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記憶と美学を束ねるアメリカンファッションの新章。2026-27秋冬NYファッションウィークを現地リポート

  • 2026.3.3
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「トリー バーチ」2026-27年秋冬コレクションより。 Andrea Adriani / Getty Images

私たちはいま、秩序が再編される局面にある。戦争は遠い国の出来事ではなくなり、分断は政治の領域を超えて日常へと侵食し、気候災害は季節の一部となった。経済は回復と停滞を行き来し、人々は不安を抱えたまま、それでも社会は動き続ける。その不確実性は、ファッションの価値基準そのものを問い直している。

「プロエンザ スクーラー」2026-27年秋冬コレクションより Gilbert Flores / Getty Images

2月のニューヨークは凍えるような寒さに包まれていた。華やかな熱気よりも、静かな集中が漂っていたのが印象的だ。成長と拡大を駆動原理としてきたラグジュアリーは、いま“規模”ではなく、“なぜ存在するか”を問われている。夢を売る産業は、夢を声高に定義するのではなく、夢が現実といかに交わりうるのかを見つめ直し始めている。

今季のニューヨークは、その問いに対し“再編集”という答えを示した。蓄積された時間を咀嚼(そしゃく)し、紡ぎ直し、現在へと昇華すること。未来を急がず、基盤を確かめながら進む選択だ。そこにこそ、アメリカンファッションの新たな座標がある。6ブランドのショーから、その結実を読み解く。

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マーク ジェイコブス(MARC JACOBS)

「マーク ジェイコブス」が今季掲げたテーマは「記憶。喪失。(Memory. Loss.)」。そして、亡き友人へのオマージュでもある。だが、友人への追悼や郷愁に浸り過去を愛(め)でるのではなく、失われたものと向き合い、その断片をいかに再配置するかを問うコレクションだ。ペーパードール的な視点操作が続いた昨季までとは対照的に、今季は控えめなシルエットが基調となる。感情の奔流ではなく、静かな緊張が通底する。

Courtesy of Marc Jacobs
Courtesy of Marc Jacobs

会場は、元軍事施設として建てられたパーク・アベニュー・アーモリー。天井高の空間に静謐(せいひつ)だけが満ち、無機質なグレーの椅子が整然と並ぶ。その沈黙を破ったのは、ビョークの『ヨーガ』。うねるストリングスと地鳴りのようなベースが空間を震わせ、高揚と抑制がせめぎ合う。

Courtesy of Marc Jacobs

既視感を帯びながらも完全には思い出せないシルエットが並んだ。グレーのVネックニットとラメ入りのブラックペンシルスカートは都会的な雰囲気をまとい、ボルドーのスパンコールトップと硬質なブルーのミニスカートは高揚と静寂を交差させる。鮮烈なコバルトブルーの構築的なコートは端正でありながら、背面に配されたボタンによって前後の感覚を反転させる。

Courtesy of Marc Jacobs

見慣れたフォルムが位置をずらされることで、新たな意味を帯びる。今季のルックには、複数の時間が同時に折り重なる。1965年の「イヴ・サンローラン」に通じるIラインの緊密なシルエット、90年代「プラダ」のそぎ落とされたミニマリズム、ストリートの軽やかさ、そしてブランド自身のアーカイブ。それらは単なる引用ではなく、ジェイコブスの視点を通して、再構成されている。

Courtesy of Marc Jacobs

会場の片隅に置かれたデスクの上には、ペインターのアナ・ウェイアントによる小さな花の絵が置かれていた。それは完成された自然の描写ではない。切り抜かれた花弁がピンでとめられ、断片として固定されていた。昨年の展示『ザ・ドールハウス(The Dollhouse)』では、2024年コレクションのピースを纏ったペーパードールが並び、服そのものが縮尺のなかで小さく感じられる構造が提示された。それに対し今季は、ウェイアントの小さな絵画が空間の片隅に置かれ、逆に作品が縮小される。縮尺の主従が反転したことで、見る者の視点は静かに揺さぶられる。同じものでも、どこから切り取るかで物語は変わるのだ。

Courtesy of Marc Jacobs
Courtesy of Marc Jacobs

90年代からの盟友、ソフィア・コッポラが手がけたドキュメンタリー映画『マーク・バイ・ソフィア(Marc by Sofia)』が今年公開される。昨年ヴェネチア国際映画祭で発表されたこの作品は、自身の歴史を他者の視点に委ねるという選択そのものだ。記憶をひとつの物語に固定しない姿勢は、今季のコレクションとも響き合う。

