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海外勤務を強がって報告した私が、幼なじみにだけ送れた本音

  • 2026.8.21
ハウコレ

地元のグループへ海外勤務を報告すると、すぐに祝福が並びました。うれしいはずなのに、不安については書けません。順調な自分を見せようとする中で、飾らない言葉を返せたのは幼なじみにだけでした。

良い報告だけを選んだ私

地元の友人5人で使っているグループチャットに、私は「来月から海外で働くことになります」と送りました。

祝福のスタンプが並ぶ画面を見て、海外勤務が決まった実感が湧きました。その一方で、仕事についていけるのか、知らない土地で暮らせるのかという不安は書けませんでした。

グループには結婚や昇進の報告が続いていました。私も良い知らせを出せる人でいたくて、不安を書きかけるたびに消していました。心配されることより、順調ではない自分を見せることを避けていたのです。

遅れて届いた幼なじみの返信

出発が近づいた頃、グループでは反応のなかった幼なじみから、個別にメッセージが届きました。

「おめでとう。向こうでも体に気をつけてね」

遅れて届いた短い祝福を、私は何度か読みました。華やかな報告のない彼女を、変わらない人だと思っていたのは私も同じです。けれど、段ボールが並ぶ部屋にいた私には、その変わらなさが頼もしいものに見えました。

「あんたが変わらずにいてくれるから、帰る場所がある気がするよ」

グループでは書けなかった言葉を、幼なじみには送れました。

海外で隠し続けた弱音

渡航後の生活は、報告したときに思い描いていたようには進みませんでした。会議の英語を聞き取れず、議事録を書き直す日が続きました。

寮で1人になると、日本の求人を検索することもありました。買い物へ行けば、調味料の表示を訳しながら、地元のスーパーの並びを思い出します。

それでもグループへ載せたのは、休みに撮った街の写真だけでした。周りが弱音を拒んだわけではありません。順調に見られたい私が、見せる内容を選んでいました。

幼なじみにも、海外勤務を決めた自分を後悔しているとは書けませんでした。

そして...

数カ月後、私は幼なじみに通話をかけました。

「実はね、向こうで泣いてばかりだったんだ」

幼なじみは途中で評価も助言もせず、最後まで聞いてくれました。あの日届いた「いつでも帰っておいで」という返信を、私は今もチャットに残しています。

今は、街の写真をグループへ載せる前に、幼なじみへ近況を送ることがあります。うまくいった話だけでなく、会議で聞き取れなかったことも書くようになりました。ただ、ほかの友人へ同じように弱音を見せるには、まだ迷いがあります。

(20代女性・海外勤務の会社員)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

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