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【BTS連載vol.4 J-HOPE】光州のストリートから世界へ。“希望”を背負う覚悟と挑戦

  • 2026.3.1
<strong>J-HOPE(ジェイホープ)/1994年2月18日生まれ、韓国・光州出身</strong> Marc Piasecki / Getty Images

2022年6月に活動休止を発表してから約4年、2026年3月20日リリースの5thアルバム『ARIRANG』でBTSがついに再始動を果たす。4月からはソウルを皮切りに世界23ヶ国・地域を巡る大規模ワールドツアーを控え、7人揃った“完全体”の復活を世界が心待ちにしている。

これに合わせ、オフィシャルブックの翻訳も手掛けた“BTSのプロ”桑畑優香さんが、全7回の特別連載でメンバーの魅力を紐解いていく。第4回はグループに躍動をもたらすパフォーマンスの中枢、J-HOPE。一ミリの妥協も許さないストイックさと、メンバーを気遣う心優しさでグループを支えてきた彼。故郷・光州のストリートを出発点に、モード界をも魅了する世界的アイコンに上り詰めた今、その輝きの裏にある表現者としての軌跡をたどる。

原点は光州のストリート。ダンスから始まった、未経験のラップへの挑戦

BTSの中で、音楽的にも人間的にも絶妙なバランスを生み出している存在がJ-HOPEだ。ダンス、ラップ、ソングライティング、プロデュースまでを担いながら、グループに躍動をもたらすパフォーマンスの中枢。自らを“ビタミン”と称し、「僕は皆さんのHOPE」と呼びかけるその姿は、一種の宣言に近い。

ドキュメンタリー『HOPE ON THE STREET』で彼は語る。「踊ることは僕の原点。ダンスのおかげで道が開けた」。その言葉どおり、出発点は故郷・光州のストリートだ。中学2年でダンスクルー「NEURON」に最年少で加入し、数々のコンテストで頭角を現した。しかし、BigHitエンターテインメントの門を叩いた当初、ラップは未経験。オーディションでは実力不足を痛感し、不合格を覚悟したほどだったという。

RB/Bauer-Griffin / Getty Images

彼を変えたのは、練習生時代の熾烈な環境だった。『BEYOND THE STORY ビヨンド・ザ・ストーリー:10-YEAR RECORD OF BTS』の中で、彼は当時の宿舎をこう回想する。「目が合うと、みんながいきなりフリースタイルでラップを始めるんです。あの環境で上達しないわけがありません」。RMやSUGAという圧倒的な才能に揉まれながら、J-HOPEはリズムだけでなく、言葉に感情を乗せる術を肌で学んでいった。跳ねるようなフロウ。彼のラップが躍動的なのは、ダンスと切り離せないからだろう。

「自分だけが目立ったりすることがないように慎重だった」と明かす彼が、初めて自らの色を前面に出したのが、初のミックステープ『Hope World』(2018)。90年代のハウスからトラップまでを横断するサウンド、「Daydream」のカラフルな映像世界、「Airplane」で歌ったスターとしての高揚感。そこには、“希望”という名を背負う覚悟と、解放の手ごたえがあった。

だが、彼の音楽的探求はそこで止まらず、やがて自身の“影”をも直視する。公式ソロアルバム『Jack In The Box』(2022)では、内面の葛藤や不安をあえてむき出しに。「自分の中にどんな問題があるのか分かっているから、それを取り出せばシリアスな曲も作れると思った」(『BEYOND THE STORY ビヨンド・ザ・ストーリー:10-YEAR RECORD OF BTS』)

明るさの裏にある、深い自己分析。その誠実な姿勢は、社会的なメッセージにも貫かれている。BTSの楽曲「Ma City」(2015)のなかで、彼はラップでこう刻む。

「みんな押せ 062-518」

光州の市外局番と5・18民主化運動を示すその数字は、故郷への誇りと歴史へのまなざしを同時に表す。ソウルで初めて知った地域対立への違和感を、彼は音楽へと昇華した。「忘れてはならない歴史を音楽で表現したかった」(KBS『ニュース9』でのインタビュー)という言葉が示すのは、アイドルを超えた表現者としての自覚だ。

光を掲げながら、影から目を逸らさない。エネルギーと内省。その両方を抱え続けることこそが、J-HOPEというアーティストの強みなのだろう。

10万人を熱狂させたソロステージ。モード界をも魅了するポップアイコンに

2022年6月、BTSがグループ活動とソロ活動を並行していくことを発表。そのわずか1か月後、アメリカ・シカゴで開催された音楽フェス「ロラパルーザ」に挑み、第2章の幕を開けたのがJ-HOPEだった。韓国人アーティストとして初めてメインステージのヘッドライナーを務めるという快挙。約10万人の観客を前に、全18曲を披露。ARMYが“HOBIPALOOZA”と名付けたこの夜は、シカゴ副市長がSNSで経済効果を称賛するほどの社会的インパクトを生んだ。