Courtesy of Marc Jacobs

パリ発のデジタルコミュニティ「ラ・ウォッチパーティ(La WATCHPARTY)」との連動もまた、同じ文脈にある。ランウェイ体験を特権的な場にとどめず、同時視聴という形式で共有する。記憶は個人の内側に保存されるものではなく、同時に生成されるものへと変わる。喪失の時代において、経験を共有するという選択だ。

Courtesy of Marc Jacobs

ジェイコブスは、幼少期、祖母から編み物を教わり、自由に装うことを祖母に肯定されて育った。彼にとって服は嗜好(しこう)ではなく、アイデンティティを編む行為だった。今季は、記憶を装飾として扱うのではなく、解体し、再配置し、不確かさごと提示した。喪失の先にあるものは、未来だ。

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トリー バーチ(TORY BURCH)

心理学に“ナラティヴ・アイデンティティ理論”という概念がある。人は過去と現在、そして未来を一つの物語として再構成しながら、自らのアイデンティティを保とうとするというものだ。不安定な局面にあるときほど、その作業は重要になる。今季の「トリー バーチ」は、その再構成を思わせるコレクションだった。「混沌(こんとん)と絶望の時代において何が持続するのか」というテーマのもと、彼女は加速する業界のモメンタムではなく、自身の内側に育んできた価値を基点に据えた。

Andrea Adriani / Getty Images

会場はアッパーイーストサイドのサザビーズ・アット・ザ・ブロイヤー。1960年代にマルセル・ブロイヤーが設計したブルータリズム建築であり、現在はオークションハウスとして機能する空間だ。時間を経た価値が再評価される場所でショーを行ったこと自体、今季のテーマと響き合う。

launchmetrics.com/spotlight

ファーストルックは赤のニットにパテントレザーのスカート。色と光沢は強いが、シルエットは静かだ。胸元のイワシモチーフのピンはバーチの遊び心であると同時に、彼女が育った東海岸のライフスタイルを想起させ、装いに軽さを加える。ラグジュアリーを過剰に主張しないバランス感覚がうかがえる。

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トレンチコートは構築的で襟は高いが、威圧感は抑えられている。グレーのテーラードは肩にボリュームを持たせながら、ベルベットの襟で重圧感を中和する。ネイビーのダブルコートにレザーグローブを合わせたルックも同様に、力感と節度が両立している。丸みを帯びたコートやカーディガンには、インドの職人によるバドラ刺しゅうが施された。本来は王侯の装いにも用いられてきた技法だが、ここでは構造線を際立たせる役割を担う。

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父親の服装から着想を得たアプリコットやサフラン色のコーデュロイ、ブラッシングとウォッシュ加工を施したシェトランドウール、縫い目をあえてほどいたドロップウエストのドレスなども登場。素材は、新しさよりも“受け継がれてきたもの”の気配を忍ばせる。

launchmetrics.com/spotlight
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コレクションを横断するモチーフは“ノット(結び目)”。園芸家でフィランソロピストのバニー・メロンのライフスタイルからヒントを得た“バニー・ノット”が、ドレスのドレープやジャージーのツイスト、バッグの金具へと展開された。バーチは2018年、カリブ海のアンティグアにあるメロンの邸宅を購入している。その自宅で目にしたキルティングクッションのディテールが、今回の“バニー・ノット”の発想へとつながった。個人的な経験が、具体的な造形として再解釈されている。

Andrea Adriani / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

バーチは、簡素さと誠実さを重んじるクエーカー教育を学び、「規律と礼儀、そして好奇心を持て」という父の教えと、富を声高に誇示しない東海岸の上流文化で育った。その環境が、虚飾を退け、泰然とした強さを宿す彼女の美意識を形づくっている。ブランド創設から20年以上を経て、バーチの視線は拡大よりも持続へと向かう。

Taylor Hill / Getty Images

ブランド初期の軽やかな親しみやすさに代わり、今はタイムレスな価値を積み重ねる風格がある。その視座を、長年協働するスタイリストのブライアン・モロイとともに服へと吹き込む。レイヤリングや比率の微調整が、自然と袖を通したくなる感覚を生んでいる。過去と現在を一つの物語として結び直すこと。それは自己を保つための再構成の作業でもある。今季の「トリー バーチ」は、その意志を服というたたずまいに帰結させた。

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コーチ(COACH)

