1. トップ
  2. 西芳寺。世界遺産の庭を有する名刹が問い掛けてくるもの

西芳寺。世界遺産の庭を有する名刹が問い掛けてくるもの

  • 2026.5.2

旅行客の単なる観光目的の場ではなく、寺院としての本来の姿に立ち戻るべき。そうした考えの下、さまざまな試みに取り組んでいる寺院が注目を集めています。今回は、苔寺の通称で知られる西芳寺の副住職・藤田隆浩さんに、西芳寺が目指す「人と寺院の新たな関係」について伺いました。

寺院とは仏教の根本に出合う場所

西芳寺の山号である「洪隠山」の扁額が掛かる山門。(通常は非公開) Akira Nakata

<Profile>
藤田隆浩(ふじたりゅうこう)/西芳寺副住職

1990年京都市生まれ。大学卒業後、商社に勤める。退職後に世界を放浪する旅の途上で仏教の魅力に気付き、生まれ育った西芳寺に戻り仏道に入門。人々の安心(あんじん)を生むという寺院のあるべき姿を目指し、さまざまな取り組みを重ねる。

「西芳寺の庭は、その先に存在するものです」

臨済宗単立寺院西芳寺。苔寺の通称で知られる、世界文化遺産にも認定された美しい庭を有する寺院の副住職、藤田隆浩さんの口からは、少し謎めいた言葉が零(こぼ)れてきます。

「人生をよりよく生きる。それが仏教の根本テーマだと私は思っています。この根本テーマに触れる時間と空間を提供する場所、それがお寺の役目なのでないでしょうか。人生をよりよく生きるためには自分をよく知らなければなりません。知らなければならない対象としての自分を調(ととの)えると、本来のあるべき自分の姿を取り戻す糸口がつかめます。その手助けをするのがお寺で、お寺でほんの少しでもよいので調い、変化を遂げた自分が初めて向き合う場所、それが西芳寺の庭園なのです。庭はその先に存在する、というのはそういう意味です。庭ありき、ではありません」

より多くの人がよりよく生きるために

夢窓国師が1339年に手掛けた庭は当時は白砂青松の姿で、こけに覆われる庭へと変貌したのは江戸時代に寺を襲った幾度もの洪水の後。100年以上の歳月を経て一面のこけに覆われるようになりました。 Akira Nakata

禅宗寺院というと、厳しい修行が行われる場所と想像しがちですが、藤田さんは西芳寺は、そういう寺ではないと位置付けています。

「行きつけの寺、と気軽に考えていただければ……」

実は、西芳寺には檀家がありません。だからこそ、習慣としてお寺に足を運ぶ人のために、後援団体運営による会員制度「Saihokai」が作られています。「西芳寺の“推し活”をしてくださる方です」と、軽やかに語る藤田さん。西芳寺に生まれ育つも、東京の大学卒業後は商社に勤め、ビジネスで世界を回った藤田さんならではの、柔軟な思考がそこにはあります。

「私は20代後半に、ふとしたきっかけで仏教って面白い、と気付くことができました。その気付きは、人生をよりよく生きるための仏教につながり、それは多くの人がよりよく生きるにはどうすればよいか、という考えに広がっていきます。そう考えると、お寺は実は公共物なのです」

奈良時代に創建され度重なる兵火や洪水などに見舞われてきた末に現在の姿となった古刹(こさつ)は、開基1300年を前に、新たな側面を持ち始めています。

「西芳寺」
所在地/京都府京都市西京区松尾神ケ谷町56
URL/saihoji-kokedera.com
参拝は、はがき、またはオンラインの事前申し込み制

初出:リシェスNo.55 2026年3月27日発売

元記事で読む
の記事をもっとみる