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18歳のノリックが世界を驚かせた! シュワンツ&ドゥーハンと激闘した1994年日本GP

  • 2026.8.21

世界王者ケビン・シュワンツ、ミック・ドゥーハンを相手に、一歩も引かずトップ争いを繰り広げた18歳の日本人ライダーがいた。ノリックこと阿部典史だ。1994年の世界GP日本ラウンド、ミスタードーナツカラーのNSR500で見せた衝撃の走りは、やがて世界への扉を開くことになる。イラストレーター松屋正蔵が、今なお色褪せない“伝説の日本GP”を振り返る。

※この記事は過去に掲載された内容をもとに、WEB向けに再構成しています。

18歳のノリックが世界王者を相手に見せた衝撃の走り

実は僕、世界GPビデオのコレクターです。1985年から現在に至るまでの全戦をDVDやブルーレイに録画し、保存しています。その噂が広まったようで、バイク誌に“レースビデオヲタク”として紹介されたこともありました。

そんなコレクションの中でも、とくにお気に入りのレースのひとつが1994年の第3戦日本GPです。

当時は衛星放送のWOWOWで世界GPが全戦放送されていました。レーススケジュールは午前中のGP3(125cc)から始まり、GP2(250cc)、そしてメインレースのGP1(500cc)が午後の早い時間という順番でしたが、放送はGP1クラスのライブから始まっていました。

解説は八代俊二さんとスポーツジャーナリストの土志田彰さん、実況は柄沢晃弘さん。放送開始時間に合わせて録画ができているか確認しながら、GP1のスタートをウキウキ、ドキドキしながら待っていたことを覚えています。

その最大の理由が、“ノリック・アベ”こと阿部典史さんの存在でした。

この日本GPのみ、パステル調の赤と緑をまとった見慣れないミスタードーナツカラーのNSR500で参戦。前年の1993年、国際A級昇格直後から見せた非凡な走りが評価され、ホンダからNSR500が用意されていたのです。

まだ18歳だったノリックさんは、果敢な走りで全日本GP500クラスをかき回し、一気に最高峰クラスのチャンピオンを獲得しました。しかし、全日本GP500はこの1993年シーズンをもって終了する運命でもありました。

翌1994年の日本GPで派手に目立たなければ、世界への道が遠のく──。そう考えたノリックさんは、追い詰められた気持ちで死に物狂いで走りました。そのまま全日本のスーパーバイククラスに残れば、ワークスマシンを相手に市販車改造マシンで戦うことになり、世界GPへの道が遠のくと考えていたのです。

その気迫は、テレビ画面越しにも伝わってくるほどでした。

相手が世界チャンピオンのケビン・シュワンツさんであろうが、ミック・ドゥーハンさんであろうが関係ありません。パスできる隙があれば、すぐに前へ出る。世界最高峰のライダーを相手に、18歳のノリックさんがトップ争いを繰り広げたのです。

そしてラスト3周、第1コーナーで派手に転倒しリタイア。世界GP参戦を目論んでいたノリックさんにとって、大切な日本GPは結果だけを見れば完走すらできずに終わりました。

しかし、その走りを世界中のファンや関係者が放っておくことはありませんでした。

その後、急遽ヤマハのチーム・レイニーへの移籍が決まり、世界GPへの道が開かれます。当時としても、シーズン途中でメーカーをまたいで移籍するなど異例のこと。「人の運命はこうして開かれるのだ!」と思わせてくれる出来事でした。

そんなノリックさんのライディングで特徴的だったのが、ダートトラック仕込みのリーンアウトです。

コーナリング中もタイヤが滑り続ける状態をキープし、外足へ荷重するために上半身を大きくアウト側へ。タイヤが滑ればイン側の膝で路面を蹴りながら外足へ体重を載せ、崩れかけたマシンの挙動を整えていく走りでした。

この日本GPでも、滑ったマシンの挙動を整えるため、イン側の膝から白煙が上がるシーンが見られました。

もうひとつ僕が気づいた特徴が、ノリックさんのお尻の位置です。リーンアウトでは通常、前乗りになりやすいのですが、ノリックさんの場合はペースが上がるにつれて、お尻を引き気味にする特徴がありました。

お尻を引くと外足がきれいにタンク、つまりマシン側面に沿うため、映像を見ても分かります。そして外足のつま先がピョコンと外側へ飛び出す。これは足の土踏まずを、足首を曲げないよう意識的に固定し、体重をステップへ掛けていたためでした。シュワンツさんもドゥーハンさんも、同じような体重の掛け方をしていました。

この日本GPでもうひとつ面白かったのが、トップ争いを演じたノリックさん、シュワンツさん、ドゥーハンさんの3人が、そろってリーンアウトで走っていたことです。

今からでもカッコいいリーンアウトを覚えたいという人にとって、このレースは良い教材になると思います。

そして何より、ぜひ映像でノリックさんの勇姿を見てほしい。18歳の日本人ライダーが世界最高峰の王者たちへ真正面から挑んだ1994年日本GP。今見ても、きっとレースがもっと好きになるはずです。

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