その輝きは一夜にして生まれたものではない。ロラパルーザのステージに立つまでを追ったドキュメンタリー『J-HOPE IN THE BOX』には、プレッシャーに向き合いながら、細部まで突き詰めていく姿が捉えられている。ステージ上で語った「この瞬間を勝ち抜いた自分自身を誇らしいと言いたい」という言葉は、己の限界を自覚し、それを越えてきた者の自負だった。

音楽の境界を広げ続ける彼の存在は、ラグジュアリーファッションの世界をも魅了している。2023年、J-HOPEは「ルイ・ヴィトン」のハウスアンバサダーに就任。ブランド側は「明るいエネルギー、正確な振付、創造的な音楽ディレクションで、芸術の境界を押し広げ続けている」と評価した。

Pascal Le Segretain / Getty Images

ヒップホップにおいて、ファッションは自らの成果とアイデンティティを象徴する、重要な文化的コードだ。2025年1月にはドン・トリヴァーが、J-HOPEとファレル・ウィリアムスをコラボに迎えた楽曲「LV Bag」をリリース。この曲は、パリで開催された、ファレルがメンズ・クリエイティブ・ディレクターを務める「ルイ・ヴィトン」の2025年秋冬メンズコレクションショーで初披露! ドンの歌声に自然に溶け込むJ-HOPEのラップは、現在のポップシーンにおける彼の位置を物語っている。

“お母さん役”で“ダンス隊長”。ストイックな完璧主義と深いホスピタリティ

ステージでは太陽のような存在感を放つJ-HOPEだが、その裏側は驚くほど細やかだ。メンバーから“ダンス隊長”と呼ばれる彼は、振付の角度やタイミングを一ミリ単位で揃えることに妥協しない。

象徴的なのが、2021年、J-HOPE、JIMIN、JUNG KOOKによる「Butter (feat. Megan Thee Stallion)」のスペシャルパフォーマンスだ。コロナ禍のなか、「ファンたちがしばらく見ていなかったようなものを、思いっきりやってみよう」という、J-HOPEのアイディアがきっかけ。限られた時間の中で、J-HOPEはふたりに「空いた時間は全部練習に回そう」と提案。わずか1分足らずの映像のために、納得がいくまで再撮影を繰り返したという。(『BEYOND THE STORY ビヨンド・ザ・ストーリー:10-YEAR RECORD OF BTS』)

だが、その厳しさは冷たさとは無縁だ。ダンス未経験のメンバーがいた初期、彼は「まずはダンスの面白さを知ってほしい」と深夜まで付き添い、根気強く指導。JINが「振付が理解できない時、隣に来て何度も教えてくれる気遣いの人」と信頼を寄せるJ-HOPE。その優しさは、宿舎に入った初日のJUNG KOOKに「君も食べる?」と弁当を分け合ったあの日から、変わっていない。

リアリティ番組『BTS In the SOOP』で見せる徹底したきれい好きの一面も印象的。共用スペースを整え、ゴミ袋をさりげなく準備し、きっちりベッドメイクしてチェックアウトする。その姿は、周囲の環境を整えることで、自分もメンバーも心地よく過ごせるようにという、彼なりの深いホスピタリティ。そんなJ-HOPEは、ファンから“BTSのお母さん役”と愛情をこめて呼ばれている。

ルーツを背負って新たな船路へ。自由な挑戦の先に待つ、BTSの新たな化学反応

除隊直後のインタビューで、J-HOPEはこう語った。「もっと拡張された僕の自我を反映したアルバムを披露したい。ずっとクリエイティブであり続けることが僕の仕事。使命感ですね。変わらず音楽が好きで、ステージが好きで、プレイヤーとして楽しんでいる姿を見せたい」

Pedro Becerra / Getty Images

その言葉どおり、彼は兵役終了後、すぐにソロツアーへと踏み出す。16都市33公演、52万4千人を動員した『j-hope Tour ‘HOPE ON THE STAGE’』。ツアーのさなかに発表された「Sweet Dreams (feat. Miguel)」「MONA LISA」「Killin’ It Girl (feat. GloRilla)」という3部作は、ポップ、R&B、ヒップホップ、ファンクを横断しながら、自由で大胆な挑戦を印象付けた。

ラストを飾った楽曲は、「NEURON (with Gaeko, yoonmirae)」。そう、光州時代に所属していたダンスクルー名だ。それはまた、「New Run」という新たな出発の意味も内包している。「前に進むために生きてる。僕らはNEURONだからルーツを忘れずに進む」と歌い踊るなか、バックスクリーンには、練習室で踊るBTSメンバー7人のシルエットが映し出されていた。

そのシルエットが再び色を取り戻し、鮮やかなパフォーマンスとなって帰ってくる日まで、一か月を切った。ソロ活動を通じて自我を拡張させたJ-HOPE。彼が再びBTSという集合体に戻る時、どんな新しい化学反応が起きるのだろうか。

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