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映画『八月の声を運ぶ男』主演・本木雅弘さんが語る、戦争の記憶とこれからの生き方「『自分ごと』にしなければ真実には決して辿りつけない」

  • 2026.8.20

今年もまた、8月が訪れました。戦禍に傷ついた過去を振り返り、いま、そしてこの先が平和であり続けるようにとの願いをあらたにする時期に、1 本の映画が封切られます。
広島、長崎に投下された原子爆弾、その被害の記憶がまだ薄れていない 70 年代に、被爆した人々のもとを訪ね、ひとりひとりの肉声を拾った実在のジャーナリストをモデルにした『八月の声を運ぶ男』。ある被爆者との出会いが彼の信念を揺るがす迫真の物語に、主人公を演じながら向き合ったのが俳優・本木雅弘さんです。
作品から受けとったもの。そして、戦争の記憶を受け継ぐ大人のひとりとして心に刻み直したこと。公開を前に、率直な思いを聞きました。

決して真似のできない孤独な生き方。 でも、誰より濃く生きた人に憧れも感じた

『八月の声を運ぶ男』は、高度経済成長に沸く 1970 年代、戦争の記憶が薄れゆく世相に抗うように被爆者の体験を収集し続けたジャーナリスト・伊藤明彦(1936-2009)氏の実話と手記を原案とする物語。2025 年 8 月、NHK で戦後 80 年ドラマとして放送されると、大きな反響を呼び、ギャラクシー賞テレビ部門大賞、橋田賞など数々の賞にも輝きました。
その求心力の源は、やはり、語られた被爆者の言葉と伊藤氏の体験が事実であること。本木雅弘さんも、その重みに打たれたといいます。

「1971 年から 79 年の 8 年間で、1038 人の被爆者の語りを収録した伊藤さん。その生きざまに、まず圧倒されました。1000 もの人々の声を聞き取りながら、それ以上の数の方々に断られてもいるんですよね。つぎ込んだ労力、その日々の孤独……伊藤氏は生涯、家庭を持つことなく仕事に専心されましたが、被爆者の方々の声に導かれながら、おそらくその痛みを共有していたのでしょう。究極の選択をして、それを貫いた人の潔さは、私にはとても真似のできないものですが、だからこそ、彼だけにしか感じられなかった達成感もあったのでは、と。人生を、ある意味、誰よりも濃く生きられたことには、憧れも感じました」

肉声は、なによりも強く体験の実相を伝える。そんな伊藤氏の信念と収集への執念を身に乗り移らせた主人公・辻原は、被爆者のもとを訪ね歩く日々を送るなかで、ひとりの被爆者の男性の語りに強く惹きつけられます。しかし、何度か聞きとりを重ねるうちに、ある疑念が辻原の胸に湧き……物語は、歴史のなかに真実を見出そうとするミステリーに転じていきます。

「池端俊策さんが書かれた脚本は、真実を語り継いでいくことの大切さとともに、その難しさも説いています。歴史的事実があったとして、それが歴史的真実になっていくなかでは、やはり人それぞれの尺度が働いて……。他者の苦しみは、ただ単純に寄り添えばいいというものではなく、それがどこから生まれ、どこに向かおうとしているのかということも含め、自分ごとにして突き詰めていかなければ真実には辿り着けない。そう問いかけている物語だと思います」

歴史的文学作品、祖父が仏壇に供えた里芋。 戦争体験は、「結晶」となって受け継がれる

本木さんが読んだ伊藤氏の著書のなかには、自分は当初、原爆投下という犯罪行為の被害者の声を聴取する刑事のようなつもりだったが、これからは〝放火犯〟になりたいという記述もあったといいます。

「被爆者の胸の内に燃え続ける悲しみや怒りの炎を、幾百、幾千万の人々の胸の内に焚きつけていきたい……そんな一節を読んだときには、心のなかでなんともいえない声をあげてしまいました。その熱い信念に押されて思わずウォ〜っと。伊藤さんによると、たとえばトルストイの『戦争と平和』は、ナポレオンのロシア侵攻から半世紀経って書かれているし、マーガレット・ミッチェルの『風とともに去りぬ』は、南北戦争から 70 年あまりの時を経て生まれた物語だと。ひとつの歴史的、民族的大事件が文学作品に結晶するまではそのくらいの歳月が必要で、体験は結晶化して、説話や民話として語り継がれ、「よみ人知らず」の歌のように、あるいは神話のようになっていく。この作品も、原爆投下から 80年という時間の果てに生み出された、そうした結晶のひとつだと思うんです」

時代の結晶のひとつは、実は本木さんの身近にもありました。本木さんの実家の仏壇には、毎年、お盆に里芋が供えられていたそうですが、それは本木さんの祖父の戦争体験に由来する習慣だったのです。

