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「原作通り」ではないからこそ面白い――令和版『八つ墓村』を原作ファンはどう見た? 「清水崇監督は、新しい金田一像を生み出した」【清水崇×木魚庵対談】

  • 2026.9.25

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令和の時代を舞台に、新たな解釈や演出を加えて描かれた映画『八つ墓村』(9月18日公開)。監督を務めるのは、「呪怨」シリーズ、『犬鳴村』『あのコはだぁれ?』などで知られる清水崇監督だ。

原作の魅力を受け継ぎながら、現代ならではの設定や新たな解釈を盛り込み、これまでの『八つ墓村』とはまた異なる作品として生まれ変わった今回の映画。では、横溝正史作品を深く読み込んできた原作ファンの目には、どのように映ったのだろうか。

そこで『金田一耕助の間取り』(エクスナレッジ)を刊行するなど、金田一シリーズに登場する建築物の間取りや来歴を考察してきた横溝正史研究家・木魚庵さんと、清水崇監督による対談を実施。

原作を読み込み、その世界を独自の視点から考察してきた木魚庵さんと、令和の時代に『八つ墓村』を蘇らせた清水監督。それぞれの視点から、原作の魅力や映画化にあたってのこだわり、これまでの映像化作品との違い、そして横溝正史が描いた世界を令和の時代にどう再解釈したのかを語っていただいた。

木魚庵「原作ファンは、原作の再確認をしたくて観るわけじゃない。原作をどう解釈し、どう切りとるかを、観たい」

木魚庵:清水監督のオリジナリティが発揮された本作、大変おもしろく拝見しました。『八つ墓村』は何度も映像化されていますが、たいてい「原点回帰」「原作どおり」という謳い文句が使われている。結果、原作のダイジェストになってしまっている、というのが正直なところで。でもファンからしてみると、原作の再確認をしたくて観るわけじゃないんですよね。原作をどう解釈し、どう切りとるかを、観たい。そういう意味で、今作における思いきりのよさがうれしくて。次に何が起こるかわからなくて、最後までドキドキしっぱなしでした。

清水崇(以下、清水):ありがとうございます。私も、入手できる限りの映像作品や漫画化作品、横溝先生や都井睦雄の研究本などを探り漁ったんですが、原作と犯人が違うものもあるんですよね。横溝正史さんはずいぶんと懐の深い方だったんだなあと驚きました。

木魚庵:1970年代の横溝ブームからリアルタイムで映像作品を見てきたので、改変はもう慣れっこです(笑)。ただ、野村芳太郎監督版(1977年)で山﨑努さんが見せた怪演といいますか。主人公・辰弥の父であり、八つ墓村の中心人物、田治見要蔵が過去に村人を32人も惨殺した事件。原作ではほんの数ページしかないそのパートを、猟銃と日本刀をもった山﨑努さんの狂気をもって、長尺で描き出したインパクトがあまりに強くて、『八つ墓村』の象徴みたいになってしまったじゃないですか。

清水:そうなんですよね。僕がはじめて『八つ墓村』に出会ったのは、野村監督版の映画だったんです。あの描写に衝撃を受けたのを覚えています。まだ僕は、怖いのが苦手だった頃だし、痛そうな描写は今でも苦手なんですが。

木魚庵:意外です(笑)。でも、その要蔵のシーンを今作では見事に描き切っていましたね。

令和版・田治見要蔵を演じるのは滝藤賢一
令和版・田治見要蔵を演じるのは滝藤賢一

清水:制作側からはぜひ入れてほしいと言われていたんですよ。僕も野村版へのリスペクトがありますから、それはそうだろうと思いながらも、あまりにグロテスクに描いてしまうと、年齢制限がかかってしまうので、そのあたりは気をつけました。

木魚庵:リスペクトは、随所に感じました。

清水崇監督が台本から“あえて”削ったシーン

八つ墓村の入り口はこの不気味なバス停だ
八つ墓村の入り口はこの不気味なバス停だ

清水:僕は、野村版の終盤で金田一が「私はもう調べるのをやめました」と言うところが、とても好きだったんですよ。金田一ですら底知れぬ何かがある、という恐怖の証明でもありますからね。市川崑監督の金田一シリーズは比較的、原作に忠実だけど、金田一耕助が謎解きをしているあいだに犯人が服毒自殺してしまい「しまった」となる、あのラストに子供ながら納得がいかなかったんですよね。人の気持ちの、深い闇の部分まで見通せるはずの金田一が、どうしてそんなことも予測できなかったのか。あらかじめ警察に命じて、逃げないよう、妙な動きをしないよう、見張っていればよかっただけなのに。得意になって謎解き披露している場合じゃないだろうと子ども心に疑問を感じていた。まあ、生意気な子どもだったんです(笑)。

