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【帝国ホテル 京都】歴史的建築「弥栄会館」の記憶を継承し、2026年、花見小路に開業

  • 2026.4.30

1800年代後半のジャポニスムから現在にいたるまで、古今、世界を刺激する“日本の美”は、日常の中で醸成されてきた。

空間を仕切る衝立や襖、道具やちり紙にまで宿る美意識は、芸術と用の美を峻別することのない独自の感性によって成り立ってきたのだ。

時を超え美を継承する職人たちの手業を求めて京都を旅する。

今春、京都の地に、帝国ホテルが舞い降りた。祇園の象徴だった「弥栄会館」を再生するかたちだ。土地・建築・人の記憶を丸ごと継承せんとする、帝国ホテル 京都の美学を紐解く。


祇園の象徴を再生してホテルに

1930年代に流行した和洋折衷様式の外観。

明治期日本で迎賓館の役目を担うべく、東京日比谷に帝国ホテルが誕生したのは1890年のこと。1933年の上高地、1996年の大阪を経て2026年、満を持して京都に4つ目の帝国ホテルがお目見えする。

エントランス正面では樹齢約1,000年の欅の一枚板が出迎えてくれる。シンボルマークは鋳物で造られ、「IMPERIAL HOTEL KYOTO」の文字には螺鈿細工が施してある。
ホテルエントランスを見守るように置かれた内田鋼一《風神》。向かいに《雷神》も据えられ対をなす。

立地は祇園町の中心地、観光客で賑わう花見小路沿い。地域のランドマークだった弥栄会館を再生するかたちでの開業と相成る。

ホテルエントランスの軒裏は弥栄会館時代のステージ上部の垂れ壁に施されていた麻の葉のデザインをアレンジ。

1936年竣工の弥栄会館は、お茶屋組合や芸妓組合がお金を出し合い、無借金で建てられた。設計を手がけたのは、劇場建築の名手と謳われた木村得三郎(大林組)。建築家の系譜としては、帝国ホテル2代目本館を設計したフランク・ロイド・ライト、さらにはその師ルイス・サリヴァンの強い影響下にある。

屋根の意匠も弥栄会館時代のものを再現。「歌」の文字を8つの円が囲む「八ツ団子」模様を瓦に刻んでいる。

日本の伝統的意匠を巧みに西洋建築に取り込みつつ、弥栄会館は築かれた。長年祇園を象徴する建築だったが、耐震性不足により近年は使用されずだった。これを何とか再生できないものか。京都市からの声がけで、南西面の壁と一部駆体を残しながらホテルとするプロジェクトが動き出した。

弥栄会館の外壁にあったテラコッタがホテル外壁に再利用されている。

一帯は歴史的景観保全修景地区ゆえ、新築は高さ12m以下の厳しい制限を受ける。今回のプロジェクトでは、外観意匠継承を条件に、弥栄会館の31.5 mの高さを維持する建築許可が下りた。

外壁タイルも、弥栄会館時代からのものを可能な限り再利用した。

継承の精神は徹底され、外壁のタイルもできる限り再利用が試みられる。一枚ずつ壁から取り外し、モルタルを除去して健全性を確認。結果、全体の1割にあたる約1万6千枚が再び壁面へと戻った。

1階に資料コーナーがあり過去の貴重な写真などが見られる。

素材の探求からすべては始まる

帝国ホテル2代目本館のテラコッタレリーフを鋳物に置き換えて館内装飾に。

内装デザインを担当したのは、現代美術作家・杉本博司氏とともに「新素材研究所」を主宰する建築家、榊田倫之氏だ。自身の設計指針に掲げる「Old is New」の言葉は何を意味するのか。

弥栄会館で使われていた階数表示を基にデザインを再構築した「弥栄フォント」。

「高度経済成長で淘汰されてきた日本の良きモノや工法に光を当て、再編集することをテーマとしています。素材の探求によって場所を知り、歴史を知り、自らを知ることへ繫げていきたい」

木のやわらかな曲線が美しい階段。

帝国ホテル 京都の仕事は、まさにこの哲学の実践だった。気品に満ちた空間で何より存在感を放っているのは、石と木という二つの素材である。

地下1階プール。壁面を覆うのは岡山県産の北木石。表面に磨きをかけず質感を残した。

「館内に日本の様々な石を配しています。フランク・ロイド・ライトが手がけた帝国ホテル2代目本館でふんだんに使われた大谷石、弥栄会館の貴賓室に使われていた鹿児島・沖永良部島産の田皆石、弥栄会館の外壁に使用されていた北木石をプールの外壁に用いるなど、悠久の時間を感じさせてくれることと思います」

