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百年を抱く木|森の恵みを慈しむ、木工芸家・中川周士さんの手仕事

  • 2026.5.1
撮影=森山雅智

長い年月を重ねて生まれた年輪の積層。木という生命が刻んだ美しい木目を、中川周士(しゅうじ)さんが琵琶湖畔の工房で、すがすがしく、自然の力が伝わる作品・道具へと昇華します。国内外の人々を魅了する木工の技と美、未来へのかたちをご紹介します。

中川木工芸の作品を「婦人画報のお取り寄せ」で販売します。詳しくはこちらをご覧ください。

“柾目(まさめ)を星形に合わせ、割れないように引っ張り合う力を分散させる。理にかなったものは美をもっています”──中川さん

比良山系の麓、木の香りが漂う工房には、100種を超える鉋(かんな)が並ぶ。道具棚の前で、木を削るわずかな角度を見極める中川さん。 撮影=森山雅智

父が考案した柾(まさ)合わせの香合

撮影=森山雅智

木の柾目をぴたりと合わせる柾合わせの技法は、人間国宝である父、清司(きよつぐ)さんが考案したもの。中川さんはその技を再研究し、意匠性を出しながら、次の世代につないでいこうとしている。

木の柔和な質感が伝わるオブジェ

撮影=森山雅智

柾合わせの技法を生かしたアート作品。やわらかなフォルムに繊細で流れるような木目が映え、削り進めることで現れる枝の跡も味わいを添える。思いがけない文様との出合いも自然を相手にする仕事の醍醐味。

力強い木肌が際立つ、野趣溢れる花器

撮影=森山雅智

自然の力でつくり出された、たくましい曲線。コロナ禍の期間、それまで廃材とされていた節や枝のある材のありのままの美しさを再認識。花器に仕上げ、自然への畏敬の念を込めて《依代(よりしろ)》と名付けた。

イタリア人デザイナーと手掛けたおひつ

撮影=森山雅智

木桶づくりに図面を使うようになって以来、デザイナーとのコラボレーションが増えた。写真のおひつは蓋と身、蓋と杓文字がぴたりと合う。蓋は身に掛けることもでき、手技と美が融合した使い勝手も備えている。

技術を未来に伝えるため、木桶の可能性を広げる

撮影=森山雅智

歳月を重ねた木の美しさと、職人の手仕事がひとつになった木の工芸品。中川周士さんは、滋賀県にある「中川木工芸比良工房」を拠点として、室町時代から続く桶づくりを中心に、祖父、父、自身と3代にわたって受け継いできた木工技術を生かし、作品づくりを行っています。伝統を大切にしながら、現代の暮らしに合う器や道具、アートへと幅を広げ、15年ほど前からは海外でも作品を発表。2025年はシャネルの国際展覧会に参加し、高さ4メートルの木桶の樹々を展示。現在は、京都の「アートスぺース福寿園」と京都本店全館を使った展覧会が開催中と、工芸、アートの境を超え、大きな話題を呼んでいます。

中川さんが基本とする桶づくりは、樹齢150年から300年の国産材を選ぶことから始まります。仕入れた木は自然乾燥させ、割って短冊形の木片に削り、木と木がぴたりと合うように、さらに削って調整。釘を使わずに組み合わせて箍(たが)で締めます。初代のころはどの家庭でも使われていた木桶が、プラスチックに取って代わられ、作り手も減少していくなかで、中川さんは2010年、伝統技術を生かしたシャンパンクーラーを発表し、木桶の可能性を開きました。これをきっかけに、海外のデザイナーとのコラボレーションが始まり、デザインを実現するため、技術は日々磨かれ続けています。

数年前からは、それまで桶には使えず、端材として捨てていた木の、自然な美しさに気づき、神が宿る木を思わせる芸術的作品《依代》を制作。また父が考案した「柾合わせ」という技法を次代に届けるために、再研究しながら独自の作品を仕上げています。工芸とアートの距離を近づけたいという中川さんが、昨今取り組んでいるのが、工芸と建築の融合。木桶のアーチ構造が建築と親和性があることから、2024年には、箍締め技法の「木桶の茶室」を制作。伝統を未来に残していくために、中川さんは木桶の可能性をさらに広げようとしています。