木魚庵:それでいうと、僕は今作の冒頭で、金田一が登場するシーンは粋だなあと思いましたよ。辰弥が八つ墓村行きのバスに乗り遅れてしまい、途方に暮れて山道を歩いていると、バスが止まっている。金田一が財布を忘れたと告白し、運転手ともめているんです。そこへやってきた辰弥からお金を借りて乗り込む、という流れですが、あれは辰弥の存在に気づいて、わざとバスを止めたんですよね。

清水:そのとおりです。詳しく書いていたバージョンの台本もあったのですが、あえて削りました。そのあと、八つ墓村につくなり金田一は商店でアイスを買って食べているので、わかる人にはわかるだろうと。

木魚庵:財布持ってんじゃん、って思いました(笑)。

清水:気づいてくださって、うれしいです。

木魚庵「清水監督は、新しい金田一像を生み出してくださったなと思います」

金田一耕助を演じた尾上松也
金田一耕助を演じた尾上松也

木魚庵:尾上松也さんは大柄な方だと思うのですが、威圧感がなくて、ゆるキャラみたいな愛らしさがありますよね。どこかとぼけた感じがするというか。それも、すごくよかったです。どうしてもね、金田一耕助のイメージって、石坂浩二さんか、もしくは古谷一行さんの後追いをするか、あるいは真逆に反転させるか、どちらにせよ逃れられないものが多いなかで、新しい金田一像を生み出してくださったなと思います。

清水:つのだじろうさんの漫画版だと、スーツに丸メガネで、もじゃもじゃ頭という、まるで違ういでたちで、それはそれでおもしろいんですが、視聴者のもつイメージもある程度は大事にしたかったんですよね。じゃあ、どこでイメージを脱却するかと、資料を読み漁っていたら、横溝先生にとって金田一は「決して二枚目ではない」らしいとわかった。渥美清さんが演じたときも、喜んでいたそうですね。

木魚庵:主役はあくまで辰弥であって、彼を二枚目にするのであれば、金田一はそうでないほうがいいということで渥美さんを推薦していたそうです。横溝さん原作の『人形佐七捕物帳』のドラマに渥美さんが出演していて、その印象もよかったようですよ。金田一は、シャーロック・ホームズや明智小五郎などに比べて、気取ったところがあまりなく、接しやすい人物だったから、事件の容疑者もつい本音をこぼしてしまう。そんなキャラクターがきっと、お茶の間に受けたからこそ、これほど人気になったのだろうなと思います。

金田一が川べりで遊ぶ親子を眺めるシーンに込めた思い

清水:松也さん自身、現場では飄々としていたというか、「言われたとおりにやりますよ」って感じのスタンスで。どういうつもりで引き受けてくれたのかも含め、本音が読めないところがあったんだけど、見えないまま演出していくのもおもしろいかもしれないと思いました。先ほどおっしゃっていた、大柄の大人なのに愛らしくて純真な感じがするのに、内面には孤独と狂気を秘めているのではないかと感じさせる、二面性。だからこそ、人の心の奥深くまで見抜いてしまう金田一の魅力を演出できたらと思っていました。その最たるシーンが、中盤で、橋の欄干から川べりで遊ぶ親子を眺めているシーンなんですよ。

木魚庵:物語にも金田一にもまったく縁のない世界を映し出していましたね。本当ならあちらが日常なのに、金田一はそこに帰ることができないんだ、という一面が垣間見えた気がしました。

清水:まさに、それを表現したかったんです。台本上は不要とされてもおかしくないシーンで、実際、プロデューサーからも削ろうと言われたんだけど、ここが大事なんですと言い張って。渥美清さんが亡くなったとき、お別れの会で飾られた遺影が、とぼけた愛嬌がありながら理知的に感じられる表情でとても好きだったんですけど、そういう感じを表現したかったんです。あと、髪をかきむしるのをやめて何をしようか、というときに、松也さんが耳たぶをつまんでいて。その癖を使わせてもらえたのもよかったですね。