“北棟グランドプレミア”は祇園の町並みに馴染む佇まい。畳を配した和風モダン客室は帝国ホテル史上初。床の桜材ほか多種の木材が用いられ質感の違いを楽しめる。
本棟保存エリアの“弥栄スイート”。バルコニーに出ると屋根やテラコッタの壁模様が間近に。

木材については、国内産の欅を随所に使っている。数寄屋建築では通常針葉樹系の材が多用されるが、今回は丈夫な広葉樹も使用した。

客室のベッドを取り囲むように日本の銘木を配する。

客室のベッド周りには屋久杉や神代杉など、榊田氏の目利きにより集められた銘木を、各部屋の雰囲気に合わせ惜しみなく配した。

弥栄会館地下食堂を飾った千鳥のモチーフを“生け捕り”し、額装したものがいくつかの客室にあしらってある。

「弥栄会館が建てられたのは、国会議事堂の竣工と同じ年。近代国家として後進だった日本が、自国の力だけで良い建築を造ろうと奮闘した時代です。その記憶を継ぐためにも、できるだけ国産の素材を用いることは心がけました」

日本の空間は水平方向へ広がる

宿泊者ラウンジに掛かる杉本博司《海景》。何にも乱されない水平線を撮った写真作品が空間に開放感と広がりをもたらす。

1階にある宿泊者ラウンジでは、日本の伝統的空間づくりを継承した。高さ制限があるため、ここでは天井高が充分に取れない。ならばと榊田氏は、水平方向へ広がりを持たせる空間構成を試みた。

室の半ばから長い庇が伸びるがごとく天井に傾斜をつけ、人の視線を開口部へと自然に誘導。家具や装飾などあらゆる設えも、視線が水平方向へ導かれるよう工夫してある。

《海景》に対面するかたちで壁面には杉本博司氏がデザインした松竹図襖絵が。

「この室内は、椅子に座ったときの視線の高さを基準に設計し、空間の重心をぐっと下げています。それにより深い落ち着きが生まれます。低い視点と水平志向は、もともと日本建築が持つ特性です。日本の古い建築から多くのヒントを得ました」(榊田氏)

宿泊者ラウンジの家具はアール・デコ調で統一。

窓外に目をやれば、庭の景が見える。面積は小さいが、植栽や垣の配置を考え抜き、祇園の町並みを感じる豊かな広がりを持つ眺めが生まれた。

レストランカウンターを舞台に見立てる

フランス料理「練」のカウンター内で腕をふるう今城浩二料理長。背後には左官のアートワークが。

レストラン空間もまた、劇場だった弥栄会館の記憶を鮮やかに呼び覚ます。フランス料理「練」は、帝国ホテルのフランス料理として初のカウンタースタイルを採用し、そこを舞台と見なす。

背景には左官職人・久住誠氏による、東山からの風の揺らぎを表現したアートワークが据えられている。

タイラギ、ホワイトアスパラガスなどを積み重ねた見目麗しい一品。
タイラギを用いたスフレにキャビアをのせる。

今城浩二料理長が供するのは、素材の力を極限まで引き出す料理である。

「お客様を観客として舞台にお迎えする、そんな気構えで臨みます。食事を一つのライブ体験として味わっていただけたら」(今城料理長)

オールデイダイニング「弥栄」エントランスを、弥栄会館建造当時流行した南方趣味の芭蕉レリーフ意匠が飾る。
オールデイダイニング「弥栄」の壁面にある川人綾によるペインティング作品。
「弥栄」の壁面を彩る、弥栄会館理事長室にあった花鳥図。

オールデイダイニング「弥栄」では、帝国ホテルの定番料理に薪窯グリルをかけ合わせた皿が提供される。また、ホテル内にはバーが2軒。

「オールドインペリアルバー」のオリジナルカクテル“マウント比叡”を作る際にはバーテンダーが抹茶を点てる。
日本酒や卵白も入り和の味わいが豊か。

「オールドインペリアルバー」では、帝国ホテルで100年以上愛されているオリジナルカクテル“マウント フジ”を再構築した“マウント比叡”を楽しめる。

宿泊者専用の「ザ ルーフトップ」へ上がれば、北山の稜線と瓦屋根が続く圧倒的なパノラマを望むことができる。

カウンターに座ると見える、町並みの向こうに山々の稜線が広がる様は絵巻物のよう。

帝国ホテル 京都は、どんな存在となるのが理想か。榊田氏に問うた。

「祇園の町の一部として溶け込んでいきたいですし、逆に、町全体がホテルの一部であるとも考えたい。土地と関係しながらともに育っていけたら何よりです」

この地で「再生と継承の物語」が、末永く紡がれていくこととなる。

帝国ホテル 京都

所在地 京都市東山区祇園町南側570-289
電話番号 075-531-0111
客室数 55
料金 164,500円~(2名1室利用)
https://www.imperialhotel.co.jp/kyoto

文=山内宏泰
写真=福森クニヒロ

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