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4000憶円と引き換えに愛に飢えた「世界一不幸な大富豪」バーバラ・ハットンの肖像

  • 2026.5.12
Bettmann / Getty Images

全米にディスカウントストア帝国を築いたウールワースの孫娘、バーバラ・ハットン。約4,000億円という莫大な遺産を得たことをきっかけに、彼女の人生は常に孤独に覆われてしまいます。自死した母の第一発見者となり、父の育児放棄、そして最愛の息子の死など、「可哀そうなリッチガール」と揶揄された彼女が、生涯を通じて問いかける「真の幸福」の正体を紐解きます。

Bettmann / Getty Images

黄金の揺りかごであげた産声

1912年、全米にディスカウントストアを展開したフランク・ウィンフィールド・ウールワースの孫娘として生まれたバーバラ・ハットン。当時の国家予算にも匹敵する莫大な資産と、誰もが羨む社交界の頂点の座を生まれながらに手にした、リッチベビーの誕生でした。その輝かしいバックグラウンドとは裏腹に、彼女の瞳には幼少期からどこか深い影が宿ります。

父フランクは仕事と愛人に夢中で家を空けがちであり、母エドナは夫の不貞に悩み、精神的に不安定な日々を送っていました。バーバラは巨大な邸宅の中で、多忙な両親の代わりに、雇われた大勢の乳母や使用人に囲まれて育ったのだそう。幼い子供がもっとも必要とする、親のぬくもりはそこにはなく、彼女にとって家は冷たい牢獄のような場所だったのです。

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「ママ、起きて」母の冷たくなった遺体を目撃

バーバラがわずか6歳のとき、彼女の人生に大きな影を落とす悲劇が起こります。ニューヨークのプラザホテルで、母エドナが夫の浮気に絶望し、自ら命を絶ったのです。その遺体を発見したのがバーバラでした。彼女はこの時、冷たくなった母親の耳元で「ママ、起きて」とささやき続けたと言われています。

この凄惨な体験に対し、大手投資銀行に勤めていた父フランクは、娘を抱きしめるどころか妻の死を思い出せる彼女を疎ましく思い、遠ざけるようになります。寄宿学校や親戚の家を転々とたらい回しにし、親の愛という土台を一度も与えなかったのです。

6歳で母親が持っていたウールワース家の遺産を引き継ぎ、12歳で祖母の遺産を相続。21歳になった時にはその資産総額は約4000億円にものぼり、この莫大な資産が、孤独な少女を守る盾ではなく、世界中の金の亡者たちを呼び寄せるための残酷な招待状となってしまうのです。

Keystone-France / Getty Images

七度の結婚。信じた愛は幻想

生涯で7度の結婚を経験したバーバラ。「今度こそ真実の愛を」と願うも毎回裏切られ続けました。最初の夫であるムディヴァニ王子をはじめ、その多くは彼女自身ではなくウールワース家の資産に恋をしていた者ばかり。夫たちは彼女の資産で贅沢の限りを尽くし、浮気を繰り返し、離婚の際には莫大な慰謝料をむしり取りました。

唯一、名優ケーリー・グラントだけは彼女の金を求めず、真摯に向き合おうとしましたが、すでに精神を病み、依存症に苦しんでいたバーバラにとって、ケーリーもまた安らぎにはなりませんでした。愛を求めれば求めるほど、資金と精神が削られていき、彼女の心は冷え切っていったのです。

London Express / Getty Images

唯一の光だった最愛の息子の死。崩れ去った最後の砦

数々の結婚の中で、バーバラが唯一授かった宝物が、2番目の夫との間に生まれた息子ランス。彼こそが自分の人生を肯定してくれる唯一の存在でした。

自分を愛さなかった両親とは対照的に、彼女はランスに深い愛情を注ぎましたが、運命はどこまでも彼女に冷酷でした。1972年、ランスが飛行機事故で急逝してしまうのです。30代という若さでの別れ。最愛の息子の死は、バーバラから生きる気力を完全に奪い去り、酒と薬、そして宝石を他人に配り歩くという奇行で、自らを破壊するように孤独の闇へと沈んでいきました。

New York Daily News / Getty Images

男たちのおんぶで移動。歩く自由と誇りを失って

「美しくなければ愛されない」という呪縛に囚われた彼女は、30年もの間、固形物を口にせずコーラと薬物で命を繋ぎました。その結果、50代を迎える頃には、かつての社交界の華は自力で立ち上がることさえ叶わぬほど衰弱し、屈強な男たちの背中にしがみついて移動するほかなくなったのです。

バーバラが公の場に姿を現すとき、その傍らには常に若い男性が控えていました。彼らは彼女の恋人や秘書という肩書きでしたが、主な仕事は、衰弱しきった彼女をおんぶして移動することでした。

ビバリーヒルズのホテルのロビーやレストランへ、男性の背中にしがみついて運ばれる彼女の姿は、往年のエレガンスを知る人々を絶句させました。それは、決して幸福とはいえない彼女の人生を物語るかのような、あまりにも残酷でシュールな光景だったのです。

Jon Brenneis / Getty Images

残ったのは空っぽの宝石箱と、支払いの滞ったホテル代

1979年、ビバリーヒルズのホテルでバーバラは息を引き取りました。このとき、彼女の銀行口座に残っていたのはわずか3,500ドル。お金目当ての夫たちにむしり取られ、詐欺師まがいの取り巻きに奪われ、寂しさから見ず知らずの人に配り続けた結果、かつて4000億円を誇った資産のほとんどが消えてなくなっていたのです。

歴史的な至宝が詰まっていた宝石箱は空っぽになり、代わりに残されたのは、支払いの滞ったホテルの請求書の山。世界でもっとも裕福なベビーとして生まれた女性は、すべてを失い、空っぽの状態でこの世を去りました。

※この記事は2026年5月12日時点のものです。

Getty Images

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