木魚庵「まさか、久弥が死なないとは。しかも、死なない意味が、あそこにあるとは!」

木魚庵:『八つ墓村』で田治見家といえば広兼邸(※岡山県にある、過去にもセットに使われた場所)、というこれまでの流れを踏襲しつつ、これまでにない使い方をしているのも僕は好きでした。外観のインパクトが強いので、正面からドンと見せるだけで終わることが多かったのに、縦横無尽に内部を映し出していましたよね。金田一と辰弥が村人から逃げるシーンとか、そうなっているのか、と新鮮な驚きがありました。

清水:それは僕自身が見たかった光景というか、せっかく広兼邸を使わせてもらえるなら、使い倒したかったんです。最初に亡くなる人物は、原作と変えてしまいましたけどね。

木魚庵:そうなんですよ。我々が知っている物語だと最初に死ぬべき人が死なない。滝藤賢一さんが、ずっと元気。

清水:辰弥の異母兄、現当主の久弥ですね(笑)。

木魚庵:原作の膨大な人物をすべて登場させるのは無理ですし、顔見せだけさせてもお客さんを混乱させるだけなので、大なたを振るって削られたのは英断だったと僕は思うんです。でもまさか、久弥が死なないとは。しかも、死なない意味が、あそこにあるとは! あと、仮面を使った見立て殺人もお見事でした。

清水:あれも賛否あるとは思うんですけどね。原作の被害者には必ず対になる存在がいて、いわゆる「くじ殺人」があるのに、どうして別のことをするんだと。

木魚庵:原作にある「対になった人物の片方ずつを殺していく」という仕掛けですね。稲垣吾郎さんが金田一をつとめた2004年のドラマではじめて「くじ殺人」という名称がついたけれど、あのドラマ以外ではオミットされているくらい、決められた尺のなかで演出するのが難しいものだと思うんです。そのかわりに、村に伝わるオリジナルの仮面を並べ、ひとつ消えるたびに人が死ぬという展開をつくるとは。おもしろいことをするな、と思いましたね。

清水:殺される側だけでなく、元をたどれば、殺す側も面をつけていたことがやがて明かされます。無数の、顔を隠した人々が、少数をよってたかって惨殺したのがすべての始まり。そこに、匿名であれば、多勢に紛れれば、どんな正義もふりかざせる。それがたとえ過ちだったとしても自分ではないと言ってしまえる、そんな現代性も映し出せたらいいなと思いました。

木魚庵:そうなんですよね。村の人たちが田治見家を襲撃しようとするときも、面をかぶっていました。自分たちが正しいと信じて、正義の面のつもりでもあるんですよね。そんな彼らが、完全なる悪というわけでもなく、彼らなりの主張があるのだというところも、胸にきました。

清水:そのあやうさもまた、描きたかったことでした。ありがとうございます。

清水監督「びっくりするくらい、原作と内容は違うよ」と言ってしまったけど(笑)

木魚庵:いろんな試みがなされていたと思いますが、僕としては横溝正史の作品を今ふたたび映画化してくださったこと、それ自体がとても嬉しいんですよ。市川崑監督の大作映画であるというイメージが強すぎて、どうしても、それを塗り替えるものは生まれなかった。ようやく、異なる路線で突き破ってくれる作品が生まれてくれたなあ、と。ぜひ金田一シリーズを続けて映像化していただきたいですし、逆に、今作に触発されてガチガチのミステリー映画がよそで生まれてくれてもいいと思うんですよ。

清水:正直、『犬神家の一族』のイメージも強すぎて、『八つ墓村』にスケキヨが出てきて、湖から足が突き出しているシーンもある、と思っている人が少なくなくて。たぶん、コントとかで使われることも多かったからでしょうね。金田一耕助=犬神家になってしまっているのも、今作で払拭できたらいいなと思っています。そしてできれば、作品を入り口に原作の小説を読んでほしい。

木魚庵:そうなんですよ。古典的な名作、みたいなイメージが強いかもしれないけれど、めちゃくちゃ読みやすくておもしろいんだってことを、多くの人に伝えたい。

清水:先日、試写を見てくださった方がサイン会に来てくれて。原作を読みはじめました、と本を持参してくれたんですよ。それが本当にうれしかった。「びっくりするくらい、原作と内容は違うよ」と言ってしまったけど(笑)。でも、この映画を入り口に、多くの人が横溝正史作品と金田一耕助の魅力に触れてくれたらいいなと願っています。

取材・文=立花もも

『八つ墓村』

9月18日(金) 全国ロードショー

配給:松竹/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

©2026「八つ墓村」製作委員会 ©Yokomizo Seishi/KADOKAWA

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