桶づくりの技から生まれた「木桶の茶室」

撮影=森山雅智

中川さんの新たな挑戦、檜(ひのき)材を使用し、木桶独特の箍締め技法を用いてつくられた「木桶の茶室」。組み立て式で、現在、「福寿園京都本店」9階のエグゼクティブサロンに展示されている。複雑な構造計算、試行錯誤の上に生まれた空間は、想像以上にゆったりとした静かで落ち着いた趣。中に入ると、優しい木の香りに包まれる。

“木を扱う仕事は、木の命と、人の暮らしの時間をつなぐ仕事なのかもしれません” ──中川さん

自然が相手。木との対話のなかでつくる

談=中川周士

茶会を開く友人の求めに応じ、稀少な神代杉で製作した茶箱。 撮影=森山雅智
ぐるぐると渦を巻いた鉋くずを活用し、ランプシェードやウォールハンギングの作品を制作。 撮影=森山雅智

木は夏に成長して年輪の白い部分ができ、冬は成長が止まって黒い筋ができ、それが1年の幅になります。旱魃(かんばつ)などがあれば幅は詰まってしまう。年輪は時の蓄積であり、私たちはそれを見極めて作品に呼び込んでいるわけです。でも、外からは見えないから、想像するしかなく、削って初めて文様が現れる。つくることは、“答え合わせ”のようなものです。

コロナ禍の折、それまで捨てていた材のかっこよさに気づき、中に隠れた形を生かした作品を手掛けたことが、いまの活動に続いています。もうひとつ、父の「柾合わせ」を再構築した作品にも取り組んでいます。受け継いだ技術は、これからの世代に渡していく必要がありますから。きれいな年輪を狙っても、削れば思わぬ跡が現れることもある。でも、だから面白い。手仕事のよさであり、自然を相手にしているのだから、楽しむつもりでつくる。木と対話しながら生まれてくるのが、僕の作品なのかなと思います。

木桶をつくっていると、工芸は「思想」なんじゃないかなと考えます。100円ショップのプラスチックの桶でよければ100円ですむのに、あえて高価な工芸品を使ってくださるのは、使う方々にも思想があるからでしょう。そのなかには、失ってはいけない大切な価値があり、それこそが工芸のもつ思想なのだと思います。職人は手から手へ、ものを大切につくり、使うことの意味を使い手側にも伝えていく。優れた使い手もまた、立派な“工芸人”だと思います。

これからは、デザインやアート、テクノロジーなどを桶の世界に取り込んでいくことが大事。単独ではなく、異なる要素を融合させることで新たな進化を生み出せると確信しています。(談)

自然乾燥させた材を手作業で一つ一つ割ってゆく。力と勢いの要る仕事。 撮影=森山雅智
椹(さわら)、高野槙(こうやまき)、檜、杉などの国産材を用途に合わせて使用する。 撮影=森山雅智
組み合わせる前の木桶の側板が工房に並んでいる。 撮影=森山雅智
銑(せん)という刃物を使い、板の粗削りをする桶づくりならではの作業。腹部に当てた板は、中川さんの祖父の代から使っているもの。 撮影=森山雅智

なかがわしゅうじ◯1968年京都府生まれ。92年京都精華大学芸術学部立体造形専攻を卒業後、父で重要無形文化財保持者の中川清司さんに師事。伝統の桶づくりを中心に木製品を制作。ラグジュアリーブランドやデザイナーとのコラボレーション、海外での展覧会も多数手掛けている。

中川周士さんの作品は、こちらで出合えます

『時をかさねて、美しく 一服の茶と手仕事の記憶 中川 周士、Antiques & Art Masa 展』

創業230年余の茶商「福寿園」が手掛けるギャラリーにて開催。木工芸家の中川周士さんと、「美とは、長く使い続けられる理由を内包しているもの」という中川さんの思想に共鳴した古美術商のAntiques & Art Masaさんによる企画展。本特集での掲載商品ほか、一点ものの作品も展示・販売。福寿園京都本店全館を彩る中川さんとAntiques & Art Masaさんの作品展示、屛風パネルを合わせたしつらえも見どころ。

DATA
会期/~8月30日(日)
時間/11時~17時30分
定休日/月~水曜
会場/アートスペース福寿園[京都・四条富小路]
Google mapで確認
京都府京都市下京区四条通富小路角

アートスペース福寿園 公式サイト

撮影=森山雅智 取材・文=大喜多明子 編集=吉岡尚美(婦人画報編集部)

『婦人画報』2026年6月号より

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