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なぜ12歳の少女は、少年として生きることを選んだのか? 映画『わたしの知らない子どもたち』が描く、子どもの視点から見た戦後【レビュー】

  • 2026.10.19
 ©2026 K2 Pictures・AOI Pro.
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映画『わたしの知らない子どもたち』が10月16日より劇場公開中。同作は『ディア・ドクター』や『夢売るふたり』などで高い評価を得る西川美和が原案・脚本・監督を務めている。

「子ども目線の戦後映画」として完成していた

 ©2026 K2 Pictures・AOI Pro.
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主人公の1人である教師・曽根文美子を演じた二階堂ふみは、『わたしの知らない子どもたち』の完成した脚本を読んだときに「戦後という価値観が一変した時代を“子どもの視点”から描く、その新しい語り口に強く心を動かされました」とコメントを寄せている。

筆者もその言葉に強く同意する。公開中の映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』でも戦争に関する小学4年生の女の子の質問が物語の起点になっていたが、本作は作品としての挑戦が実をなした、「子ども目線の戦後(戦争)映画」として完成していたのだから。

参考記事:https://ddnavi.com/article/1439990/a/

そして、大規模なオーディションにより選ばれた、当時11歳・小学校5年生の小八重葵美(こやえ あみ)の存在感と演技も忘れ難く、何より本当に戦後を生きた子どもに思えることも、あまりに大きい。彼女が性別を捨てて生きなければならなかったこと、もっと言えば男の子に見えなくもないが、女の子であることを隠そうとしていることもわかるという説得力にも注目してほしい。

少女が直面する、戦後社会の残酷な現実

 ©2026 K2 Pictures・AOI Pro.
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なお、「年少者による賭博行為の描写が見られる」という理由でPG12指定がされており、その他にも「生きるためにそうせざるを得なかった」子どもたちの過酷な日常が描かれている。また、戦後の混乱のなかで女性や子どもが直面せざるを得なかった危険や過酷な現実についても、過度な直接描写は避けつつも、やや間接的ながら描写されている。そうしたショッキングさも物語が語られるうえで、重要な要素となっている。

西川監督は第51回トロント国際映画祭で、3ヶ月強にわたる撮影では子どもたちの精神的な負担にも配慮しながら、ゆったりとしたスケジュールを組んだと説明しており、インティマシーコーディネーターからもアドバイスを受け、定期的なカウンセリングを行いながら撮影を進めたことも語っている。劇中では過酷に思える子どもたちの生活だが、撮影においては十分な配慮がされていたことも、留意しておくといいだろう。

なお、音楽を手がけたのは『国宝』の原摩利彦。しかも、坂本龍一の呼びかけで設立され、東日本大震災をきっかけに結成された「東北ユースオーケストラ」の若者たちが、原の監修のもとで本作の主題音楽を演奏しており、その演奏風景と本編映像を組み合わせた特別MVも公開されている。時代と境遇が異なる、あるいは重なる若者(子ども)たちの思いを、音楽から感じてみるのもいいだろう。

また、上映時間は150分とやや長尺だが、その長さでこそ「戦後」を体感することに意義がある。ここからは、さらなる魅力と今の時代に必見の理由を、本編の内容に踏み込みつつ解説しよう。

※以下より、『わたしの知らない子どもたち』の決定的なネタバレを避けつつ、一部内容に触れています。ご注意ください。

『ゴジラ -1.0』のチームが作り上げた戦後の東京でのサバイバル

 ©2026 K2 Pictures・AOI Pro.
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1945年、12歳の少女・茅野琴子は、戦争によって家も家族も失い、焼け野原となった東京で生きていくことになる。あるとき琴子は、少女であること自体が生きるうえでの危険につながる現実を知る。自らの身を守るため、琴子は性別を隠し、少年として生きることを決意する。

描かれる戦争孤児の日常は、食べるものにも住む場所にも不安が付きまとう、文字通りの「サバイバル」だ。そして、圧巻なのは『ゴジラ-1.0』で第96回アカデミー賞の視覚効果賞を受賞した白組チームが担当した、1945年当時の東京の「世界」だ。

