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現代人のDNAに「幽霊の祖先」2系統――1つは世界中の集団に残っていた

  • 2026.8.28
現代人のDNAに「幽霊の祖先」2系統――1つは世界中の集団に残っていた
現代人のDNAに「幽霊の祖先」2系統――1つは世界中の集団に残っていた / Credit:Canva . 川勝康弘

アメリカのカリフォルニア大学バークレー校(UC Berkeley)で行われた研究によって、現代人のゲノムのおよそ1パーセントほどが、ネアンデルタール人でもデニソワ人でもない「正体不明の人類」から受け継がれたものだと判明しました。

1パーセントという値は、非アフリカの人々が持つネアンデルタール人由来のDNAに匹敵する量です。

しかも今回の断片は、ヨーロッパにもアジアにも、そしてアフリカにも見つかりました。

つまりこの遺伝子は人類がまだ世界へ散らばる前の時代に、私たちの祖先が誰かと交わっていた証でもあります。

さらに研究では、デニソワ人を経由して、オセアニアの人々へ届いた「超古代系統」が存在した可能性も示されています。

骨も名前もない2系統の幽霊祖先を、研究チームはどうやって捕まえたのでしょうか。

研究内容の詳細は2026年7月30日に『Science』にて発表されました。

目次

  • 人類史は「6体の骨」の上に建っている
  • 「混じっていない人類」は、地球のどこにもいなかった
  • 私たちの中に、80万年前から孤立していた血筋がある
  • 幽霊DNAの1つは全員が持っていた
  • 幽霊DNAを重ね合わせる
  • 「ヒト専用」の区画に幽霊DNAが入っていた

人類史は「6体の骨」の上に建っている

人類史は「6体の骨」の上に建っている
人類史は「6体の骨」の上に建っている / Credit:Canva
ポイント:現生人類がネアンデルタール人と交わっていたことは、いまや教科書に載っています。ただしその知識は、たった6体分の骨から組み立てられたものです。しかも6体とも、ユーラシアで見つかった、比較的新しい時代のものでした。私たちホモ・サピエンスは、アフリカを出てからのわずかな期間に、ネアンデルタール人とデニソワ人の二系統と交わった、なかなかに「盛んな」種です。では、そんな先祖たちは、アフリカを出るまでの数十万年のあいだ、誰とも交わらずにいられたのでしょうか?これまでの研究では、出アフリカ前の交雑は大きな謎に包まれていました。

