1. トップ
  2. 東直子さんが選ぶ「令和の短歌」|テーマは「春が来る」

東直子さんが選ぶ「令和の短歌」|テーマは「春が来る」

  • 2026.4.26
Svetlana Iakusheva / Getty Images

日本では古くから、人々が日々の気持ちを短歌に託して表現してきました。ここでは、現代の感性で日常を切り取った「令和の短歌」を、歌人の東直子さんが選び、毎回さまざまなテーマに沿ってご紹介します。今回のテーマは「春が来る」です。

ああ眠い眠いと眠りながら思ふ前頭前野に春は来たれり

澤村斉美『竜の眠つてゐた跡』(2025年)

【東直子さんの講評】

春はどういうわけかとても眠い。なぜなのだろう。ぽかぽかと陽の当たる晴れた日の昼は、特に眠い。

そんな、春の眠気が降りてくる感覚を「春は来たれり」と、文語を駆使して少し重々しく表現している。文体と内容とのギャップから、ユーモラスな味わいが生まれている。

圧倒的な眠気を自覚しながら眠りに落ちていく。眠りをもたらすものとして「前頭前野」を意識する、理知的な客観性が興味深い。言葉の最後に「野」が入っていることから、春の野原のイメージが想起されたのだろう。眠気に引き込まれて夢の世界に入ったら、広い野原に春がやって来たようで楽しい。

がらがらばーんと扉を開けて春が来る春はわたしをせんせいと呼ぶ

齋藤芳生(よしき)『牡丹と刺繡』(2025年)

【東直子さんの講評】

歌集のあとがきによると、作者は、故郷の福島県福島市で長年学習塾講師として働いているとのこと。春になって新入生が扉を開けて元気に入室してくる様子を「がらがらばーん」という勢いのあるオノマトペで表現した。子どもたちと一緒に春もやってくる。「がらがらばーん」に、喜びと生命力が詰まっている。

福島市は、2011年3月の東日本大震災で多大な被害を受けた。苦しい時間を生き延びてきたすべての人にとって、春が来るたびに特別な思いが去来することだろう。

同じ歌集の中にある「幼子は歩みくるなり春の日をこぼさぬように掌にのせ」という歌にも、光溢れる春の喜びがあり、幼子への視線が温かい。

たいあたりみたいな風に、すごいね、と言ってあげたりしながら歩く

ぷくぷく『ここにきている』(2026年)

【東直子さんの講評】

歌集の中ではこの歌の前に「パンジーがいつもみごとな家があり世話をする人を見たことがない」という春の花の歌があるので、この歌は、春を知らせる「春一番」の風のことを詠んでいるのだと思う。

突然吹きつけてくるあの風を「たいあたりみたいな風」と擬人化による絶妙な比喩で形容したことで、思わず口から出た「すごいね」が褒め言葉のように響く。強い風が優秀なアスリートのように誇らしげに風を吹かせているようだ。

歩行の妨げになるほどの強い風に言う「すごいね」は、「すごすぎて大変だ」という気持ちの表れであることが多いが、こうして少し異なる角度から捉えたことで、景色の味わいが変化した。

◾️短歌のNew Topics...春の連歌会や短歌教室が人気

『古今和歌集』研究の権威であり、「古今伝授の祖」とも称される東常縁(とうのつねより)。鎌倉から室町時代にかけて、代々和歌に優れた才能を見せた武家歌人・東氏一族館跡がある岐阜県の「古今伝授の里フィールドミュージアム」では短歌教室や春の連歌会などが予定されています。

文=東 直子 編集=吉岡博恵

『婦人画報』2026年5月号より

〇選りすぐりの記事を毎週お届け。

元記事で読む
の記事をもっとみる