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漫画家・成田美名子さんインタビュー|『花よりも花の如く』完結とご自身の着物ライフ

  • 2026.4.30
撮影= 田村 聡

昨年、長きにわたる連載が完結した『花よりも花の如く』。能楽師・榊原憲人を主人公に、伝統芸能の世界を鮮やかに描き切った漫画家・成田美名子さんに、作品への思いや能の魅力、そしてご自身の着物の楽しみについてお話を伺いました。

『花よりも花の如く』(白泉社刊)は能をテーマに2001年から連載され、2025年に完結。全24巻。主人公の榊原憲人は祖父の下で修業中の若手能楽師。様々な出会いや出来事を通じて成長する憲人と彼を取り巻く人々、能の世界を描く。 撮影=田村 聡

「降ってきた」物語が20年以上にわたる連載へ

── 『花よりも花の如く』誕生のきっかけは、タイトルと設定が同時に「降ってきた」ことだそうですね。

そうなんです。前作(『NATURAL』)に登場していたキャラクターを主人公にしようとは考えていたのですが、他の仕事をしながらぼんやりしていたら、ふっと、能楽師が主人公の『花よりも花の如く』という話が降ってきたんです。

──もともと能がお好きだったのですか。

高校の教科書で知った「羽衣」から能に関心を持ち、高校3年になる前、初めて舞台を見に行きました。強い印象を受けたものの、その後は見る機会もないまま10年ほどたったころ、『NATURAL』で能の舞台を描く場面があり、そこで再び能にふれたことがこの作品を書くことにつながったかもしれません。

──描き始めの頃は、年間100番もの能をご覧になっていたとか。

最初の数年だけですが。当時は本当に何も知らなかったので、とにかく数を見て経験を積むしかないと思い、週末は能楽堂をはしごする「固め打ち」の状態でした。当時の手帳をお見せしたいくらいです(笑)。

当時の裏話が3巻巻末に描かれています。まさに話題に上がったスケジュール帳も。 ©成田美名子/白泉社

──取材の緻密さにも圧倒されます。ストーリーに合わせてその都度取材していらしたのですか。

『NATURAL』連載中に観世麻紀さん(九世観世銕之丞さんの妹)が虫干しへのお誘いのお手紙をくださったことがきっかけで、銕之丞さんが主宰する銕仙会に取材させていただくことになり、さまざまなことを教えていただきました。最初はど素人でしたから、銕仙会さんに、例えば「次は『土蜘蛛』を描きたいので、お話を聞かせてくださる方を紹介してください」などとお願いしていましたが、自分も少しずつ知識が増え、また、ご縁が広がって役者さんに直接LINEで「ここはどうすればいいですか?」と伺えるようにもなり、一曲ずつ取材することは少なくなりました。

──連載の流れは当初から考えていらしたのでしょうか。

細かな計画はありませんでしたが、能楽師は何歳くらいでこの曲を披く(ひらく=修業の段階ごとに課題となる曲を初演すること)といった大まかな道筋は決まっていますから、そうした流れに沿って描きました。ただ、最後は「道成寺」を経て、物語の始まりでもあった「朝長(ともなが)」で終わるということは決めていました。

──「朝長」は深い感銘を受けられた演目だそうですね。

初めて拝見したのは舞台ではなく資料のビデオだったのですが、その時の衝撃が凄まじくて。木の面の表情が変わるんですよ、本当に。未だにそれを超える舞台には出会えていないと感じるほどです。

演者と観客それぞれの想像が広がる──それが能の魅力

──成田さんとっての能の魅力とはなんでしょうか。

能には具体的な説明がありません。見る側も演じる側も、お互いに想像力を膨らませながら進んでいく──それが能の魅力、面白さだと思います。そして両者の想像と経験がピタッと一致した時に奇跡が起こる。一言に鳥肌が立ち、涙が止まらないような舞台。一年に一度出会えれば運が良いほうですが、その一回の感動があまりに凄くて、また通ってしまうんです。

──作中、登場人物が舞台を見たときの心情が細やかに描かれていますが、そうしたご自身の体験が反映されているのでしょうか。

はい。意外に思われそうですが、能を見て号泣したり、大笑いしたくなったりすることもあるんですよ。とくに印象的だった舞台のひとつが、九世観世銕之丞さんの「井筒」でした。「見れば懐かしや」という謡を聞いた瞬間、どっと涙が溢れてしまって。会場全体が静まり返り、役者さんが去った後にさざ波のような拍手が起きた。あんな舞台は、なかなかないですね。ちょっと思い出しただけでも泣けてしまいます。

「井筒」に観客が感動して静まり返る場面。13巻より。 ©成田美名子/白泉社

虫干しの手伝いの経験も生きた詳細な装束の描写

──作中の装束の描写が素晴らしいと思うのですが、描くうえで気を付けていらっしゃったことはありますか。

能の装束は非常に直線的ですので、そのフォルムは崩さないようにしています。以前、装束の虫干しのお手伝いに伺ったことがあるのですが、実際に触れると布の厚みや硬さがわかるんです。「これは着付(きつけ=上衣の下に着る装束)だから柔らかいんだな」とか。手元で見て、その質感を知っていることは大きいですね。ときにはあえてほつれた糸を描き込んだりもしています。

──模様まで手描きされている部分も多いとお聞きしました。

アシスタントさんと作ったオリジナルのトーンを使ったこともありますが、やはり人の体に合わせて描く必要があるので、大きな模様などはその都度描き込んでいます。

24巻で描かれた道成寺の装束。 ©成田美名子/白泉社

──完結した今、あらためて特に思い入れの深い場面は?