現生人類が絶滅した人類と交わっていたという話は、いまではそれほど驚かずに読まれるようになりました。

2010年にネアンデルタール人のゲノムが解読されたときには事件でしたが、その知識は数年のうちに教科書へ移りました。

数字も定着しています。

アフリカ以外に暮らす人々は、ゲノムのおよそ1から2パーセントをネアンデルタール人から受け継いでいます。

アジアとオセアニアの人々は、これに加えて0.1から5パーセントほどをデニソワ人から受け継いでいます。

この断片は、記念品ではありません。

肌の色素の量、高地の薄い空気への適応、病原体に対する免疫の働き。

現代人の体質を左右する形質のいくつかは、絶滅した隣人から届いたものだと分かっています。

彼らのDNAは、私たちの身体の中でいまも働いています。

ここまでは、既知の話です。

問題は、この知識がどうやって手に入ったかにあります。

ネアンデルタール人とデニソワ人のことが分かったのは、彼らの骨からDNAを取り出せたからです。

裏を返せば、骨からDNAが取れない相手については、遺伝子のことが何も分かりません。

この制約は、三つの形で現れます。

一つめは、材料の数です。

高い精度で解読された古代人類のゲノムは、今日までに6体分しかありません。

ネアンデルタール人が4体、デニソワ人が2体です。

そして6体とも、ユーラシア大陸から出土したものです。

つまり私たちが絶滅した人類について語れることは、たまたま骨の残った数か所の洞窟に由来したごく僅かな情報からのみだったのです。

二つめは、時間の壁です。

DNAは熱と時間に弱く、放っておけば断片化して読めなくなります。

永久凍土のような特殊な環境を除けば、100万年より古い時代の人類のDNAを回収することは、いまの技術では見込みが立ちません。

ネアンデルタール人とデニソワ人が読めたのは、彼らが比較的新しく、かつ冷涼な土地に眠っていたからです。

三つめは、場所の空白です。

アフリカから得られた最も古いゲノムは、2万年前より新しいものです。

理由は、やはり気候にあります。

暖かく湿った土地では、DNAは長くもちません。

人類の系統が数百万年をかけて枝分かれし、現生人類が誕生したその大陸から、深い時代の遺伝情報はほとんど取り出せていないのです。

絶滅した人類の遺伝子について、私たちが手にしている知識は、ユーラシアで出土した、比較的新しい時代の6体分の骨から組み立てられたものです。

人類がもっとも長い時間を過ごした大陸と、100万年より古い時間帯は、手つかずのまま残されています。

「混じっていない人類」は、地球のどこにもいなかった

「混じっていない人類」は、地球のどこにもいなかった
「混じっていない人類」は、地球のどこにもいなかった / Credit:Canva
ポイント:骨がないなら、生きている人のゲノムから割り出せばいい。長く試みられてきたのは、人類の集団どうしを比べて、その差を取り出す方法でした。アフリカを出なかったためネアンデルタール人と出会っていない、最もピュアなサンプル役として選ばれていたのが、サハラ以南のアフリカの人々です。ところが、突き合わせて差を取る方法には、原理的な死角があります。両方に同じものが入っていれば、それは差として現れません。ピュアな側にも幽霊のDNAがあったなら、探している当のものが、突き合わせた瞬間に打ち消されていたことになります。感度の問題ではありません。必要だったのは、ピュアな集団を用意せずに済む方法でした。

骨からDNAが取れない相手について、遺伝学者が沈黙してきたわけではありません。

別の道が試みられてきました。

手元にあるのは、いま生きている人々のゲノムだけです。

発想は単純で比べるものを二つ用意します。

両者を突き合わせ、片方にだけ現れる異質な部分を取り出せば、それが外から入ってきたものだということになります。

ヨーロッパやアジアの人々のゲノムには、ネアンデルタール人由来の断片があります。

では、その交雑を経験しなかった人々は誰か。

長らくその役を担ってきたのが、サハラ以南のアフリカの人々でした。

ネアンデルタール人が暮らしていたのはユーラシアであり、アフリカに残った人々は彼らと出会わなかったと考えられてきたからです。

この集団は、混じりけのない状態がどういうものかを示す標準として、比較の基準に据えられました。

しかしこの方法でわかるのは、出アフリカ後という比較的新しい時代の交雑のみです。

もし人類の祖先がアフリカにいる間に交雑を経験していたとしたら、アフリカの人々のDNAをピュアな人類役とすることが正当性を失ってしまいます。

基準の側にも同じものがあれば、差を取った時点で両方とも消えてしまうからです。

必要だったのは、基準を設けた比べ合いという泥沼からの脱出でした。

私たちの中に、80万年前から孤立していた血筋がある

私たちの中に、80万年前から孤立していた血筋がある
私たちの中に、80万年前から孤立していた血筋がある / Credit:Canva
ポイント:DNAの文字の並びを睨んでも、その一文字がどこから来たのかは書かれていません。手がかりになるのは、並びそのものではなく、それが誰から誰へ渡ってきたかという履歴のほうです。ほとんどの区画では、10万年ほど遡れば一つに合流します。ところが、いくら遡っても合流しない区画がありました。ホモ・サピエンスという種そのものが生まれて30万年ほどですから、その数倍の彼方まで行かなければ血縁のつながらない相手は、もう外から来たものしかありません。新たな手法「TRACE」は、その一本を探しにいきます。