若さとは何か。無垢(むく)であることだろうか。それとも、まっさらに始められることだろうか。「コーチ」の2026年秋コレクション「わたしたちが分かち合うもの(What We Share)」で、スチュアート・ヴィヴァースはその通念を問い直した。若さとは、すでにあるものを引き受け、それを自分の色に塗り替える力である。

Isidore Montag / Courtesy of COACH / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
Isidore Montag / Courtesy of COACH / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

ヴィヴァースにとってアメリカンファッションとは、地理に縛られたものではなく、ひとつのマインドセットだ。セブンス・アベニューに象徴されるスポーツウェア、実用的なワークウェア、若者のカウンターカルチャー、往年のハリウッド映画の夢想。それらは土地や時代に閉じたスタイルではなく、文化の記憶の中に息づく精神である。

Isidore Montag / Courtesy of COACH / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

今季の発想源は、『オズの魔法使い』。クリスマスに子どもたちと見返したその映画で、ヴィヴァースはセピアからテクニカラーへと世界が反転する瞬間に改めて心を奪われたという。単色の不安が、複雑さと希望をはらんだ色彩へと開く。その変容は、新しい世代が次の冒険へ踏み出す瞬間と重なる。だが、ここで描かれるのは無垢(むく)な楽観ではない。経験を経たうえで、それでも前へ進もうとする意志だ。

Courtesy of Coach / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
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ショーの舞台は、越境の記憶を宿す、ウォール街に建つ歴史的建造物ザ・キュナード・ビルディング。今季は、ヘリテージカラーを基軸にレッドやブルー、ダークトーンのチェックが重なり合う。セピアからテクニカラーへと移ろう映画的構造が、ランウェイの配色として反復される。服は内側をあらわにし、時間を抱え、記憶をひもとく。裏地を見せたブレザーやドレスは完成された表面を反転させ、アップサイクルされたデニムやレザーは過去を現在へとつなげる。

Isidore Montag / Courtesy of COACH / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

ヴィヴァースはヴィンテージを"コスチューム"ではなく"ロー・マテリアル(素材)"と捉える。バーシティモチーフやアーカイブの金具も、その論理で扱われる。今季を特徴づけるのは、意図的に施された時間のレイヤーだ。ジャケットやドレスにはあえてしわがつけられ、ニットには色違いの毛糸で経年変化のような色ムラが施される。完璧な新品ではなく、すでに誰かの“時”を通過してきたかのような風合いを備えている。それはヴィンテージの再現ではなく、完璧さより年輪を選ぶという価値観の表れだ。

Courtesy of Coach / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
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ヴィヴァースが語るように、リサイクルとは共有だ。歳月を刻んだ服を着ることは、過去を消すことではなく、それを携えて歩むことを意味する。ヴィヴァース自身、それを生活の中で体感したと語る。自身の子どもたちのあいだで、姉の服を妹のために引き出しから取り出したとき、そこに残る裂け目や擦れがラブレターのように感じられたという。同じ服を着ても、同じ人間にはならない。それでも確実に何かが受け継がれる。その連鎖の中で、若さとはまっさらな状態ではなく、すでに誰かの時間を宿した出発点なのだ。

LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

若さとは、無垢(むく)でも、まっさらでもない。共有された過去を引き受け、自らの手で再編集し、自分という"色"を選び続ける力である。セピアからテクニカラーへ。今季のコレクションは、生後9日の娘ファーンにささげられた。

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プロエンザ スクーラー(PROENZA SCHOULER)

「プロエンザ スクーラー」の女性像はこれまで一貫して明確だった。創業デザイナー、ジャック・マッコローとラザロ・ヘルナンデスが描いてきたのは、シティライクで理知的、外部の視線に迎合しない主体性を備えたクールな女性である。ブランド初期から公私にわたり彼らを支持してきたクロエ・セヴィニーが体現していたのは、都会的な知性と自律性だった。近年ではパメラ・アンダーソンのように、自身と向き合う成熟した女性像とも重ねられてきた。

Monica Feudi / Courtesy of Proenza Schouler / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

その女性像は今季、理知性はそのままに、完璧さからわずかに距離を取った。昨年、マッコローとヘルナンデスが「ロエベ」を率いるためにブランドを離れ、レイチェル・スコットが新たにクリエイティブ・ディレクターに就任。スコットにとって初の公式ウィメンズコレクションとなった今季、会場には「カルバン・クライン」のヴェロニカ・レオーニをはじめ、同時代のデザイナーたちが姿を見せた。これは単なる祝意ではない。ニューヨークのファッションシーンが転換期にあることを象徴する光景だった。