やはり「朝長」、そして「道成寺」です。「道成寺」は、若手の能楽師にとって卒業試験に当たるような大曲ですが、それは自分にとっても同じです。自分に描けるのかという怖さがあって、大きな壁でした。その難題に取り組んでいた時期は、原画展の準備も重なってあまりに激務で、連載が終わったとき、まさに「やり切った」という達成感でバタッと倒れ込むようでした。

漫画を描くために着始めたのが着物に親しむきっかけ

結城紬地に蛍ぼかしの小紋と読谷山花織の帯の組み合わせ。宝尽しの刺繍鼻緒の草履も素敵です。 撮影=田村 聡


──私生活の着物について伺いたいのですが、好きになられたきっかけを教えてください。

漫画家になってしばらくしたころ、「着物を着て過ごさないと着物が描けない」と思い、高校卒業後にひと冬ずっと着物で過ごしたのが始まりです。

──そんなにお若いころから?

母のおさがりですけどね。母もよく着る人でしたので。その後はしばらく遠ざかっていたのですが、『花よりも花の如く』を描いているときに、主人公が男性でもやはり自分が着ているほうが描きやすいと思って、また着始めました。

──着物をお召しになる機会は多いのですか。

以前は一カ月の半分くらい着物で過ごしていた時期もありました。紬ならいいだろうと、着物姿で猫を抱っこしたり、炊事をしたり。いまはそれほどでもありませんが、能楽堂へ行く時などに着ています。そのほうが気持ちが入りますしね。

──本日のお召し物も素敵ですね。

今日は結城紬地に染めの小紋に読谷山花織の帯です。

──どんな着物がお好みですか。

基本的には紬が着やすくて好きです。ただ、能楽堂で銕之丞さんの奥様の井上八千代さん(京舞井上流の家元で人間国宝)やお嬢さんの安寿子さんにお会いすることがときどきあるのですが、お二人の装いが素敵で、柔らかものもいいなあと思うようになり、少しずつ柔らかものを着る機会が増えてきました。
また、刺繍の着物や帯も好きで、勢いで一時日本刺繍も習っていたくらい。ちょっと前の刺繍って素晴らしいものがありますよね。アンティークまで行かない、多分昭和、バブルの頃のものでしょうか。そういうものは(東京・目黒の)「時代布と時代衣裳池田」やヤフオクでよく買いました。日本刺繍だけでなく、蘇州刺繍にもよいものがあり、どちらも大事に着ています。
着物を外出時に着始めた頃は、同窓の店員さんがいたこともあり「時代布と時代衣裳池田」によく行っていましたが、呉服店や百貨店でも買いますし、新しいものも、古いものもどちらとこだわらず、好みのものを探しています。

──最後に読者へメッセージをお願いします。

私たちの世代が着物を着なくなったら、日本の伝統文化が消えてしまうという危機感がどこかにあります。能も着物も同じです。難しく考えず、じゃんじゃん着物を着ましょうよ。そして、ぜひ着物姿で能楽堂へ足を運んでいただけたら嬉しいですね。

終わりに:本記事編集者が注目した着物登場場面

緻密で美麗な作画、能の世界や演目の情報がぎっしり詰まった本作のもう一つの楽しみが着物姿。作中、普通の着物姿はそれほど多くないのですが、さすが着物通の作者と感じられる描写ばかり。そのなかから個人的に注目した場面の一部を紹介させてください。ほかにも主人公の着物デートなど、着物好きには楽しい場面がたくさんあるので、じっくり読んでくださいね。

憲人の妹、彩紀の振袖姿。何度か出てくる着物姿はどれも美しいのですが、この大きな花の丸の振袖も可愛い! 地の濃色部分は鹿子絞りらしき描写の細かさ。3巻より ©成田美名子/白泉社
憲人の友人の母から着物を譲られた憲人の母が高級な品々に困惑する場面。各ブランドの特徴がわかりやすく描かれていて、龍村錦帯の柄が能楽ゆかりの「千代能冠錦」なのも楽しいところ。23巻より。 ©成田美名子/白泉社
先輩能楽師のお宅を訪ねる場面で、応対した奥様の帯がミンサーの半幅というこなれ具合に思わず注目。わざわざ四つ玉、五つ玉の柄まで描きこまれているのが個人的にツボでした。24巻より。 ©成田美名子/白泉社
<a href="https://www.hakusensha.co.jp/comicslist/77588/" target="_blank" rel="nofollow">『花よりも花の如く』24巻</a>(白泉社刊) ©成田美名子/白泉社

なりた・みなこ〇1977年、「花とゆめ」掲載の『一星へどうぞ』でデビュー。代表作に『エイリアン通り』『CIPHER』、画集『成田美名子アートワークス』など。作品一覧はこちら

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