比較のための集団を外に用意できないのなら、判断の材料はゲノムの内側にしか残っていません。

とはいえ、DNAの文字の並びをいくら睨んでも、その一文字がどこから来たかは書かれていません。

手がかりがあるとすれば、並びそのものではなく、その並びが誰から誰へ渡ってきたかという履歴のほうです。

たとえばゲノムの一つの区画だけを取り出して、世界中の人と見比べてみます。

あなたのその区画と、そっくり同じものを持っている人が、どこかにいるはずです。

いなければ、少し似た人を探します。

そうやって遡っていくと、いつか必ず、共通の祖先に行き当たります。

二人の血筋が一本にまとまる地点です。

多くの区画では、10万年から20万年ほど遡れば、まとまります。

地球の裏側に住む見知らぬ他人でも、区画を一つ選べば、そのくらいの距離の親戚だということです。

ところが、いくら遡ってもまとまらない区画がありました。

10万年でも、20万年でも足ず、80万年の彼方まで行って、ようやく他の人々と合流します。

ホモ・サピエンスという種そのものが生まれて30万年ほどですから、種の年齢の何倍もさかのぼって、ようやく血がつながる相手です。

そんなに遠くまで行かなければつながらない相手は、外来との交雑くらいです。

ただし、深いというだけでは決め手になりません。

大昔の祖先集団にあった古い型が、交雑とは関係なく、偶然いまも生き残っていることがあるからです。

そこで重要になるのが断片の長さです。

偶然の生き残りは、途方もない年月のあいだ、組換えによって刻まれ続けて、細かく砕けています。

一方で、外から入ってきた断片は、刻まれた時間が短いぶん、まだ長いまま残っています。

染色体を絵巻物のように端から開いていくと、区画ごとに、合流点の深さや断片の長さが変わっていきます。

ほとんどは浅く細かな断片ですがときおり、異様に深く、しかも長く続く区画が現れます。

バークレー校のユリン・チャン氏、ジョンズ・ホプキンス大学のアルジュン・ビッダンダ氏、同じくバークレー校のプリヤ・ムールジャニ氏らが開発した手法「TRACE」は、その「深くて長い」区画を探しにいきます。

研究では新手法のテストも行われ、古代由来と判定した区画の誤りはごくわずかにとどまることが確認されました。

では、現在の人類のDNAデータに対して、この新手法「TRACE」を使用したら、何が見えてきたのでしょうか?

幽霊DNAの1つは全員が持っていた

幽霊DNAの1つは全員が持っていた
幽霊DNAの1つは全員が持っていた / Credit:Canva
ポイント:分析結果は驚きでした。ネアンデルタール人のものでもデニソワ人のものでもない、正体不明の古い幽霊のような遺伝子断片が、調べたすべての集団からまとまった量で見つかったのです。しかも、いちばん多く抱えていたのは、アフリカに留まり、ネアンデルタール人の血をほとんど引かないはずの西アフリカの人々でした。同じ断片が同じ位置に世界中に散らばっている以上、この見知らぬ相手との交雑が起きたのは、人類がまだアフリカを出る前です。