瓦礫が積みかさなる街や、焼け跡に漂う退廃的な空気もさることながら、戦後の駅や「闇市」に集まる人々の「密度」にいたるまで、当時にタイムスリップした感覚で、そのサバイバルを体感できるはずだ。

子どもたちは戦後を「自分の足で歩き、自分の目で見て」いた

 ©2026 K2 Pictures・AOI Pro.
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また、本作ではそうした戦後の世界のみならず、主演の小八重葵美を含む子どもたち全員が、そこで「生きている」と思えることも重要だ。その説得力は、彼ら彼女らが「当時の時代や起きたことを想像できる」環境でこそ成し得たものだろう。

例えば、子どもたちは孤児体験者である海老名香葉子原作のアニメ映画『うしろの正面だあれ』を鑑賞し、上映後には感想を語り合う時間を設け、普通の暮らしの子どもが地方へ疎開し、家族を失っていく過程についてそれぞれが何を感じ、考えたのかを、若いスタッフらともともに伝え合ったりしていたのだそうだ。

さらに、子どもたちと共に本作の舞台となる上野の街へくり出したほか、東京大空襲・戦災資料センターで当時の暮らしや空襲被害の写真資料なども目にしながら、東京大空襲で両親を亡くした吉田由美子の体験談にも直に触れたという。

そのため、本作に出演した子どもたちは、映画の世界を知識として学ぶだけでなく、「自分の足で歩き、自分の目で見る」ことで、少しずつ自身たちの役との距離を縮めたそうだ。その積み重ねがあってこその、「本当にそう」としか思えないほどの、戦争孤児を体現した子どもたちの実在感と説得力にも期待してほしい。

大人の視点も重要だった

 ©2026 K2 Pictures・AOI Pro.
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琴子はサバイバルのなかで自身と同じ戦争孤児の少年たちとの交流し、ヤクザの親分・菊沢徹(岡田准一)から仕事をもらったりもして、なんとか心理的な意味での「居場所」も見つけていくが、それでも「安住の地はない」とも思い知らされる。まだ少女である彼女がどこに行き着くのか。そもそも少女であることを隠し通せるのか。旅路の過程にハラハラしつつ、結末が気になるだろう。

さらに、琴子の元の担任教師だった曽根文美子(二階堂ふみ)の視点も重要だ。彼女もまた戦争で婚約者を亡くし、さらに教師という立場も失ってしまうのだが、父の友人から「琴子を探している」という知らせを受け、戦争孤児たちと出会うようにもなり、教師としての尊厳も取り戻していく。文美子の立場は子どもを、しかも自身の教え子を心から心配し見つけ出そうとする、この映画を観る観客にも近い「大人の視点」として重要だったのだ。

その琴子と文美子の境遇は、それぞれが戦後の日本で性的に搾取される(されかねない)女性の(あるいは子どもの)立場を克明に示しているとも言える。その先に待ち受ける結末は、安易な救いではないが、絶望でもない、あの時代に「あったかもしれない」1つの答えとして、受け取れるのではないか。

「わたし」は観客の一人称にもなる

 ©2026 K2 Pictures・AOI Pro.
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なお、西川監督が本作の企画に着手したきっかけは、『すばらしき世界』(2021)の製作過程で、戦争孤児、それも戦後の日本に実在した12万人の“名もなき子どもたち”の存在を知ったことだったという。

そして、「彼らはどこから来た、誰だったのか。そしてどこへ行ったのか。私はあまりにも彼らのことを知らない」という思いが西川監督の中で年月をかけて膨らんでいき、長いリサーチを経て脚本を執筆したそうだ。

そして、西川監督は「タイトルの『わたしの知らない』の「わたし」は、私自身の一人称なんです」とも語っている。観客もまた今までは知り得なかった戦争孤児たちの生活を知る、いや「子どもの視点で体感」することができるため、「わたし」は西川監督だけのものではない、観客それぞれの一人称になるはずだ。

文=ヒナタカ

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