。

久本 そう、今の自分と真正面から向き合うんですね。今の自分でできることを考えていく。若い時は無茶をしても翌日ちょっと痛い程度だったのが、今バーンと飛んだら2週間入院ですから(笑)。健康あっての舞台ですので。でもそれを含めて、今の自分と付き合っていくのが面白い。やっぱり舞台が好きですからね。

辞めたらどうなるんだろうって頭によぎる

久本雅美さん。

――ずっと「好き」を貫いてらっしゃるのも素晴らしいですよね。

久本 でも悩む時もありますよ。もう仕事を辞めて、ゆっくりしたいなと思う時もあります。辞めたらどうなるんだろうって頭によぎる。でも私、これしかやってこなかったので、今社会に出て通用するのかっていったら難しい。やっぱり自分にはこの仕事しかないのかな、いやでも変な話、ショップの店員やれって言われたらめちゃめちゃ洋服売る自信はあるぞ、とか(笑)。でもそんな甘くないですからね、社会は。

――コメディエンヌではない自分を想像することもあるんですか?

久本 具体的には考えないけど、よぎるときはありますよ。体が動かなくなったらどうしようかなとかごはんが食べられなくなったらどうしようとか。疲れてるときはダメですよね。私なんかもう全然ダメだ、もうほんとダメだって落ち込んだ時は余計にそういうことを考えてしまう。じゃあ何できるんだろう自分にって。

――それでも45年、ずっと駆け抜けてこられた原動力はなんだったのでしょうか。

久本 製作発表のような場でもいつも思うのが、「自分はちゃんとこの舞台で面白くできるんだろうか」「自分の役割を果たせるのだろうか」という緊張なんです。今もそうです。オファーをいただくと、「お応えできるんだろうか、自分の使命を果たせるんだろうか」と思っちゃう。

ビビリなんでしょうね。真面目なんでしょうね。超真面目。原動力は何かと言ったら、やっぱりお客さんの笑い声なんですよ。どんなに疲れていても、しんどい時でも、舞台に出てお客さんがドーンって笑ってくれたら、さっきまでのしんどさがスカーッとなくなります。

先輩方もよく仰いますけど、喜劇というのはお客様の力で作られていくんだなってほんと実感していますね。お客さんの笑いによって、間も動きも言い方も、初日からどんどん変わっていく。本当にお客さんによって作っていただいているなと思います。笑いたいと思ってきているお客さんと、笑っていただいてありがたいと思う私と、エネルギー交換しながら……その繰り返しかなと思いますね。

――ではお客さんの笑顔がある限り、久本さんに引退なし、ですね(笑)。

久本 みなさんに「久本歳取ってもできんじゃん!」って言ってもらえるように、これからも頑張りますよ(笑)。70になっても、80になってもやってるよって伝えたい。だって、今回共演する波乃久里子さんもすごいじゃないですか。石井先生なんて、今年100歳ですからね。パワーが違う。私も皆さんが元気になれる存在でいられるよう、努力していきたいと思います。

久本雅美(ひさもと・まさみ)

1958年7月9日生まれ、大阪府出身。WAHAHA本舗の看板俳優として活躍し、その明るいキャラクターと巧みなトークでバラエティ番組のMCとして親しまれる。代表作に『メレンゲの気持ち』、『秘密のケンミンSHOW極』など。

文=西澤千央
写真=橋本 篤

元記事で読む
の記事をもっとみる