研究チームが材料に選んだのは、1000ゲノムプロジェクトが公開している全ゲノム配列503人分です。

ヨーロッパ、東アジア、南アジア、西アフリカ、東アフリカの人々が含まれています。

ここから区画ごとに、血筋がどこまで遡れば合流するかを調べていきました。

深い区画が見つかったら、解読済みのネアンデルタール人とデニソワ人のゲノムと、突き合わせていきます。

その区画に乗っている変異が、どちらかの配列と一致すれば、相手が判明します。

実際、深いと判定された区画の多くは、どちらかに帰属しました。

ところが、どちらにも一致しない区画が、まとまった量で残りました。

深さと長さから見て、外から来たことはまず間違いありません。

にもかかわらず、照合できる相手がいません。

ゲノムが一度も解読されていない、正体不明の集団から届いたものです。

こうした相手を、遺伝学ではゴースト、幽霊と呼びます。

その量は、調べたすべての集団で、集団ごとの平均にして0.5から1.1パーセントでした。

最も多く持っていたのは、西アフリカの人々でおよそ1.1パーセントでした。

東アフリカの人々がそれに次いで約0.8パーセント、ヨーロッパや東アジア、南アジアの人々では0.5から0.6パーセントほどにとどまります。

ネアンデルタール人由来のDNAをほとんど受け継いでいない人々が、幽霊由来のDNAは最も多く抱えている形です。

もし交雑が、現生人類がアフリカを出たあとで起きたのなら、痕跡は地域ごとにばらけるはずです。

ヨーロッパで起きたのならヨーロッパの人々だけに、アジアで起きたのならアジアの人々だけに。

それぞれ違う相手と、違う場所で交わったことになるからです。

しかし結果は逆で、故郷のアフリカに近づくほど幽霊DNAは増えていきました。

これが意味することは「この交雑が起きたのは、現生人類がアフリカを出るより前」ということです。

アフリカに残った側で量が多いのは、アフリカを出た集団がごく少数から始まり、持ち出せた断片の種類がもともと限られていたからです。

では、相手は誰なのでしょうか。

謎を解明するため研究チームは幽霊由来の断片を、解読済みのネアンデルタール人のゲノムと、デニソワ人のゲノムの両方と比較を行いました。

すると、どちらへの近さも、ほぼ同じでした。

逆を言えば、どちらからも等しく遠い、ということです。

ネアンデルタール人とデニソワ人は、私たちの系統と分かれたあとで、さらに互いに分かれています。

その両方に等しく近いということは、幽霊の系統が枝分かれしたのは、両者が互いに分かれるより前だということになります。

研究チームの計算では、幽霊由来の断片と、現代人の同じ位置の配列とが合流するのは、平均しておよそ83万年前と推定されました。

また、幽霊由来の断片は、ネアンデルタール人由来やデニソワ人由来の断片より短いものでした。

断片は、一族に届いてからの時間が長いほど、組換えによって細かく刻まれていきます。

幽霊由来のほうが短いということは、それが入ってきたのが、ネアンデルタール人との交雑よりも古かったということです。

これらの結果は、人類の祖先がまだアフリカにいた段階で、ネアンデルタール人でもデニソワ人でもない別系統の人類と交雑を起こしていたことを指し示しています。

では、骨も名前もないその相手について、私たちはどこまで手が届くのでしょうか。

幽霊DNAを重ね合わせる

Credit:Canva
ポイント:一人が受け継いでいる幽霊DNAは、多くて1パーセント前後にすぎません。ところが、その1パーセントがゲノムのどこにあたるかは、人によって違いました。そこで研究チームは、調べた全員分の幽霊DNAを一枚の地図の上に重ね書きしました。その結果、解析可能なゲノム領域の71.54パーセントに、誰かの幽霊由来の断片が乗っていました。人類全体に散らばった証拠を集めてまとめた成果です。さらにオセアニア人のゲノムに残るデニソワ人由来DNAを調べると約177万年前まで系譜をさかのぼる超古代系統がいる可能性もみえてきました。

未知の系統のDNAについて、一人が抱えている量は、多くても1パーセント前後です。

ゲノム全体から見れば、微量というほかない値です。

ところが研究チームが調べてみると、その持ち場は人によって違っていました。

ある人が持つ幽霊由来の区画と、別の人が持つそれは、重なりもするものの、完全には一致しません。

残っている場所が、人によって少しずつ違うのです。

そこで研究チームは、サハラ以南のアフリカの人々から非アフリカの人々まで、調べたすべての個人から検出された幽霊由来の断片を、ヒトゲノムという一枚の地図の上に重ね書きしていきました。