Monica Feudi / Courtesy of Proenza Schouler / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
Monica Feudi / Courtesy of Proenza Schouler / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

スコットは「プロエンザ スクーラー」の女性像の軸をわずかにずらし、それを服やアクセサリーへと落とし込んだ。デザインの端正さは保たれたが、ドレープやタックは均質化されず、背面を横切るねじれや斜めに配されたボタンが、身体をひねった瞬間を切り取ったような印象を与える。完璧さを強調するのではなく、整った構造の内部に意図的なズレを組み込んだ。

Monica Feudi / Courtesy of Proenza Schouler / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
Monica Feudi / Courtesy of Proenza Schouler / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

シルエットは明快で、短く切り取られたウエストと引き延ばされた脚線が、全体のプロポーションを決定づける。一方でテーラリングは控えめで、ダブルフェイスウールやドネガルニットが、構築的でありながらも硬さを感じさせないフォルムを支える。骨格は保たれているが、その印象は流動的だ。静止しているときよりも、動いた時に表情を変える強さがある。

Victor Virgile / Getty Images

重要なのはクラフツマンシップの扱いである。スコットは自身のブランド「ディオティマ」で、手仕事の痕跡をあえて見せるアプローチによって、CFDAでの受賞やLVMHプライズのファイナリスト選出といったかたちで国際的な評価を獲得してきた。本コレクションでは、シルクハボタイにクラッシュやプリーツ加工を施し、ボンディングによって軽やかさと建築性を両立させる。

Monica Feudi / Courtesy of Proenza Schouler / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
Victor Virgile / Getty Images

ハトメや半裁ちのフリンジが端正なラインに差し込まれ、構築的なシルエットに意図的な不均衡を加える。この論理はプリントにも貫かれている。夜の蘭を撮影した写真を加工・再構成し、フィルムの縁取りを消さずに残すことで、完成の裏側をあえて露出させた。デジタルの精密さと手仕事を重ねる発想は、プリントやハンドペイントのレザーへと展開され、コレクションを通じた一貫性を生む。

Getty Images
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完璧に仕上げることもできるはずなのに、あえて整えきらない。その不完全さを成立させてしまうところに、スコットの魅力がある。また、ヘックスバッグ(六角形ベースにホイップステッチをあしらったバケット型バッグ)やボウラーバッグといったアーカイブのシルエットを引き継ぎながら、カーフヘアやカシミヤスエードなどの異素材を掛け合わせた。フットウェアでは誇張されたスクエアトゥや引き延ばされたポインテッドキトゥンヒールが登場し、“歪み”という方向性を足元まで統一させる。服とアクセサリーを同時にアップデートすることで、女性像の変化をブランド全体へと浸透させていた。

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この変化は急進的ではない。しかし方向は確実に変わった。崩しやズレを取り入れることは表現の幅を広げる一方で、元来の象徴性を弱める危うさもはらむ。マッコローとヘルナンデスが築いた美学において、隙のない仕立て、完璧なまでのクールさこそがブランドの核だったからだ。スコットが示したのは継承ではなく再編集である。その再編集をブランドの新たな基軸に昇華できるか。いま「プロエンザ スクーラー」は、その分岐点に立っている。

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マイケル・コース(MICHAEL KORS)

ニューヨークという街には、宝石のような光が似合う優雅さと、立ち止まることを許さない速度が同居している。その矛盾こそが、この都市の幻惑だ。そんなニューヨークを背景に45年という時間を重ねてきたのが「マイケル・コース」である。45年というマイルストーンを祝う舞台はリンカーンセンター内のメトロポリタン・オペラ・ハウスだった。

Daniele Schiavello / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

権威と祝祭性が織りなす空間で掲げられたテーマは「ニューヨーク・シック(NEW YORK CHIC)」。ニューヨークの二面性を、スタイルで示すシーズンとなった。マイケル・コースはニューヨークを“再発明”、“再解釈できる場所”と語り、「世界で最も荒々しく、タフでありながら、同時に最も華やかで魔法のような場所」と表現する。そのコントラストが今季の基調である。

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序盤に登場した黒のテーラードジャケットに赤のニット、グレーのワイドトラウザーは、その方向性を端的に示した。肩は構築的だが過度に主張せず、トラウザーは腰からまっすぐに落ち、裾で静かに揺れる。ニュートラルカラーに鮮明な赤を一点差し込むことで、視線を奪う。

