1. トップ
  2. カルチャー・教養
  3. ADHDがやたら問題にされるのは「社会が要求する注意力」が変化したから

ADHDがやたら問題にされるのは「社会が要求する注意力」が変化したから

  • 2026.8.29
CreditOpenAI,ナゾロジー編集部

ADHDの診断数が近年急増しているという話は聞いたことのある人が多いと思います。

その理由について、これまで社会的認知の向上から診断件数自体が増加したこと、臨床的な理解が深まったことで以前は見逃されやすかった成人や女性の診断が進んだことなどが指摘されてきました。

しかし、本当に理由はそれだけでしょうか?

英国ケンブリッジ大学(University of Cambridge)のBarbara J. Sahakian氏らは、この点について、これまでの複数の研究をレビューし、興味深い報告を行っています。

彼らの報告によると、近年のADHD増加の背景に、従来の要因に加え、スマートフォンやSNSによる頻繁な注意の切り替え、教育や仕事で求められる認知的負担の増加など、現代の環境と個人の注意特性との相互作用が関連している可能性があるという。

現代の生活では、スマートフォンが常に手元にあり、仕事でもプライベートでもメールやメッセージが次々と届き、また気をそらすような短時間で楽しめるコンテンツが増えています。

一方で、短い時間でチェックしなければならないことが増え、スケジュールも以前より過密になり、返答のレスポンスも素早いことが求められます。

このことから人々の注意特性自体に変化がなくても、「社会が求める注意力」に変化が起きており、これまでの時代では問題のないレベルだったADHD特性でも、社会生活に困難をもたらす要因になっている可能性があるのです。

この研究の詳細は、2026年7月に科学誌『Journal of Psychopharmacology』に掲載されています。

目次

  • 人々の注意特性に変化がなくても、社会の求める注意力は変化している
  • 「集中できない」が問題になりやすい社会になった可能性

人々の注意特性に変化がなくても、社会の求める注意力は変化している

ADHDは、注意を長く保つことや衝動を抑えること、必要な情報を頭に置いて作業することなどに困難が生じやすい、遺伝性の高い神経発達上の障害です。

昔は子どもに多い症状でしたが、近年は成人でもADHDの診断や治療薬の処方が増えています。

ただし、診断が増えたことと、ADHDの基礎的な特性を持つ人そのものが増えたことは同じではありません。

そこでSahakian氏らは、新たな患者を集めて実験するのではなく、疫学、認知神経科学、社会環境、神経倫理などの既存研究をまとめる「ナラティブレビュー」を行い、診断や処方の増加を説明し得る要因を整理しました。

英国の大規模研究では、2000年から2018年にかけて、すべての年齢層でADHDの診断と薬の処方が増えていました。

絶対的な増加は子どもで大きかった一方、増加率は成人で最も大きく、男性では18~29歳で診断が約20倍、処方が約50倍に増えていました。

また、13カ国の1億5400万人以上を対象とした別の研究でも、ADHD薬の使用は各国で増加していました。

一方で米国では、2016~2021年の子どもの診断率に有意な変化がみられなかったという報告もあり、増加の仕方は国や時期によって一様ではありません。

この診断増加の背景にあるのは、社会的・臨床的なADHDの理解が進んだことで、これまで見逃されていた人を適切に見つけられるようになった結果だと考えられています。

しかしその中で興味深い報告がありました。それがオーストラリアの2つの出生集団を比較した研究です。

1999~2000年生まれと2003~2004年生まれの子どもを比べると、多動や不注意を示す行動スコア(親の回答から測ったスコア)はほぼ変わっていなかったにもかかわらず、後に生まれた集団の方が後年ADHDと診断される割合が増えていたのです。

つまり、ADHDの診断が増えている背景は、子どもたちの多動や不注意そのものが増えたことだけでは説明できません。

研究者らは、ADHDへの理解が進み、以前なら見逃されていた人が診断されやすくなったことに加えて、同じ程度の多動や不注意でも、以前より生活や学習上の問題として捉えられやすくなった可能性を挙げています。

ここから浮かび上がるのが、ADHDの診断増加の背景に潜む、同じ不注意のスコアをより深刻に捉えるようになった社会の変化です。

「集中できない」が問題になりやすい社会になった可能性

スマートフォンやSNS、短い動画などに触れる現代生活では、注意が頻繁に中断され、別の情報へ素早く切り替える機会が増えています。

今回レビューされた研究では、講義中にテキストメッセージで集中を中断された学生は内容の記憶成績が低下し、別の研究では、スマートフォンの電源を切るだけでも注意に使える認知資源が減ることが示されています。

また、デジタルメディアを使いながら複数の情報を行き来する行動は、注意のコントロールの低下や気の散りやすさと関連していました。

仕事や教育そのものもデジタル化し、メール、メッセージ、複数の課題を頻繁に切り替えながら処理する場面が増えています。

研究者らは、こうした環境では1つの課題に深く集中する状態に入りにくくなり、課題の完了や目標達成が妨げられる可能性があるとしています。

レビューが示しているのは、デジタル環境、もともとの神経発達上の個人差、そして学校や職場で求められることが相互に作用し、注意の困難が表面化しやすくなっているという可能性です。

頻繁な通知は注意力の維持を難しくしますが、仕事等の通知の場合は、これを大量に放置したり対処を忘れていたりすれば仕事の進行に支障を来すことになります。結果としてこれまでは問題のなかったレベルの不注意でも、日常生活を困難にするADHDの特性として表面化しやすくなったと考えられるのです。

今回の研究者らはさらに、ADHDの診断数が増えているだけでなく、治療薬がそれを上回るペースで消費されているという点にも着目しています。

ここで注目されているのが、ADHDではない人が、勉強や仕事での集中力向上を期待して処方薬などを非医療的に使用するケースが報告されていることです。

調査では、こうした薬を使う理由として77~78%が「注意・集中力の向上」、61~65%が勉強、49~55%が持久力向上、45~50%が疲労軽減を挙げていました。

もちろんADHDでない人が、ADHD治療薬を使っても集中力が上がるというわけではありませんが、それを期待してネットなどを通じてADHD治療薬を求める人が増えているという事実は、学業や仕事で高い認知パフォーマンスや生産性を求められているケースが多い可能性を示していると、研究者らは指摘しています。

ただし、今回紹介した論文は関連研究を体系的に集めたメタ解析ではなく、現在の仮説や論点を整理したナラティブレビューと呼ばれるものです。

そのため、現代のデジタル環境や社会的要求がADHD診断の増加に関連することを証明したわけではなく、各要因がどの程度影響しているのかも分かりません。

ただADHD診断数の増加はADHDという症状の存在を知ったから、というだけでなく、ひょっとして自分はADHDなのかも知れないと感じる何らかの困難があったためだと推測できます。

社会環境の変化で、これまで見逃されていたような軽度のADHD傾向でも、本人や周りが実害を感じるようになったというのは納得感のある説明です。

今回のレビューの興味深い点は、ADHD診断の増加を考えるとき、人間の側の注意特性でなく、「どのような注意力を社会が要求しているのか」という環境の側に目を向ける視点を提供した事でしょう。

元論文

The increasing use of cognitive enhancing drugs by those with ADHD and neurotypical individuals: Societal demands, lifestyle preferences, and ethical issues
https://doi.org/10.1177/02698811261466620

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