覆われた範囲は、1548.75メガ塩基対に及び、解析可能なゲノム領域の、71.54パーセントにあたります。

ヒトゲノムの読める範囲の7割——その内側のどこを指しても、そこに幽霊由来の断片を持つ人が、地球上のどこかにいるということです。

一人あたりでは、約1パーセントの薄い痕跡にすぎませんが全員分を重ねると、痕跡はゲノムの広い範囲を覆うのです。

また、幽霊由来の断片が集団の中で異常に高い割合まで広がっている場所を調べると、免疫に関わる遺伝子群と、代謝に関わる遺伝子群に集中していることが分かりました。

免疫と代謝は、新しい土地に移った集団が真っ先に試される場所です。

見たことのない病原体と、見たことのない食べ物。

先にその土地にいた集団は、そこに何十万年もかけて適応していました。

交雑は、その答えを一度に受け取る道でもあったのでしょう。

オセアニアの人々は超高代系統のDNAを持っていた
今回の研究が捉えた「幽霊」は、もう一系統あります。オセアニア人のゲノムに残るデニソワ人由来DNAを調べると、その内側から、約177万年前まで系譜をさかのぼる断片が見つかりました。研究チームは、その持ち主を「超古代系統」と呼んでいます。177万年前という数字は、交雑した年代ではありません。両者のDNAが共通祖先へ合流する推定時点です。このDNAは、まず超古代系統からデニソワ人へ渡り、さらにデニソワ人から現生人類へ届いたと考えられます。いわば、祖先の中に隠れていた、もう一人の祖先です。量は、検出されたデニソワ人由来DNAの約0.3%にすぎません。候補にはホモ・エレクトスが挙げられていますが、正体は未判明です。また、今回この痕跡が確認されたのはオセアニア人であり、現代人全員が持つと分かったわけではありません。人類のDNAには、マトリョーシカのように祖先から祖先へ手渡された「多重底の歴史」まで残っていたのです。

つまり今回の研究では世界中の幅広い人が少しずつ持つ未知の幽霊系統と、オセアニアの人々だけに見られる超古代の2種類の幽霊系統が見出されたことになります。

しかし研究はここで終わりませんでした。

「ヒト専用」の区画に幽霊DNAが入っていた

「ヒト専用」の区画に幽霊DNAが入っていた
「ヒト専用」の区画に幽霊DNAが入っていた / Credit:Canva
ポイント:ヒトゲノムには、ネアンデルタール人のDNAもデニソワ人のDNAもほとんど見つからない、広大な区画がいくつもあります。言語との関わりが議論されてきた遺伝子(FOXP2)を含むその領域は、ホモ・サピエンスであるために譲れない何かが宿る場所であり、だからこそ他の人類のDNAを一切受け付けないのだと読まれてきました。しかし研究チームがその5か所を調べたところ、すべてに幽霊由来の断片が残っていました。ネアンデルタール人よりさらに遠い系統のDNAだけが、そこに居座っていたのです。

これまでの研究によりヒトゲノムには、ネアンデルタール人のDNAもデニソワ人のDNAもほとんど見つからない区域があると考えられてきました。

ネアンデルタール人やデニソワ人のゲノム部分を木や森と見るなら、この領域はそれらにとって砂漠です。

まるで彼らのゲノムが入り込むのを禁じているような部分と言えます。

過去に行われた研究では、この領域には、ホモ・サピエンスであるために譲れない何かがあるため、他の系統のDNAは、そこに留まることができなかったという説も提唱されています。

その代表として繰り返し名前が挙がっているのは、第七染色体にある、発話や言語との関わりがあると考えられている遺伝子(FOXP2)を含む領域です。

この遺伝子が言語能力のすべてを決めているわけではありませんが、それでもこの名は、ヒトに固有の能力を語る文脈で特別な重みを持ち続けています。

古代人類のDNAを一片も受け付けない部分であるなら、砂漠をホモ・サピエンスの独自性の証拠として読む見方にも頷けます。

では、今回の研究で見えてきた世界中の人々に紛れ込んでいるほうの未知系統の遺伝子も、同じ傾向にあったのでしょうか?