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また、祝祭性を帯びたフェザー素材も、過剰には振れない。白シャツと組み合わせることで非日常でありながらも現実感を保った。黒のタートルネックに赤の3Dフローラルスカートを合わせたルックでは、トップをそぎ落とすことでボトムの造形を際立たせる。強さは装飾ではなく、計算されたシルエットから生まれている。

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今季は“レジリエンス(回復力)”への賛歌と位置づけられた。しかしここで示されるのは回復というより、都市の圧力のなかで自身の芯を崩さない精神的な強さだ。“フォーン”と呼ばれるキャメルを基調に、ルビーやワインを差し込むパレットも同様に、主張しすぎず埋もれないための流儀のようだ。その姿勢を象徴するのがトレーン付きパンツだ。実用的なパンツに長いトレーンを重ね、ファンクションとドラマを両立させる。イブニングの要素を加えながらも、悠然と歩くことを前提に設計されている。非日常と日常を分断しないという提案でもある。

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プレスカンファレンスでコースは、顧客が三世代にわたることに触れ、自身のデザインが自信と力をもたらすものであってほしいと語った。流行の波にいたずらに反応するのではなく、シルエットを保つ。その哲学こそが彼のいうレジリエンスである。

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フィナーレを飾ったのは1990年代初頭からコースのランウェイに立ち続けてきたクリスティー・ターリントン。長年の関係性がブランドの持続性を物語る。フィナーレの最後、コースはいつものようにランウェイを駆け抜け、観客の拍手に応えた。45周年のコレクションは、大胆な転換ではなく、この年月を支えてきた要石を確かめる集大成のピースだった。華やぎを重ねながらも軸は揺るがない。その意志こそが、45年目の「ニューヨーク・シック」である。

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カルバン・クライン(CALVIN KLEIN)



ブランドにとって“原点”は強さであり、同時に重みでもある。歴史が長く、確固たる美学を持つほど、その均衡を保つのは容易ではない。自身3シーズン目となる今季、「カルバン・クライン」を率いるヴェロニカ・レオーニは、その均衡に明確な意志を刻んだ。そぎ落としと官能、ミニマリズムと身体性という揺るぎないDNAを持つブランドで、何を継承し、どこを更新するのか。彼女が選んだのは、劇的な刷新ではなく、ブランドの核を自分自身の美学と現代の精度で深掘りすることだった。

Courtesy of Calvin Klein / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
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ハドソンヤードにあるザ・シェッドの会場に並んだレッドチェアの曲線と直線。その対比は、今季のテーマを既に暗示しているかのようだ。ブラックのケープドレスは、横に張り出すショルダーと床へ落ちる縦のラインで静かな存在感を放つ。アイボリーのロングドレスもまた、肩に水平に乗るケープとわずかに絞られたウエストから縦へ収束するシルエットが、身体の線を際立たせる。装飾をそぎ落とすことで、構造そのものが語り出す。縦長でストレートな構造は、ブランドの原点を思わせながらも、どこか軽やかだ。

Courtesy of Calvin Klein / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
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かつて一世を風靡(ふうび)した1976年のアーカイブデニムを再解釈したフルデニムスーツやアビエータージャケットも差し込まれる。だがそこに懐古的な響きはない。歴史は引用ではなく、現在を構築する素材として扱われる。スーツやトレンチといったエッセンシャルなピースは、背中を大胆に開けたカットやスリーブレスのアクセントが加わり、禁欲のなかに官能を宿す。

Courtesy of Calvin Klein / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

ニュートラルカラーを軸にバーガンディやタンジェリンといった色彩が、服を纏う空気の温度を変え、ドライなウールからリキッドベルベット、ボンディングサテン、透け感のあるレザーまでさまざまな素材が重なる。官能は決して誇張されず、肌と布のあいだに生まれるわずかな息遣いが、印象を強める。

Courtesy of Calvin Klein / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

ショーの終盤、ペールピンクのドレープドレスが現れ、やがてタンジェリンのリキッドドレスが流れるように続いた。光を従えながらも構造はシンプルだ。そぎ落としを徹底したからこそ、この流動性が成立する。静から動へ、マットから光へ。計算し尽くされたような沈潜の積み重ねが、最後に高揚へと転じる。

Courtesy of Calvin Klein / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
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レオーニは原点にとらわれるのではなく、現在へと結晶させた。ミニマリズムは過去の遺産ではなく、いまも呼吸し続ける美学であることを示した今季。ブランドの背骨を揺るがせることなく、素材と輪郭の純度を上げることで、空気の質感を変えた。その静かな変化こそが、「カルバン・クライン」の次章を予感させる。

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