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モナコ公室アルベール大公の非嫡出子、ジャズミン・グリマルディって何者?

  • 2026.4.2
Dominik Bindl / Getty Images

モナコ公室アルベール大公の長女であり、伝説の女優グレース・ケリーを祖母に持つジャズミン・グリマルディ。14歳の時に父から正式に認知され、公室の一員となって以来、彼女は自らのルーツと向き合いながら一歩ずつ歩んできました。現在は俳優、アーティストとして活動する傍ら、異母弟妹たちとも良好な関係を築くなど、等身大なモダン・プリンセスとしての存在感を放っています。アメリカの自由な感性とモナコの伝統が交差する、彼女の現在地を紐解きます。

Arnold Jerocki / Getty Images

人知れず誕生した、モナコ大公の第一子

1992年3月4日、カリフォルニア州パームスプリングスで誕生したジャズミン・グレース・グリマルディ。彼女は、モナコ公室の現君主であるアルベール2世大公の第一子にあたります。

母親のタマラ・ロトロは、元ウェイトレスで現在は不動産エージェントとして活動するアメリカ人女性。1991年にフランスのリヴィエラで休暇を過ごしていた際、当時独身だったアルベール2世と出会い、短期間の交際を経てジャズミンを授かりました。その後、タマラは娘をメディアの喧騒から遠ざけ、カリフォルニアでごく普通の少女として育てる道を選んだのです。

ミドルネームの「グレース」は、ハリウッドの伝説的女優であり、後にモナコ公妃となった祖母グレース・ケリーにちなんで名付けられました。ロイヤルの血筋を引きながらも、アメリカの自由な環境で一般人として育った経験は、現在の彼女のアイデンティティを形作る大きな基盤となっています。

George Pimentel / Getty Images

モナコ大公が“認知”するに至った経緯は?

1991年、モナコで出会ったアルベール2世とジャズミンの母タマラ・ロトロは、短期間ながら親密な時間を過ごしました。タマラが帰国後も電話で連絡を取り合っていましたが、アルベール2世の父レーニエ3世がこの事実を知ると、2人の関係は突如として遮断されてしまいます。音信不通となった状況を受けて、タマラは1993年にジャズミンとアルベール2世の親子関係の確認を求めて提訴。裁判所は大公に血液サンプルの提供を命じましたが、大公側は管轄権の問題を盾に法廷闘争で対抗しました。結果、裁判は進展せず、大公は長らくジャズミンの父親であることを肯定も否定もしない立場を貫くことに。

大きな転換期となったのは2005年。父レーニエ3世の逝去と、もう1人の非嫡出子であるアレクサンドルの存在が明るみに出たことで弁護士を介した交渉が再開され、翌2006年、アルベール2世は大公即位後にジャズミンを娘として正式に認知しました。ただ、現在のモナコの法律では非嫡出子である彼女に王位継承権やロイヤルの称号は認められていません。しかし、ジャズミンは大公の数十億ドルとも言われる個人的な財産を相続する権利があるようです。

Irfan Khan / Getty Images

14歳でモナコ大公から認知され生活が一変

2006年、当時14歳だったジャズミンの存在がメディアによって公表され、彼女の日常は一変しました。モナコ大公が父親であることが明かされたことで、それ以来、世間が抱く「彼女は何者か」という勝手なイメージに向き合い続けることになります。

彼女はこれまで、周囲から一方的に貼られるレッテルへの葛藤を語ってきました。「非嫡出子」という言葉を「恐ろしい響き」だと拒絶し、時には「プリンセス」や「愛の結晶」といった極端な呼び方をされることもありました。しかし、そうした評価に振り回されるのではなく、「自分の価値は世論によって決まるものではない」という教訓を得たのだそうです。

父であるアルベール2世大公との初対面は、公表に先立つ11歳の時でした。2015年のインタビューで彼女は、「父を知り、父にも自分を知ってもらいたかった。それまで欠けていた存在と繋がりたいと願っていました」とその心境を明かしています。

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オープンで仲良しな父娘関係。異母弟妹ジャック公子&ガブリエラ公女についても言及

ジャズミンとアルベール2世大公は、時間をかけて「極めて親密」な親子関係を築いてきました。かつては公にされていなかった2人ですが、現在はレッドカーペットへ揃って登場したり、SNSで父娘のツーショットを公開したりするなど、その交流は非常にオープンです。

彼女は定期的にモナコを訪れており、大公の妻であるシャルレーヌ公妃や、異母弟妹のジャック公太子、ガブリエラ公女とも親交を深めているそう。異母弟のアレクサンドルを含めた4人の兄弟姉妹の仲は非常に睦まじく、グループチャットを通じて日常的に連絡を取り合っているそうです。

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同じく婚外子のアレクサンドルとも交流あり

2005年5月、アルベール2世が大公に即位する直前のことでした。元客室乗務員のニコール・コステが雑誌のインタビューで、息子アレクサンドルと大公の親子関係を公表し、大きな注目を集めました。そしてその2ヶ月後、即位式のわずか6日前に、大公はアレクサンドルを正式に自身の息子として認めるに至りました。

一足先に認知された異母弟アレクサンドルとジャズミンは、同じ非嫡出子という立場を共有する姉弟として強固な絆を築いているようです。シャルレーヌ公妃との子どもたち、ジャック公子&ガブリエラ公女も含め、背景の異なる4人の兄弟姉妹が一堂に会した写真をSNSでシェアしていたことも(現在は削除)。

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2人の父アルベール大公は、アレクサンドルの誕生日を祝うホームパーティーに出席するなど、非嫡出子である2人に対しても父親としての役割を積極的に果たしているようです。大公に隣(手前)には、アレクサンドルの 母ニコールの姿まで。