しかし結果は違いました。

まず出てきたのは、砂漠そのものの輪郭が、以前考えられていたほど明瞭ではないという結果でした。

砂漠地帯として知られる5か所のうち2か所では、ネアンデルタール人由来もデニソワ人由来も見つからないという従来の見方が再現されました。

しかし、残りの区画のいくつかからは、量は少ないものの、無視できない水準の断片が検出されています。

完全な空白という前提は、この時点ですでに揺らぎます。

さらに幽霊由来の断片は、砂漠が完全に保たれていた2か所を含めて、5か所すべてに相当量が残っていることが判明しました。

しかも、第七染色体の発話や言語との関わりがあると考えられている遺伝子(FOXP2)を含むあの区画では、幽霊由来の断片が最大13.3パーセントの頻度で存在していました。

ネアンデルタール人もデニソワ人も入れなかったはずの区画に、より古い系統のDNAが入っていたわけです。

幽霊系統と人類の祖先がアフリカで交わったのは、ネアンデルタール人やデニソワ人よりも古い時代のことでした。

古いDNAだから排除されたのなら、真っ先に消えているべきは幽霊のほうです。

にもかかわらず、消えていません。

それどころか5か所すべてに相当量が残り、別の砂漠では、その位置に幽霊由来の断片を持つ人が五人に一人にのぼる場所さえありました。

論文ではこの点について2つの可能性があげられています。

1つは、ネアンデルタール人やデニソワ人が抱えていた有害な変異です。

過去の研究では、ネアンデルタール人やデニソワ人の集団はきわめて小さく、有害な変異を長く抱え込んでいることが示されています。

小さな集団では、少しばかり具合の悪い変異が生じても取り除かれにくく、世代を重ねるうちに溜まっていくためです。

人類は彼らと比較的最近に交雑しましたが、その荷物ごと受け取ることになった断片は、淘汰によって取り除かれていったと考えられます。

もう1つは、ネアンデルタール人やデニソワ人と、私たちの祖先の遺伝子とのかみ合わせが良くなかった可能性です。

遺伝子は単独で働くのではなく、他の遺伝子との取り合わせ次第で効果が変わります。

そのため、少数の決定的なかみ合わせの悪さが、ゲノム全体で排除される方向に働いた可能性もあります。

実際、過去に行われたユーラシアの古代人のゲノムを時代順に並べた研究では、ネアンデルタール人由来DNAの割合が約3〜6パーセントから現在の約2パーセントへ下がり続けてきたことが報告されているのです(Fu et al., Nature, 2016)。

なぜ幽霊系統がネアンデルタール人やデニソワ人よりも優遇されたように見えるのかは、まだ不明です。

また幽霊との混血は一度きりだったのか、何度もあったのか、アフリカのどこで起きたのか、免疫や代謝に残された古代の遺伝子は、いまの私たちの健康に実際どう効いているのか、解明すべき点はまだ多く存在します。

それでも、私たちが想像していた以上に多くの系統が混ざり合ってできた種であるという点は確かでしょう。

ホモ・サピエンスが世界へ広がった後だけでなく、その前から交雑が起きていたという結果は、私たちの起源の複雑さを物語っています。

幽霊DNAのもともとの持ち主に結びつく骨も石器も今のところはみつかっていません。

しかし彼らが存在し、私たちの祖先と出会い、子を残したという事実だけは、いま生きている人々の細胞の中で複製され続けています。

私たちの身体が、彼らの唯一の墓標なのです。

元論文

Recovering signatures of archaic hominin introgression using ancestral recombination graphs
https://doi.org/10.1126/science.aef8874

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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