「祖父がニューギニア近くの島で砲撃隊員として従軍していたとき、まだ新米の兵で、炊事をするために隊を離れ仲間ひとりと沢で里芋を洗っていた。すると、その間に砲撃を受けて祖父の隊の人たちが亡くなってしまったのだそうです。小学生の頃に祖父に聞いたような気がするのですが、幼かったせいか内容がおぼろげで、のちに彼が亡くなったときに自身が戦争の体験を綴った小冊子が出てきて、それを読みあらためて知りました。祖父が従軍した時には私の父はすでに生まれていたので、私の出生に直接つながる話ではありませんが、そのくらい死と隣り合わせだったんだなと」

いかにして、納得のいく「終末」を迎えるか。 それを見すえながらも、常に発展途上でいたい

痛みを伴った終戦から 80 年以上の時が流れ、戦争を体験した人々の多くが世を去りました。その声を直に聞いた世代も高齢化しつつある現在、私たちにできることはーー。作品は、確かなメッセージを伴って、見る者の胸に迫ります。

「伊藤さんという存在に出会えたこと、そして、彼の遺した『未来への遺言』をドラマ化して世に送り出そうとしたのが、まだ若い 30 代のプロデューサーであったということが、驚きかつ嬉しく、特別なことでした。俳優として、私がこの先いくつの作品に出合えるかはわかりませんが、戦争や原爆の体験は折に触れ関わっていくべきテーマなのだと、あらためて感じました」

昨年還暦を迎え、「少し早いかもしれないけれど、自分の終末を意識し、それに向かっての初期設定を考えはじめました」という本木さん。人生の完成に向けて、今から備えておくべきこととは? と尋ねると、微笑みながら、こんなふうに答えました。

「還暦とはいっても、60 年目の朝を迎えたときも、実際は、普段となにも変わらない朝だったんですよね。人生の完成といっても、多様性の時代ですから、それは人それぞれ。三種の神器じゃないけれど、『これを持っておかなきゃ』『体験しておかなきゃ』みたいなものは、もう、ありませんよね。いかに必要なものを選びぬき、自分なりに納得できるところに辿り着くかが、すべてじゃないでしょうか。もちろん、人生100 年といわれる時代ですから、私もまだまだ学びの途中だと思っていますし、常に発展途上。進化を感じ続けることが大切だと思っていますので、これからもまだ新しいものに出会いたいし、発見していくことで得られる充足感を求めていきたいと思っています」

PROFILE 本木雅弘(もとき・まさひろ)

1965 年埼玉県生まれ。’89 年、映画『226』で本格的に俳優活動を開始。’98 年公開の『シコふんじゃった。』と2008 年の『おくりびと』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、2015 年の『日本のいちばん長い日』で同・最優秀助演男優賞を受賞。『聖徳太子』『坂の上の雲』などTVドラマの大作にも多数出演。最近の出演作に映画『黒牢城』『TOUCH /タッチ』『阿修羅のごとく』(Netflix)。’26 年、還暦記念フォトブック『awai刹那と永遠のまにまに』(撮影・中村一弘、株式会社トゥーヴァージンズ)を刊行。10/28〜11/4 には東京・新国立劇場小劇場で朗読劇『たとへば君 四十年の恋歌』に出演する。

本木雅弘さん主演映画 『八月の声を運ぶ男』

重いレコーダー・セットを持ち、街から街へ、被爆者の声を求めて辻原(本木雅弘)は歩く。まるで巡礼者のように――。日本人の誰もが豊かさという未来に向かっていた時代、ひたすら被爆体験という過去を掘り進める男が直面した、衝撃の真実。映画版では昨年放送のドラマに未公開シーンを追加し、さらに時代と人の心の深淵に迫る。辻原を揺さぶる被爆者・九野和平を演じる阿部サダヲとは、1996 年公開の映画『トキワ荘の青春』以来、30 年ぶりの共演。「人間の苦しみと希望を一身に抱えた塊。それを見事に演じた阿部さんは、まさに“怪物”でした」と本木さん。

原案:伊藤明彦(『未来からの遺言―ある被爆者体験の伝記』)
脚本:池端俊策
監督:柴田岳志
音楽:清水靖晃
出演:本木雅弘、石橋静河、伊東蒼、尾野真千子、田中哲司、阿部サダヲほか
製作・配給:WOWOW
8月21日(金)より全国のTOHOシネマズにて公開(一部劇場を除く)

撮影/久富健太郎 取材・文/大谷道子

この記事を書いた人

大人のおしゃれ手帖編集部

大人のおしゃれ手帖編集部

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