Stephane Cardinale - Corbis / Getty Images

NYとLAを拠点とし、俳優・歌手として活動

ニューヨークのフォーダム大学で国際ビジネスを学んだジャズミンは、卒業後にエンタメ界へと進みました。俳優としてのキャリアを着実に重ねており、ドラマ『マーベラス・ミセス・メイゼル』への出演や、映画『シカーダ』、さらにイドリス・エルバ製作の『チェルシー・カウボーイ』ではデヴィッド・ボウイの先妻アンジー役を演じるなど、実績を築いています。

音楽活動にも精力的に取り組んでおり、シングル「Thankful」や「Fearless」を発表。シンガーソングライターとしての顔も持ち合わせています。

また、2023年に米国で行われた俳優組合(SAG-AFTRA)のストライキの際には、自ら抗議活動の列に加わり、労働環境の改善を訴えるなど、業界の一員としての真摯な姿勢を見せました。現在はニューヨークとロサンゼルスの二拠点を中心として活動しています。

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年間34万ドルの手当と330万ドルの邸宅などの経済的支援

アルベール大公は、自身の個人資産からジャズミンに対し、手厚い財政的支援を行っていると報じられています。フランスのル・モンド紙などの報道によれば、彼女は異母弟のアレクサンドルと共に、年間約34万4,000ドルの手当を受給しているといいます。

住まいもとてもゴージャスで、25歳の時にニューヨークの300万ドルのマンションを贈られたほか、現在はハリウッドヒルズに約330万ドルの邸宅を所有。グリフィス天文台やハリウッドサインを一望できるこの物件は、ウィノナ・ライダーらトップセレブらが近隣に住む、プライバシーの守られたエリアに位置しています。

彼女のSNSでは、コモ湖やラスベガスでの休暇、夏の大半を過ごす南フランスやモナコでの“ジェットセット”な日常がシェアされています。ドレスを纏い、海辺でワインを楽しむ姿を時折SNSにシェアしています。

Pascal Le Segretain / Getty Images

結婚間近とも言われた約10年来の恋人と破局。現在はキャリアに没頭?

ジャズミンの私生活において、長年パートナー関係にあったのが、ミュージシャンでモデルのイアン・メレンキャンプ(写真左)。伝説的ロッカー、ジョン・メレンキャンプの甥である彼とは2016年から交際を開始し、約9年間にわたり公私ともに歩みを共にしてきました。

しかし、2025年9月、2人は別々の道を歩むことを決断。関係者によれば、劇的な衝突があったわけではなく、時間の経過とともに互いの進む道が自然に変化していった結果だといいます。

現在は特定のパートナーを公表することなく、自身のキャリアと人道支援活動に全力を注いでいるようです。

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2026年3月に新曲「Cup of Tea」をリリース。アーティスト「JAZMIN」として新始動

2026年3月、ジャズミンは「JAZMIN」名義で、デビューシングル『Cup of Tea』をリリースしました。これまでも楽曲発表は行ってきましたが、本作は彼女のアイデンティティを改めて定義する「新たな自己紹介」としての位置づけだそう。

サウンドはボサノヴァをベースに、フランス語の叙情性とアメリカンポップのストーリーテリングを融合。歌詞には英語とフランス語の両方が取り入れられており、カリフォルニア、ニューヨーク、そしてモナコという、彼女が歩んできた多文化なルーツを象徴しています。

グリマルディ家において音楽の世界に挑戦したのは彼女が初めてではありません。叔母ステファニー公女(父アルベール大公の妹)も1980年代に歌手として大きな成功を収め、デビューアルバム『Besoin』は150万枚を超えるセールスを記録しました。偉大な叔母の系譜を感じさせつつ、ジャズミンは独自のロマンチックな感性で、新たなアーティスト像を確立しようとしています。

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一度も会ったことのない祖母グレース・ケリーとの"繋がり"を語る

ジャズミンが誕生する10年前に逝去した祖母、グレース・ケリー。一度も会うことは叶いませんでしたが、ジャズミンは彼女の存在を、主に映画作品を通じて理解していきました。幼少期から周囲の人々の前でパフォーマンスを披露するのが大好きだった彼女に対し、母タマラは「あなたのおばあちゃんは、アカデミー賞を受賞した素晴らしい女優だったのよ」と聞かせていたといいます。

彼女にとって一つの転機となったのは、映画『上流社会』を鑑賞したこと。スクリーン越しに祖母の姿を追う体験は、彼女にとって“精神的な繋がり”を感じる重要な瞬間となったようです。「直接的な関係を築くことはできなくても、作品を通して繋がることができた」と、彼女は当時を振り返っています。

Steven Ferdman / Getty Images

「ジャズミン・ファンド」を通じ、20年続くフィジーでの人道支援

ジャズミンは14歳だった2006年、フィジー諸島の村々を支援する「ジャズミン・ファンド」を設立しました。これは単なる名ばかりのチャリティではなく、彼女自身が定期的に現地へ足を運び、子供たちの教育支援や医療、クリーンな水の供給といった課題に直接向き合う活動だそうです。

2016年には、大型サイクロンで甚大な被害を受けたナイディ村への資金援助を行うなど、その献身はこれまで20年近く続いています。こうした社会貢献への真摯な姿勢は、父アルベール大公の環境保護活動や、祖母グレース・ケリーが重んじた慈善の精神を継承するものです。
父娘が協力してチャリティに臨む場面も多く、2024年10月にはニューヨークで開催された「プリンセス・グレース・アワード・ガラ」にも揃って出席し、会場の注目を集めました。

※この記事は2026年4月2日時点のものです。

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